うつ病に対する反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)の発展
―精神・神経科―
うつ病と反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)
精神疾患の中でもうつ病は非常に有病率が高く、先進国を中心とした社会のストレス化からその罹患数は年々増加しております。その高い罹患率に加えて、個人および社会にかかる負担の大きさ、約3人に1人が十分な抗うつ薬での治療を行っても改善がみられないという難治性を示すという点から、世界保健機関はうつ病を、「社会を最も消耗させる疾患」の一つと位置付けています。
このような中、薬物治療および心理療法とは異なる新たな治療として、反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)が注目を集めるようになりました。日本では2019年に保険収載され、KOMPASでも2020年に紹介いたしました(反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法) ~お薬が効かないうつ病への新たな治療選択~ ―精神・神経科―)。保険収載をされてからの5年間の歳月でその長所と短所がより明確化されました。そして世界ではその短所を克服すべく、rTMS療法を発展させた治療法が、アメリカ食品医薬品局(FDA)にて承認されています。今回は、日本で行われているrTMS療法の現状と、世界でどのような発展がみられているかについて紹介します。
日本におけるrTMS療法の現状
rTMS療法は、脳の局所に反復的に磁気刺激を行うことで、神経可塑性(脳内の神経の柔軟さ)に変化を加えることで抗うつ効果を来す治療法です(図1)。一日40分のセッションを、週5日、3週間から6週間にわたって行います。rTMS療法の特徴は大きく2点あり、(1)難治性うつ病の方に対しても一定の抗うつ効果がみられることと、(2)従来の治療法と比べ、副作用が少ないことがあります。そのため、薬物治療に対して抵抗性および不耐性のあるうつ病の方に適した新しい治療選択として注目をされています。
日本ではrTMS療法が保険収載をされて、2024年6月で5年の歳月が経ちます。しかし残念ながらまだ本治療は一般化されていません。その原因として、厳しい施設基準や医療費の問題に加え、実施にかかるコストも大きな問題となっております。基準を満たした有資格者のみ実施可能であり、一人の治療に前後の準備も含め約60分程度かかること、一人の患者さんを治療するに当たり最大30日の日数がかかることが挙げられます。これは患者さん、そして医療従事者の双方の大きな負担となります。また上記に加えて、治療反応率が最大でも5割程度に限られること、適応が急性期治療(症状を改善させることを目的とした治療)に限られることもrTMS療法の普及を妨げる要因となっております。
図1.TMSによる脳の局所刺激
rTMS療法の発展
世界および日本の一部の医療機関では、上記の短所を解決するためにrTMS療法をさらに発展させた新たな治療法が開発されております。本記事では、治療の時間的コストを解消する治療法、治療の効果を高める治療法、再発予防法といった、rTMS療法の3つの発展を紹介させていただきます。
時間的コストの改善 ~DASHプロトコルとシータバースト刺激~
rTMS療法における刺激の繰り返し方を発展させ短時間で同等の効果を来す手法が開発されております。DASHプロトコルは従来のrTMS療法のインターバルを減らすことで治療時間を約半分に、シータバースト療法はシータリズム(1秒に5回)でバースト刺激(20ミリ秒間隔の3連刺激)という特殊な刺激を行うことで一回の治療をわずか3分程度に短縮させたものです。日本ではまだ保険収載はされていないものの(治療機器の薬事承認はされているため一部の医療機関で自由診療や臨床研究として行われている場合はございます)、米国ではFDAで承認され一般的に行われるようになりました。時間的コストの改善は患者さんと、医療従事者の双方に大きな利点があるため日本でも早期に保険収載されることが期待されます。
治療効果の改善 ~SAINTプロトコル~
スタンフォード大学で開発された新しい治療です。SAINTプロトコルは、一日10時間の治療(10分間の刺激と50分の休憩を10セット)を5日間行うものであり、特殊なMRIを用いた治療部位の選定を行います。5日間と治療期間は短いものの、一日当たりの長い治療時間やMRIの撮像を要することから、治療にかかるコストは従来のものと比べて高まります。しかしこの集中的な治療は治療反応率8割という非常に高い効果を示しました。米国では2022年にFDA承認されたものの、治療にかかるコストや技術の問題から一般的には行われていません。また臨床研究の数も限られており、その効果の検証も不十分といった懸念点もあります。しかしながらその高い効果と、短い治療時間から、今後の世界的な普及が注目されております。
再発予防 ~メンテナンスrTMS~
rTMS療法は主に急性期治療として用いられることがほとんどでした。しかしながらうつ病の管理では、再発の予防も大事な要素となります。急性期治療としてのrTMS療法は、週5日の治療を要するため再発予防の手段としては適しておりませんでした。しかし、世界ではその治療頻度を抑えたうえで再発予防効果を来すメンテナンスrTMS療法が開発されています。日本でも国立精神・神経医療研究センターを中心として先進医療Bとして行われております。
おわりに
rTMS療法はまだ世界的にも新しい治療であり、上記で紹介したものに限らず世界中で常に新たな発展が試みられております。本治療を必要とされる患者さんに一日でも早く届けられれば幸いです。
文責:精神・神経科
執筆:和田真孝
最終更新日:2024年6月3日
記事作成日:2024年6月3日
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