爆発的に増加する近視
近視とは、網膜より前方で焦点が結ばれ、網膜に焦点を合わせるために眼鏡やコンタクトレンズなどによる矯正を必要とする屈折異常の一つの状態です。生後、眼球全体が大きくなるにしたがって、角膜はより平坦に、水晶体厚はより薄く変化し、屈折力は減少する一方、眼球の前後径(眼軸長)は1歳時点では20mm、6歳までに22mm、成人で24mm程度へと伸長し、屈折は正視(遠視も近視もなく焦点が網膜で結ばれる状態)を保とうとします。正視状態の均衡を破ってさらに眼軸長が伸長するのが、一般的に9~15歳ごろの学童期に進行する「軸性近視」です(図1)。
図1.眼軸長伸長と近視進行
糖尿病などの代謝異常や加齢による水晶体変化で中高年期に進行する「屈折性近視」も存在しますが、ほとんどの近視は軸性近視によって起こります。近視が過度に進行すれば(強度近視)、眼球の後ろ側にある網膜や視神経に対して負荷がかかり、網膜剥離や緑内障、黄斑変性など様々な眼疾患とそれに伴う視力障害のリスクが増加することが分かっています。近年、LASIKやICL(KOMPAS病気を知る「近視」をご参照ください。)と呼ばれる屈折矯正手術の発達により、手術を受けることで、裸眼で焦点を合わせることが可能になりましたが、眼軸長が伸長した眼球の形態を治しているわけではありません。
世界的に近視は急増しており、2010年の時点で世界人口の約3分の1だった近視の割合は、2050年には全世界の約半数になると推測されています。特に東アジアでその傾向は顕著で、2017年に私たちが行った調査研究では、東京都内の一中学校における近視の割合は94.9%、強度近視の割合は11.3%であることが分かりました(文献1)。1984年に奈良県で実施された調査では、12歳(中学1年生)の近視の割合は43.5%と報告されていて、直接の比較はできませんが、30年間で日本国内の近視の割合が2倍程度に増加したことが推察できます。また、同じ時期に茨城県筑西市で私たちが行った住民調査では、40歳以上の強度近視有病率は5.0%であったので、若い世代において、頻度だけでなく程度が強い近視が大きく増加していることが分かり、強度近視に伴う視力障害が今後さらに爆発的に増えていくことが予想されます。
そのような中、私たちは近視進行の生物学的なメカニズムを分子・細胞レベルで明らかにし、近視進行そのものに対して安全で効果的な治療法の確立を目指して研究に取り組んでいます。
光環境による近視進行への抑制効果
近視進行の要因として遺伝の影響は大きく、そのほかに、都市部に住むこと、近業(近くを見続ける活動)の時間が長いこと、屋外活動時間が短いこと、学歴やIQが高いことなどが報告されています。比較的短期間に近視の割合が増えた背景に、スマートフォン、タブレット端末、ゲーム機などのデジタル機器の普及があり、近業作業の増加、屋外活動時間の減少など、ライフスタイルの変化が影響している可能性があります。その中でも、屋外活動の増加が近視進行抑制に有効であることは、世界各国の疫学調査で確認され、無作為に屋外活動実施を割り付けた複数の介入研究でも近視進行が抑制されることが分かり、その効果とメカニズムに注目が集まっています。
私たちは、コンタクトレンズを装用する学童近視や屈折矯正目的で眼内レンズ挿入手術を受けた成人強度近視症例を比較することで、屋外環境には多く含まれる一方、屋内にはほとんど存在しない、可視光の中でも短波長光であるバイオレット光(360~400 nm)に近視進行抑制作用があることを発見しました。さらに、バイオレット光による眼軸長伸長抑制と屈折の近視進行抑制効果を、ヒヨコおよびマウスを用いた動物実験でも確認しました。そのメカニズムとして、形態視覚に関わらない一部の網膜神経節細胞が発現する非視覚型光受容体OPN5がバイオレット光を受光し(文献2)、近視抑制性転写因子EGR1(early growth response 1)が活性化し、眼軸長伸長に伴って起こる網膜の外側の血管組織である脈絡膜が薄くなる現象(脈絡膜の菲薄化)が抑制されることを明らかにしました。
近視進行を制御する脈絡膜厚の変化と網膜色素上皮の関与
近くを見るときに焦点を前方に移動させ網膜に合わせることを「調節」と言います。水晶体の周囲に存在する毛様体筋の緊張で水晶体が厚くなることで屈折力を強くして焦点を移動させるのが調節の主なメカニズムです。動物種によって程度は異なりますが、調節の際、脈絡膜を一時的に薄くすることで網膜を後方に移動させて調節を助けていることが知られています。さらに、臨床的にも動物実験においても近視の進行に伴う脈絡膜の菲薄化が観察されます。
