口腔顔面痛ってどんな病気?筋肉のコリが原因になることがあるって本当?
―歯科・口腔外科―
顔面部の痛みってどんなものがありますか?
顔面部の痛みの原因には様々なものがあります。われわれ痛みの専門医は、患者さんの訴える痛みの特徴を整理しながら診断しています(表1)。特に痛みの性質と長さは診断をする上で非常に重要です。
表1.痛みの構造化問診票
|
虫歯 |
歯の根の先の炎症 |
三叉神経痛 |
筋筋膜痛 |
神経障害性疼痛 |
---|---|---|---|---|---|
痛みの場所 |
歯、顔面 |
歯、歯肉 |
どちらか片方の顔面 |
顔面など広範囲 |
歯肉や皮膚 |
痛みの種類 |
鋭どい痛み |
重い痛み |
雷が落ちるような痛み |
重い痛み |
日焼けした様なヒリヒリ |
痛みの強さ |
強 |
中~強 |
強~激痛 |
弱~中 |
中~強 |
痛みの持続時間 |
数分~1日中 |
咬んだ時 |
数秒~2分 |
数時間~ 1日中 |
持続的、 時々強い |
痛みの頻度 |
食事時 |
咬んだ時 |
数回~多数回/日 |
1日中 |
持続的、 時々強い |
痛みが悪化する出来事 |
冷たいものや |
熱いものを食べる |
食事、洗顔 |
同じ姿勢後 |
食事、洗顔 |
痛みが軽快する出来事 |
なし |
冷やす |
安静 |
頸・肩の運動 |
なし |
その他 |
痛みが強い時はどの歯が |
歯を叩くと痛い |
一度痛いとしばらく痛く |
痛み止めが効かない |
症状は神経支配に一致 |
短くて鋭い痛みは「三叉神経痛」か「虫歯・歯髄炎などの歯の痛み」が多いです。前者は2分程度の強い痛みの後、一定期間痛みが全くなくなる「不応期」があるというのが最大の特徴です。
長くて重い痛みは、「炎症性疾患」か筋肉のコリである「筋筋膜痛」が多いです。筋筋膜痛は関連痛や異所性疼痛と呼ばれる、本当に原因があるところと別の場所に痛みを引き起こすことが非常に多く、大変厄介です。しかも慢性疼痛の60%以上と頻度が高いのですが、筋触診をしないと診断できないことから見過ごされることも多いです。各科の専門的な検査でも痛みの原因が分からないとき、痛みに苦しんでいる期間が長いときには筋筋膜痛の可能性が非常に高いと言えます。
「アロディニア」と呼ばれる日焼けした背中を触られる様なヒリヒリした痛みは「神経障害性疼痛」の特徴です。帯状疱疹後神経痛はこれに含まれます。痛みの程度に波がなく、範囲や境界が明確で、またその名の通り神経障害の原因となる、帯状疱疹などのウィルス感染、手術、外傷などのきっかけがあるかがポイントとなります。これらが曖昧なときには、神経障害性疼痛ではなく、筋筋膜痛によって引き起こされた中枢感作(脳の興奮)を疑います。
絶対に知っておいた方が良い筋筋膜痛
筋筋膜痛は簡単に言うと筋のコリで、実際に筋肉を触ることで診断します。顔面部に痛みをもたらしやすいのは、噛む筋肉である側頭筋と咬筋、頸の筋肉である胸鎖乳突筋、頭板状筋、肩コリで有名な僧帽筋などが挙げられ、夜の歯ぎしりや噛みしめ、家事やパソコンなどによる長時間の同じ姿勢が原因となります(図1)。
図1
同じ姿勢でいることで筋肉が長時間収縮したままになるとコリができてしまい、その結果血流が悪くなって痛み物質が蓄積してしまう、というのが大まかなメカニズムです。治療法は固まった筋肉をほぐし、これらの痛み物質を洗い流すことであり、マッサージやストレッチ、運動や温めたりすることが有効です(図2)。また一般的な痛み止めの薬は「痛み物質を作るのを止める」ことが仕事ですので、痛み物質が既に作られ蓄積した筋筋膜痛の痛みには手遅れで、鎮痛剤が効かないことも特徴の一つです。
図2
なぜ筋筋膜痛は慢性痛の原因として一番多い?
筋筋膜痛が慢性疼痛の原因である割合が多い理由に、原因となる悪習癖を持っている人が多いのはもちろんですが、1)採血やレントゲンでは発見できず、筋肉を触らないと分からない、2)本来と違う部位に痛みが自覚される「関連痛(異所性疼痛)」を引き起こしやすい、という2つの特徴によって長い間見過ごされてしまうことが挙げられます。
関連痛(異所性疼痛)とは?
