概要
肝硬変とは
肝硬変とは、慢性の肝障害が進行した結果、肝細胞が壊死して再生していく過程において、線維組織が増生し(線維化)、結果的に肝臓が硬く変化し、肝機能が低下した状態、すなわち肝障害の終末像を示します。肝臓は非常に再生能力が強い組織ではありますが、線維化が進行し、肝硬変まで進展すると、一般的にその変化は非可逆的と考えられています。
肝硬変の病態
肝硬変の病態を理解する前に、私たちはまず肝臓がどのような働きをしているかを理解しなければなりません。
肝臓の働きの一つに体を構成する様々な物質を合成する役割があります。口から摂取した食物は消化管で消化され吸収されますが、吸収された栄養分は門脈を通して肝臓の中に入っていきます。肝細胞の中に取り込まれた栄養分は細胞の中で体に必要な物質に合成され、その後血液に乗って体の各所へ運ばれます。肝臓はこのほかにも栄養分を貯蔵したり、不要になったものを解毒し胆管を通して胆汁と一緒に十二指腸に排泄したりします。肝硬変の状態になると、血管と肝細胞の間に線維が蓄積して栄養分が肝細胞に到達するのが障害され、体に必要な物質の合成、解毒作用が障害されます。さらに、肝臓内の血流の抵抗が増加するため、門脈の圧が上昇して、門脈圧亢進症と称する症状(食道・胃静脈瘤、腹水等)が出現してきます。
肝硬変の原因
肝硬変の原因をみてみると、以前は全国の統計でも、慶應義塾大学病院の統計でも、そのほとんどはC型肝炎ウイルス(HCV)感染やB型肝炎ウイルス(HBV)感染などの肝炎ウイルス感染によるものでしたが、近年ではウイルス性肝炎の治療薬が進歩したことや、感染対策やワクチン接種が行われるようになり、徐々に肝硬変の原因として、その割合は減少してきています。そのほかに、メタボリックシンドロームによる脂肪肝やアルコール過飲、原発性胆汁性胆管炎(PBC)や原発性硬化性胆管炎(PSC)や自己免疫性肝炎も原因となります。
HCVやHBVは肝臓の中で持続感染し慢性肝炎を起こし、慢性肝炎を放置すると肝硬変へ進行していきます。アルコールも大量飲酒(1日に3単位*以上)により比較的短い期間に肝硬変に至る原因となります。最近ではメタボリック症候群といった栄養の摂りすぎ、運動不足により生じた脂肪肝から慢性肝炎を経て肝硬変になることも分かってきました。この病気は非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)と呼んでいます。このように原因が何であれ、長い間肝炎が続くと肝硬変に近づいていくわけです。最近の特徴としてアルコールやNASHを原因とする肝硬変が増加しています。近年の我が国における食事の西洋化が要因とされています。
*アルコール1単位
ビールおよそ大瓶1本、日本酒およそ1合、ウイスキーおよそダブル1杯程度
症状
肝硬変と症状
慢性肝炎では無症状であることがほとんどですが、肝硬変に進展すると様々な症状を認め、症状を有する肝硬変を非代償性肝硬変と呼び、症状がないか、あってもごく軽微の代償性肝硬変と区別します。肝硬変では、全身倦怠感、易疲労感、食欲不振、微熱、下肢のこむらがえり、痒みといった自覚症状が出現したり、手掌紅斑、クモ状血管腫などの皮膚の赤みが出現、お腹の皮膚の血管が浮き出たり(腹壁静脈怒張)、食道の静脈が腫れたり(食道静脈瘤)してきます。さらに、進行してくると黄疸(体が黄色くなること)、腹水(お腹に水がたまること)・下腿浮腫、脳症(行動異常や羽ばたき振戦、進行すると昏睡)、出血傾向などの症状が出現してきます。食道静脈瘤は放置しておくと、破裂し、血を吐いたり、下血したりすることがあり、場合によっては命取りになることがあります。
診断
上記の黄疸、食道静脈瘤、肝性脳症などの肝不全徴候を認める非代償期の肝硬変の診断は一般的に容易です。しかし初期の肝硬変においては自覚症状を認めないことも多く、慢性肝炎との鑑別が困難な場合があります。血液検査による血小板数の低下や線維化マーカーの上昇、腹部超音波検査やCT検査等の画像検査による侵襲の少ない方法を組み合わせて診断しますが、最終的には肝生検による組織検査により初めて診断が可能となる例も少なくありません。近年、肝臓の硬さを非侵襲的に計測する装置として超音波やMRIを使用したエラストグラフィが導入され、肝硬度の診断に利用されています。
