アルコール関連肝疾患
概要
アルコールは古代より親しまれている嗜好品で我々の生活を豊かにしてくれますが、一方で過剰な飲酒を長期にわたって続けると様々な臓器に障害を来し(表1)、その中でも肝障害は高頻度でしばしば重篤となります。過剰な飲酒によってアルコール性関連肝疾患(Alcohol-related liver disease)は脂肪肝、肝炎、肝硬変から、さらに肝細胞がんや肝不全と定義されます。WHO 2014年の報告では、世界的に毎年約330万人はアルコールの有害使用によって死亡し、これは年間死亡総数の5.9%を占めます。国内においても毎年4万人以上が亡くなっています。
表1.アルコールによる臓器障害
肝障害 |
脂肪肝;肝炎;肝硬変;肝細胞がん |
膵臓 |
急性膵炎;慢性膵炎;膵性糖尿病;膵がん |
消化管(食道;大腸) |
食道がん;大腸がん |
精神 |
アルコール利用障害;アルコール依存症 |
中枢神経 |
急性アルコール中毒 |
末梢神経 |
多発神経炎 |
筋肉 |
アルコール性ミオパチー(筋肉が障害される) |
心臓 |
不整脈;アルコール心筋症 |
口腔・咽喉頭 |
口腔がん;喉頭がん |
乳腺 |
乳がん |
代謝 |
糖尿病 |
免疫 |
易感染性 |
発生、発達 |
胎児性アルコール症候群;未成年者飲酒による認知能力低下;性的発達遅延 |
外傷;突然死 |
症状・診断
過剰な飲酒の継続によって、まずアルコール性脂肪肝となりやがてアルコール性肝炎を発症します。いずれの場合にも自覚症状があることは稀で、職場や地域の健診で血液検査をした際に血清トランスアミナーゼでASTがALTよりも圧倒的に高い値を示す場合、およびγ-GTP、ALPの上昇を指摘されたことを契機に診断されることがほとんどです。他のタイプの肝疾患に比べて特にγ-GTPは発症早期に他の肝胆道系酵素に先駆けて上昇することが多く、飲酒の継続や禁酒によって変動しやすいため、病勢を示す指標として用いられています。2011年に日本アルコール医学生物学研究会(JASBRA)により改訂された日本のアルコール性肝障害の診断基準の概念は表2のようになっています。診断の際に、他の肝障害の可能性も念頭に、血液検査や肝生検にて除外診断を行うこともあります。
「過剰な飲酒」の程度は個々によって異なりますが、エタノール換算で1日に60g以上摂取すると、ほぼ例外なく肝障害を来します。エタノール60gは、ビール中ビン3本、日本酒3合弱、25度焼酎300mlに相当します。しかし、遺伝的にアルコールの代謝効率が悪い人(2型アルデヒド脱水素酵素ALDH2欠損型)や女性では、その約2/3程度の飲酒量でも肝障害を来すとされています。
表2.JASBRAアルコール性肝障害診断基準 2011年版 概念
(JASBRAアルコール性肝障害診断基準 2011年版より引用改変)
「アルコール性」とは、長期(通常は5年以上)にわたる過剰の飲酒が肝障害の主な原因と考えられる病態で、以下の条件を満たすものを指す。
【付記1】 【付記2】 |
アルコール性肝障害を有する患者において、飲酒量の増加を契機にAST優位の血清トランスアミナーゼの上昇や黄疸がみられる「アルコール性肝炎」という病態もあります。その際に、著明な肝腫大、腹痛、発熱、末梢血白血球数の増加、ALPやγ-GTPの上昇がよくみられます。一部のアルコール性肝炎では、禁酒しても肝腫大などアルコール性肝炎の症状が持続するものもあり、肝性脳症、肺炎、急性腎不全、消化管出血などの合併症を伴う場合は、「重症型アルコール性肝炎(Severe alcoholic hepatitis:SAH)」との病態に陥る可能性があり、予後不良とされています。
治療
節酒、断酒とアルコール依存
アルコール性肝炎の治療において不可欠なのは節酒、断酒であり、肝障害が軽度である段階で治療を開始することで改善していきます。しかし、一部の症例では節酒、断酒したにもかかわらず肝障害が重篤化することもあり、稀ではあるものの死亡することもあるため節酒、断酒しながら定期的な受診を継続し、血液検査などで肝臓の状態をチェックすることが必要です。