本来「痛み」というのは異常を知らせる警報なので、基本的に怪我や病気がある場所に痛みは自覚されなくてはいけません。しかし、「関連痛(異所性疼痛)」があると、患者さん本人が信じて疑わない痛みの場所に、どんなに探索しても痛みの原因が見つからないので、治療もできず精神的にも参ってしまい、難治性の慢性疼痛の原因となりやすいことが知られています(図3)。難治性まで行かなくても、日ごろ感じる歯の痛み、舌の痛み、歯の知覚過敏、頭痛などの原因が筋筋膜痛であることは珍しいことではありません。
痛みの物語(正常編)
①ここは「 脳王国 」の「 顎筋村 」です。何やら村人が川のほとりで叫んでいます。「大変だ!!橋が壊れてしまった!!国王にこのことを伝えなくては!!」村人はすぐに 脳王様 に報告書を送りました。
②村人から報告を受けた脳王様は言いました。「橋が壊れて大変なのか。すぐに橋を直さなくては!場所は顎筋村じゃな。」脳王様は顎筋村の橋を直すよう家来に命じました。
③村人からの報告書を脳王様がしっかりと受理してくれたのですぐには元通り。顎筋村の村人たちは大変喜びましたとさ。めでたしめでたし。
このお話に関連痛と同じメカニズムを取り入れるとこうなります。
痛みの物語(関連痛編)
①ここは「脳王国」の「顎筋村」です。何やら村人が川のほとりで叫んでいます。「大変だ!!橋が壊れてしまった!! 国王にこのことを伝えなくては!!」村人はすぐに脳王様に報告書を送りました。
②村人からの報告書をみた脳王様は言いました。「橋が壊れて大変なのか。 すぐに橋を直さなくては。 えっと・・・、場所はどこじゃったかの。あっちの方から報告が来たから・・・ 歯牙村 かな?うむ!きっと歯牙村じゃ!間違いない!」と歯牙村の橋を直す指令を家来に出しました。
③家来たちが歯牙村に到着しました。「壊れた橋を直しに来ました。橋はどこですか?」しかし、村人は不思議そうな顔をしています。「何のことですか?この村には川も橋もありませんよ」「そんなはずは無い!脳王様から歯牙村の橋を直すように言われてここに来た。脳王様が間違える わけない。さぁ、壊れた橋を探すんだ!」結局、どんなに探しても壊れた橋は見つかりませんでした。
④一方、顎筋村では何ヶ月待っても橋は直らず、村人は途方に暮れ、寝込んでしまいましたとさ。おしまい。
どこの筋肉が、どこの場所に関連痛を引き起こしやすいか、というのはある程度の傾向があります(図4)。
図4
(×は刺激部位、
筋筋膜痛に対する最適な治療法は?
簡単に言えば、前述したように「筋筋膜痛発症のメカニズム」と反対のことをやれば良いのです。まずは筋肉のコリをマッサージしたり、ストレッチをしたりして血流を改善させます。血流を改善させると、溜まっていた痛み物質が洗い流され、筋肉の痛みは軽減します。ですがこれは一時的な改善にすぎません。このままマッサージとストレッチを継続して、通常でも血流が確保されるよう、筋肉のコリを無くす必要があります。筋肉のコリが消失すると本来の血流が戻り、筋肉は良い状態へと回復します。適度な運動や患部を温めることも血流が良くなるので効果があります。
マッサージに行くことももちろん良いのですが、結局筋肉のコリの原因は自身の癖ですから、毎日やらないと追いつかないことが多いです。痛みを借金とすると、利息が噛みしめや姿勢などの悪習癖、返済はセルフケアですから、せっせとセルフケアを行うべきです。
また、このセルフケアは心理的な部分でも長引く慢性痛などの厄介な痛みにとても有効です。「先生に治してもらおう!」と思っている人は、痛みに対して受動的になってしまい、恐怖や不安などが増してしまうのですが、セルフケアによって自分で治そうとしている人は、痛みに立ち向かい、自身で痛みをコントロールするという能動的な感覚となります。『治すためにセルフケアを頑張ろう』→『頑張ったら良くなってきたから、このまま続けよう』→『自分でコントロールできるのだからこの痛みは怖くない!』というポジティブな思考が芽生えると治療の好循環へと徐々に移行していき、痛みの悪循環から脱却することができるのです(図5)。厄介な痛みの治療に対して、自分の意思で行うことはとても重要ですので、これらの様々な理由から、「セルフケアは最も有効な治療法である!」と言えるのです。
図5
まとめ
顔面部の痛みの原因には様々な病気があります。今回は触れませんでしたが、脳の病気が隠れていることもあるので、闇雲なセルフ診断は危険です。痛みが長引くときには必ず病院を受診しましょう。ただし、どんな検査をしても異常がみつからないときには筋筋膜痛を疑い、とりあえずこっている筋肉をほぐすことをお勧めします。その結果、困っている痛みが改善するかもしれませんし、そうでなくてもとりあえずコリが取れるので損はありません。また、常にセルフケアを行い、筋肉のコリをほぐしておけば筋筋膜痛が除外されるので、適切な診断と治療が受けやすいという利点があります。予防の意味でも適度な運動やセルフケアの習慣化が大切です。まずは慶應義塾大学病院歯科・口腔外科で配布しているセルフケア指導用紙(図6)をみながら実践してみてください。あなたの抱えている痛みの悩みがグッと楽になるかもしれません。
図6.慶應義塾大学病院 歯科・口腔外科で配布しているセルフケア指導用紙
さらに詳しく知りたい方へ
- 厄介な痛み:口腔顔面痛 ②「咀嚼筋による口腔顔面部の痛み」(一般財団法人 日本いたみ財団 web市民公開講座)
筋筋膜痛について勉強したい方は、こちらの動画もご覧ください。セルフケアの動画説明もあります。
文責:歯科・口腔外科
執筆:臼田頌
最終更新日:2023年4月3日
記事作成日:2023年4月3日
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