Donnai-Barrow症候群(顔眼耳角膜腎症候群)は強度近視を伴う遺伝性疾患で、その原因遺伝子Lrp2を、眼球を含む前脳領域で欠損させたマウスは強度近視の表現型を示すことが報告されていました。私たちはこの表現型の首座となる細胞を同定すべく、感覚網膜および網膜色素上皮特異的Lrp2欠損マウスを作成したところ、感覚網膜ではなく網膜色素上皮でLrp2を欠損させることでこの強度近視の表現型が得られることを見出しました。重要なことに、網膜色素上皮特異的Lrp2欠損マウスは脈絡膜の菲薄化を示し、特に脈絡膜最内層の脈絡膜毛細血管板が完全に消失することが分かりました。私たちは以前にこの脈絡膜毛細血管板が消失するという表現型が、血管内皮増殖因子(Vegf)遺伝子を網膜色素上皮特異的に欠損させたマウスでも示すことを発見しており、Lrp2欠損網膜色素上皮ではVegfの発現が低下すること、また網膜色素上皮特異的Vegf欠損マウスは脈絡膜の菲薄化とともに眼軸長伸長を引き起こすことが明らかとなりました。これら一連の研究結果は、脈絡膜菲薄化が近視進行の結果として観察される単なる所見ではなく、近視進行そのものを引き起こす要因である可能性を示しています。
強膜の小胞体ストレスによって引き起こされる眼軸長伸長
脈絡膜のさらに外側にあるのが強膜です。強膜は眼球の外壁、いわゆる「白眼」の部分です。強膜はほとんどがコラーゲンをはじめとする細胞外マトリックスで構成されていて細胞成分は非常に少ないことが組織学的特徴です。強膜を構成するコラーゲンは強膜線維芽細胞から産生されますが、近視眼の強膜ではコラーゲン線維が細く、線維同士のつながり(架橋構造)が崩れ、剛性が失われています。この変化は「強膜リモデリング」と呼ばれ、眼軸長伸長の直接的なメカニズムと考えられています。
私たちは、近視眼の組織切片を透過電子顕微鏡で観察したところ、強膜線維芽細胞内の粗面小胞体が膨隆していることに気づきました。これは小胞体内腔に異常なタンパク質が蓄積する状態、すなわち「小胞体ストレス」が起こっていることを示す所見で、近視の強膜線維芽細胞では実際に小胞体ストレスが起こっていることを生化学的に確認しました。さらに、小胞体ストレスの細胞内シグナルを抑制することで動物実験における眼軸長伸長がほぼ完全に抑えられること、強膜で小胞体ストレスを誘導すると眼軸長伸長が引き起こされることが分かりました。これらの研究結果から、眼軸長伸長を引き起こす強膜リモデリングの本態は、その主な構成細胞である強膜線維芽細胞の小胞体ストレスであることが明らかとなりました。
近視進行抑制治療の確立に向けて
私たちの研究から、網膜での非視覚型光受容体OPN5によるバイオレット光の受光によりEGR1が活性化し脈絡膜厚が維持され、近視進行が抑制されることが明らかとなりました。さらに、脈絡膜の菲薄化や強膜線維芽細胞の小胞体ストレスが眼軸長伸長を引き起こすことが分かりました(図2)。
図2.網膜、脈絡膜、強膜それぞれを構成する細胞が関わる近視進行分子メカニズム
これらの研究成果を基に、私たちはこれまで、バイオレット光の透過性や照射機能を備えた眼鏡やEGR1活性効果がある天然カルテノイド(クロセチン)の学童近視に対する無作為化臨床試験を実施し、安全性や有効性を検証してきました。このように近視進行の生物学的メカニズムの詳細が分子・細胞レベルで明らかになってきたことで近視進行治療が確立しつつあります。世界的に急増する近視および強度近視による視覚障害を制御できるよう引き続き研究に邁進しています。
参考文献
Vascular endothelial growth factor from retinal pigment epithelium is essential in choriocapillaris and axial length maintenance.
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Scleral PERK and ATF6 as targets of myopic axial elongation of mouse eyes.
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【本研究に先行する参考文献】
- Current Prevalence of Myopia and Association of Myopia With Environmental Factors Among Schoolchildren in Japan.
Yotsukura E, Torii H, Inokuchi M, Tokumura M, Uchino M, Nakamura K, Hyodo M, Mori K, Jiang X, Ikeda S, Kondo S, Negishi K, Kurihara T, Tsubota K.
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Jiang X, Pardue MT, Mori K, Ikeda S, Torii H, D'Souza S, Lang RA, Kurihara T, Tsubota K.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2021 Jun 1;118(22). doi: 10.1073/pnas.2018840118.
最終更新日:2023年5月1日
記事作成日:2023年5月1日