しかしながら、節酒、断酒を困難にしているのがアルコールに対する依存性です。アルコール依存症はかつて慢性アルコール中毒(アル中)と称され、個人の意志の弱さや道徳性の欠如によるものと言われていましたが、近年では医療介入を要するれっきとした疾患のひとつとして考えられています。最初は「お酒を飲みたい」という単純な欲求であったものが、飲酒を続けることによってエスカレートし「お酒を飲み続けると体に悪い」、「お酒を飲み過ぎて仕事で失敗した」という飲酒の有害性を頭で理解しているにもかかわらず、飲酒をやめることによって出現する離脱症状や抑うつ、精神的苦痛から逃れるために、さらに飲酒してしまうようになります。また、人間はアルコールに対して耐性をもっているため、同程度の酩酊を感じるために要するアルコール量は次第に増加します。アルコール依存状態ではなかなか自分の意志で断酒することは難しくなるため、専門とする医療スタッフによるカウンセリングや抗酒剤の使用、断酒会への参加など積極的な医療介入が必要となります。このようにアルコール依存症に対する医療が発展、多様化していく一方で世界保健機関(WHO)はアルコール乱用・依存患者の未治療率は75%以上であると推算しており、その根底には自身がアルコール依存患者である自覚がない、もしくは自覚があっても他者に打ち明けられないなどの原因があると考えられています。
以上のようにアルコール性肝炎となった患者さんの中には常習飲酒家もしくはアルコール依存状態である場合があり、自力で節酒、断酒することが難しく、何らかの介入がなければそのまま肝硬変にまで至ってしまうことがあります。アルコールは誰にとっても身近な存在であるため、誰でもアルコール性肝障害やアルコール依存症になるリスクがあります。まずは各々が自身の日々の飲酒量を把握し、定期的に健康診断などで肝胆道系酵素(AST、ALTやγ-GTP)が上昇していないか確認し、自身の飲酒量が多い場合や肝機能障害を指摘された場合には早めに医療機関を受診して相談することが重要です。
肝移植について
アルコールによる非代償性肝硬変に対し、治療の選択肢に肝移植があります。アルコール性肝硬変に対する肝移植の成績は、肝移植後のグラフトおよび患者生存率は移植後5年で85%を超えており、ほかの要因による肝移植と同等もしくは良好な成績が報告されています。一方で、術後の再飲酒が大きな問題となっており、日本だけでなく、諸外国においても移植前の禁酒期間が肝移植の適応条件のひとつになっています。日本のほとんどの施設では、生体肝移植の場合6か月;脳死肝移植の場合18か月の禁酒期間が条件です。一方、アルコール性肝硬変で肝移植を受けた患者で最も多い死因は新規の悪性疾患です。初頭に説明したように、アルコール性肝障害の患者は他の疾患と比較し、肝臓外の臓器においても発がんリスクが高いためです。
重症型アルコール性肝炎の内科治療
前述のように、慢性アルコール性肝障害を有する状態下のアルコール多飲によって急激な黄疸、肝予備能低下という「重症型アルコール性肝炎」の病態が存在し、多くの症例は肝腫大および高度の白血球上昇を伴っております。最初に(1)アルコールの中断に伴う離脱症候群と治療開始に伴うvitamin B1の欠乏の恐れがあり、至急の対応が必要です。全身状態を把握しながら(2)栄養の確保、感染症の対応、臓器サポートの必要性を検討します。同時に、(3)アルコール以外の肝障害の原因精査も進みます。数日の禁酒で黄疸が回復することもありますが、重症(maddrey discriminant function≥32; もしくはJAS score≥10)の場合、他に禁忌がなければ、プレドニゾロン40mg/日を開始し、7日間の治療効果を確認します。7日後のLille score< 0.45なら奏功の可能性があり、プレドニゾロンは28日間まで継続します。治療非奏功患者において、プレドニゾロンの中止が推奨されます。重症型アルコール性肝炎の患者は入院直前まで飲酒しており、現時点の臨床の場では肝移植の適応外とされます。当科ではこのような患者を対象に、顆粒球吸着療法の特定臨床研究を行っています。
慶應義塾大学病院での取り組み
当院ではアルコール依存症治療の専門施設である国立病院機構久里浜医療センターと連携し、自力もしくは家族の協力や地域の断酒会ではどうしても断酒することのできない依存症の患者さんが早期に治療を開始できるように介入しています。また、断酒期間が満たしたアルコール性肝不全症例に対し、当院外科移植チームと連携し、肝移植の可能性を逃さないように診療しています。重篤なアルコール性肝炎に対して顆粒球吸着療法(Granulocytes/ Monocytes Apresis:GMA)の特定臨床研究を行い、新しい治療法の選択肢として確立すべく症例を蓄積しています。
文責:
消化器内科
最終更新日:2022年5月2日