はじめに
からだの痛みは、どなたでも経験するものですが、痛みが出てから数か月たっても治まらない、長引くからだの痛みを「慢性痛」といいます。現在、日本国民の6人に1人が慢性痛を有しています。慢性痛は、神経・筋肉・骨などのからだの不具合だけでなく、社会・心理的要因が複雑に関連し、日常生活や社会生活に影響を及ぼします。
慶應義塾大学病院では、痛みの原因をあらゆる角度から分析し、治療することを目的に、2018年6月1日に「痛み診療センター(Interdisciplinary Pain Center)」を開設いたしました。当センターは、麻酔科・リハビリ科・整形外科・精神科を中心とした複数の診療科が、それぞれの専門的観点からの知識を集約し、総合的に「痛み」に対する診療・治療を行う診療クラスターです。慢性痛の効率的な疼痛緩和を目標とし、インターベンショナル治療、運動療法、およびマインドフルネスなどのプログラムを提供いたします。
インターベンショナル治療
【神経ブロック】
痛み止めの薬や湿布だけでは、なかなか軽減しない痛みに対して、神経ブロックが有効なことがあります。神経ブロックには、痛みの感覚の低下とともに、筋肉をやわらげたり、血行を改善したりする効果もあります。注射は、間をあけて繰り返し行っていくことで、痛みのレベルを下げることが期待できます。また、高周波を用いて神経を熱で焼灼し、ブロックの効果を長くすることもできます。
図1. 頚部の神経痛に対する神経根ブロック
【硬膜外腔癒着剥離術(ラクツカテーテル法)】
脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアによる長引く坐骨神経痛や、脊椎手術後の腰下肢痛の患者さんを対象に、神経が入っている空間(硬膜外腔:こうまくがいくう)に特殊なカテーテルを入れて、神経の周りの癒着を剥がし、神経の炎症を抑え、痛みを改善する治療です。
図2. 硬膜外腔癒着剥離術(ラクツカテーテル法)
【脊髄刺激法】
薬や神経ブロックで痛みの緩和が得られにくい患者さんを対象に、脊髄を電気的に刺激して痛みを和らげる方法です。電極(電極リード)と電気を送る装置(ジェネレーター)を体の中に埋め込みます。この方法は必ずトライアルを行って、効果があれば装置の埋め込みを行います。
図3. 脊髄刺激法
運動療法プログラム
慢性的に痛みの症状がある患者さんでは、日常生活動作の中で、痛みによって正しい動作が困難であるために、痛みをカバーするような動作(代償動作)が習慣化し、痛みを増加させてしまう例が多く認められています。そのため、その日常生活動作に対して嫌悪感を抱くようになり、QOLの低下を招いています。
そこで、当センターでの理学療法は、身体機能評価によって、安全かつ効果的な運動療法を行っていきます。痛みによって引き起こされていた代償動作により、筋肉が硬くなったりバランスが崩れたりすることに対しては、筋肉の緊張をほぐし、痛みを軽減させることを実施していきます。
図4. 運動療法
マインドフルネス
マインドフルネスとは、意識的に今この瞬間に注意を向け、そしてその瞬間ごとに生じてくる体験に判断を加えず気づいていくことです。当センターでは、慢性痛を抱える患者さんを対象として、マインドフルネス心理療法に基づいたプログラムを提供します。プログラムは週1回2時間、全8回で構成され、簡単な瞑想やヨガなどのエクササイズを行い、心身の安定を目指します。様々なエクササイズを通して、マインドフルネスがどんなものであるかを学び、セルフケアや生活に取り入れる工夫を探求していきます。マインドフルネスを通じて下記のような効果が期待できます。
- 不安・気分の落ち込みの改善
- 睡眠、心拍数、血圧の改善
- 疼痛に伴う生活機能障害の緩和
- 生活の質の向上
- ストレスに対する抵抗力の上昇
図5. マインドフルネスクラス
おわりに
当センターへの受診は、かかりつけ医からのご紹介を通じてご予約ください。様々な痛みのある患者さんについて院外・院内からの紹介をお受けしています。「痛みの原因の探求に努めること」、「様々な専門的観点から、総合的に痛みの治療を行っていくこと」、「新しい知識を高め、患者さんに役立つ情報を提供していくこと」を理念に掲げ、痛みの診療を行ってまいります。どうぞお気軽にご受診ください。
痛み診療センタースタッフ
関連リンク
文責:痛み診療センター
執筆:小杉志都子
最終更新日:2019年3月1日
記事作成日:2019年3月1日