概要
リンパ浮腫は、適切な治療がなされず放置されると、徐々に悪化してしまいます。その結果、仕事や家事に支障を来したり心理的な苦痛を生じたりして、生活の質(QOL)が低下してしまうことになるので、患者さんにとって、とても切実な問題です。しかし、その病態を十分に理解し、発症早期から適切な生活指導・治療を行えば、少なくともそれ以上悪化させることを防止することができます。
また、たとえ重症例であっても浮腫をある程度改善させることは可能です。治療の柱は、日常生活指導、スキンケア、圧迫療法と圧迫下での運動、用手的リンパドレナージです。
乳がんや婦人科がん(子宮がん・卵巣がん)の手術でリンパ節郭清を施行された患者さんには、リンパ浮腫の発症予防や早期発見のため対策をしっかり行うことが重要です。
リンパ浮腫とはリンパ管やリンパ節の圧迫、狭窄、閉塞などによって、リンパ流の阻害と減少のために生じた浮腫です。先天性のものを含めた原因不明の原発性(一次性)と、発症原因が明らかな続発性(二次性)に分けられ、そのどちらもいったん発症すれば非常に難治性で治療に難渋します。続発性リンパ浮腫は、全リンパ浮腫の患者さんの約80~90%を占めています。乳がんや子宮がん・卵巣がんなど婦人科系のがんの術後に発症することが多いため、患者の90%以上は女性という特徴があります。我が国における術後に発症するリンパ浮腫は、乳がん術後(腋窩リンパ節郭清あり)では約50%、婦人科がん(子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん)術後(後腹膜リンパ節郭清あり)では約30%と推測されています。
症状
血液中の成分は、毛細血管を通過し、組織間隙へ入り込んだ後、大部分は血液内(静脈)へ再吸収されますが、タンパクを多く含んだ液(=リンパ)は組織間隙から毛細リンパ管に吸収され、集合リンパ管を流れ、リンパ節、リンパ本幹を経由して、左右の静脈角から静脈内に流入します。図1に示すように右上半身のリンパは右リンパ本幹から右静脈角へ流入し、左上半身・両下半身・腹腔臓器からのリンパは乳び槽から胸管に運ばれ、左静脈角に流入します。
これらのリンパ管の輸送経路に機械的閉塞や機能的障害が生じると、リンパ流は停滞し、細胞間隙にはタンパク質を多く含んだ体液が貯留することとなり、リンパ浮腫を生じることになります。すなわち、乳がんの手術で腋窩リンパ節が切除されてしまうと、腕のリンパ液の流れが滞りがちになり、腕がむくんできてしまいます。これをリンパのむくみ(=リンパ浮腫)といいます。一方、子宮がん・卵巣がんの手術で股や骨盤のリンパ節が切除されると、同じメカニズムで足のほうがむくんできてしまいます。
図1.深部リンパ管とリンパ節の分布
((辻哲也: 癌のリハビリテーションについて知っておきたいポイント リンパ浮腫のリハビリテーション, 癌(がん)のリハビリテーション(辻哲也ほか編), 53- 59, 金原出版, 2006 から引用、一部改変)
診断と評価
リンパ浮腫の臨床所見は上肢もしくは下肢の腫脹です。一般的には疼痛、色の変化、潰瘍および静脈のうっ滞もみられません。国際リンパ学会によるリンパ浮腫の臨床分類を表1に示します。繊維化と圧迫痕、象皮症の有無で3段階に分類されます。リンパ浮腫は、上肢では乳がんに対して腋窩リンパ節郭清が行われた場合、下肢では子宮がん、卵巣がんなどで骨盤内のリンパ節郭清が行われた場合に多くみられます。
一方、がんの再発、リンパ節転移により生じたリンパ浮腫では、リンパ管とともに静脈を圧迫したり、ほかの要因(心不全、腎不全、肝機能障害など)による浮腫も加わったりして、症状が悪化する場合が多いので、慎重な対応が必要です。
表1.国際リンパ学会によるリンパ浮腫の臨床分類(2013コンセンサス文書から引用、一部改変)
ステージ I |
挙上により軽減する |
---|---|
ステージ II |
挙上しても軽減しない |
ステージ II 後期 |
挙上しても軽減しない |
ステージ III |
ステージ II 後期に象皮症(様)変化をともなう |
治療の原則
日常生活の注意とスキンケア