治療
肝硬変に対する治療
肝硬変を根本的に治療することは容易でなく、肝硬変を進展させないようにすることが重要です。しかし、最近の検討では、一部の疾患では原因となる疾患を治療することによって、肝硬変を治療できることが分かってきました。すなわち、C型肝炎ウイルスやB型肝炎ウイルスを原因とする代償期の肝硬変では、ウイルスの排除により肝硬変から徐々に線維が吸収されていくことが報告されています。
しかし、一般的には、肝硬変に対する治療とは肝硬変を進展させないようにする治療と合併症に対する治療が主体となります。肝硬変を進展させないようにする治療は、まずその原因疾患に対する治療が必要となります。すなわち、ウイルス肝炎による肝硬変では、その肝炎ウイルスに対する治療、自己免疫性肝炎では、ステロイド等により原病をコントロールすることが大前提です。 また、肝臓は、糖質・脂肪・タンパク質およびエネルギー代謝の中心臓器であり、肝硬変では低栄養状態が出現することから、適切な栄養療法や運動療法を行うことが、肝硬変を進展させないために重要です。基本的には、十分なエネルギーを含む食事をバランス良く摂取することが大切です。ここで分子鎖アミノ酸(branched- chain amino acid: BCAA)というアミノ酸について詳しく説明します。アミノ酸は炭素でできた分子に窒素が付いている構造ですが、炭素の分子が枝分かれしている種類のアミノ酸をBCAAと呼び、イソロイシン、ロイシン、バリンの3つがあります。これに対して炭素の分子が環状になっているアミノ酸を芳香族アミノ酸と呼んで区別しています。筋肉では、アミノ酸を材料にしてエネルギーを作りますが、その際、BCAAは材料としてうまく利用できるのに対して、芳香族アミノ酸などを利用するのが下手なのが分かっています。肝臓は芳香族アミノ酸も利用してタンパク質を作りますが、筋肉ではBCAAしか使えません。そうなると、肝硬変では肝臓の働きが鈍って筋肉でエネルギーを作るため、血液中のBCAAは相対的にどんどん減っていき、芳香族アミノ酸が増えます。そのため肝硬変ではBCAAを補給したほうがよいわけです。このBCAAの補給により、肝硬変の進展が抑制されること、さらには発がんが抑制されることも分かってきました。
また、肝硬変は様々な合併症が出現してくるため、各々の病態に対する治療が必要になります。肝臓で作られるアルブミンが血液中に減少した結果、浸透圧の関係で水分が血管からにじみ出て腹腔内や下腿に水がたまることが原因である腹水や下腿浮腫に対しては、利尿剤、アルブミン製剤の投与が必要になります。また、肝硬変の進展に伴い肝臓へ流れる門脈圧が亢進するために起こる食道・胃静脈瘤に対しては、内視鏡下の予防的結紮術(よぼうてきけっさつじゅつ)もしくは硬化療法が必要になります。さらに肝機能の低下に伴い、アンモニアを分解する働きが弱くなり血液中のアンモニアが増加するために起こる肝性脳症に対しては、合成二糖類投与によるアンモニア産生・吸収の抑制や非吸収性抗生物質、カルニチンや亜鉛の補充等の治療が必要になります。
生活上の注意
肝臓は、糖質・脂肪・タンパク質およびエネルギー代謝の中心臓器であり、肝硬変では低栄養状態が出現することから、適切な栄養療法や運動療法を行うことが、肝硬変を進展させないために重要です。基本的には、十分なエネルギーを含む食事をバランス良く摂取することが大切です。
慶應義塾大学病院での取り組み
肝硬変の原因・状態は、患者さん一人一人によって異なります。そのため、患者さんにそれぞれにあった治療法を提供できるよう努めています。肝硬変および治療方法に対する理解を深めるため、当科では肝臓病教室を開催しております。ぜひご利用ください。
文責:
消化器内科
最終更新日:2022年4月1日