患肢を心臓よりも高い位置に保つことにより、患肢から体幹部へのリンパの排除ができるので、就寝時には患肢を高めに保つ(10~15cm程度)ようにします。日常生活では、上肢の浮腫の場合には、重い荷物はできるだけ持たないようにして、腕への負担を避けるようにします。下肢の浮腫であれば、長時間の立ち仕事や座位での仕事、正座は極力避けるように指導します。
減量もとても大切です。もし太っていると、脂肪がリンパ管を圧迫してしまい、いくら治療を行っても、十分な治療効果が得られません。逆に体重が減ってくると、治療効果ははっきり現れてくることが多いです。
浮腫のある患肢はリンパの流れが停滞しているため、感染しやすい状態であり、わずかな外傷から感染が患肢に炎症を起こすことがあります。これを急性炎症性変化(蜂窩織炎(ほうかしきえん)やリンパ管炎)といいます。患肢に突然、点状ないし斑状の発赤、または一面におよぶ発赤が現れ、患肢の熱感、発熱を伴います。急性炎症性変化を来した場合には、患肢の安静・挙上・冷却を行います。運動、リンパドレナージや圧迫療法は炎症を悪化させるので、一時中止するようにします。炎症は急速に広がりますので、できるだけ早く抗生剤を投与する必要があります。早急に医療機関を受診してください。
炎症の予防のために、日常生活では、包丁、注射針などでの傷や洗剤や化粧品によるかぶれ、虫刺されなどに注意します。患肢の皮膚は角化しないように保湿クリーム・軟膏をこまめに塗布するようにします。足趾の間はむれやすいので清潔・乾燥を心がけ、感染予防のために、白癬症(はくせんしょう)はしっかり治療することが重要です。
用手的リンパドレナージ
ゆっくりと柔らかく行うもので、筋肉疲労の際の強くもみほぐすマッサージとは異なります。軽い、皮膚表層のリンパドレナージにより、皮下に網目状に分布する表在性のリンパ系のリンパ輸送を活性化させる効果があります。乳がんや子宮がんの手術や放射線治療により、腋窩(えきか)や骨盤内のリンパ節の機能が低下している場合には、その部分のリンパ輸送が困難なので、別のルートへ迂回してリンパを運搬する必要があります。浮腫を改善させるにはその迂回路の運搬処理能力を上げることが必要となります。
圧迫療法と圧迫した上での運動療法
弾性包帯(図2)や圧迫衣類(弾性スリーブ・ストッキング)(図3)で患肢を圧迫します。目的は下記のとおりです。
- 組織間の圧力を上げて、組織間に貯留したリンパを効果的にリンパ系へ移動させること。
- 拡張したリンパ管を正常に近い状態まで細くして弁機能を改善させ、リンパ還流を改善すること。
- 繊維化した皮膚や皮下組織を軟らかくし元の形状に戻すこと。
患肢の皮膚を一定の圧力で圧迫し外部から固定された状態で運動を行うことで、筋肉の収縮・弛緩による筋ポンプ作用が増強、リンパ還流が刺激され、リンパの運搬能力を高めることができます。運動の内容として特別なものはなく、上下肢の自動運動や散歩、自転車エルゴメーターなど、患肢の筋収縮を促すような運動であれば良いです。
図2.上肢の弾性包帯による圧迫療法の手技
(辻哲也: 癌のリハビリテーションについて知っておきたいポイント リンパ浮腫のリハビリテーション, 癌(がん)のリハビリテーション(辻哲也,ほか編), 53- 59, 金原出版, 2006 から引用、一部改変)
図3.弾性スリーブ・ストッキングの種類
(辻哲也: 癌のリハビリテーションについて知っておきたいポイント リンパ浮腫のリハビリテーション, 癌(がん)のリハビリテーション(辻哲也,ほか編), 53- 59, 金原出版, 2006 から引用、一部改変)
リンパ浮腫に対する弾性着衣(弾性包帯、弾性スリーブ・ストッキング)は療養費として購入費用の一部が支給されます。
間欠的空気圧迫法
間欠的空気圧迫装置を用いて、患肢から体幹へのリンパ流を促すものです。表在性のリンパ管はもろく、簡単に損傷してしまいますので、圧の設定には十分注意が必要です。使用は1日1~2回、30分/回程度とし、圧は最大でも40mmHgまでとします。また、四肢からのリンパが体幹に押し上げられたところ(腋窩や鼠径部)に貯留し、その部分での浮腫の悪化、繊維化を促進してしまうので、体幹の用手的リンパドレナージの併用は必須です。また、間欠的空気圧迫装置により浮腫が一次的に改善しても再びリンパは戻ってくるので、治療後には圧迫療法を併用するようにします。
薬物療法
利尿剤は原則的に用いません。メリロートエキス(商品名:エスベリベン®)は組織間隙内の蛋白分解を促し、リンパ循環促進に有効であることが確かめられていますが、早期の効果は期待できず、長期にわたって服用が必要です。また、大量投与により肝機能障害を生じたという報告もあるので、お勧めできません。皮膚が硬くなった場合は尿素製剤(商品名:ケラチナミン軟膏®、商品名:ウレパール®)が有効です。
手術療法(リンパ浮腫の手術的治療を参照)
保存的療法が無効の場合には、外科的手術が考慮されます。
慶應義塾大学病院での取り組み
乳がんや子宮がん・卵巣がんの手術後には、リンパ浮腫の予防と早期発見に対する対策が非常に重要です。医療スタッフおよび患者さんご自身のリンパ浮腫に対する認識不足が浮腫を悪化させてしまう大きな要因となるからです。
当院では、担当科の医師、病棟・外来看護師が中心になって、乳がんの手術で腋窩リンパ節郭清および子宮がん、卵巣がんなどで骨盤内リンパ節郭清を行った患者さん全員に対して、術後のリンパ浮腫の概要を説明した上で、生活指導と簡易的なセルフリンパドレナージの指導を行い、浮腫の発症予防や早期発見に努めています。
そして、リンパ浮腫が出現した場合には、すぐにリハビリテーション(以下、リハビリ)科を受診していただくようにしています。リハビリ科ではリンパ浮腫外来を設置し、入院もしくは外来通院で図4に示すような流れで治療を行っています。
まず、リハビリ科医師により、治療前の診察・評価を行います。手足のむくみは様々な原因で生じますので、その原因検索が必要です。血液検査、超音波エコー検査、蛍光リンパ管造影検査、リンパシンチグラフィーなど必要に応じて各種検査を行い、リンパ浮腫の診断や重症度の評価を行います。リンパ浮腫以外の原因によるむくみが疑われる場合には、血管外科や皮膚科など専門各科へ診察依頼を行います。
リンパ浮腫と診断された場合には、リンパ浮腫の病態、治療の概要の説明をさせていただいた後、理学療法士もしくは作業療法士により、生活面の指導、セルフリンパドレナージおよび弾性包帯によるバンデージ法と運動療法の指導や実践を行います。
治療の内容は多岐にわたりますので、外来通院の頻度は浮腫の程度や患者さん個々の習得度や通院のご負担を考慮して決められます。治療当初は週に2~3回程度通院していただき、治療効果をみながら頻度を減らしていくような対応を行っています。その後は、浮腫の状態や患者さん自身の治療の意欲を見極めながら、バンデージ法を継続するか、圧迫衣類(弾性スリーブ・ストッキング)に切り替えるかを考えます。弾性スリーブ・ストッキングはサンプル品を各種常備しており、実際に試着した上で購入していただいています。
また、当院では新しい試みとして、形成外科が手術療法(リンパ管静脈吻合術)を施行しています。術前・術後のバンデージ法などのケアについては、リハビリ科と連携して行っています。
図4.リハビリテーション科におけるリンパ浮腫治療の流れ
さらに詳しく知りたい方へ
- 原発性リンパ浮腫診断治療指針. 2012年版 / 原発性リンパ浮腫診断治療指針作成委員会ほか編
東京 : 日本脈管学会, 2012.9 - 北村薫ほか. 乳癌術後のリンパ浮腫に関する多施設実態調査と今後の課題. 脈管学:日本脈管学会機関誌. 50(6). p.715-720(2010).
- 飯田泰志ほか. リンパ浮腫に関する新たな検討と試み. 産科と婦人科. 77(9). p.1083-1088(2010).
- リンパ浮腫診療ガイドライン. 2018年版 / 日本リンパ浮腫学会編
東京 : 金原出版, 2018.3 - むくみのページ~リンパ浮腫の治療~(広田内科クリニック)
- リンパ浮腫 ~がんの治療を始めた人に、始める人に~(国立がん研究センター がん情報サービス)
- がんのリハビリテーション研修・リンパ浮腫研修の概要(一般財団法人ライフ・プランニング・センター)
- JASCCがん支持医療ガイドシリーズ Q&Aで学ぶ リンパ浮腫の診療 / 日本がんサポーティブケア学会編
東京 : 医歯薬出版, 2019.8
文責:
リハビリテーション科
最終更新日:2022年01月24日