アルツハイマー病
概要
アルツハイマー病は、脳の神経細胞が本来の老化よりも早く減ってしまい、認知症が徐々に進行していく病気です。認知症とは、1度獲得された知的能力が脳の病気のために失われて、社会生活や日常生活に支障を来す状態のことです。アルツハイマー病の原因は、アミロイドとタウ蛋白と呼ばれるゴミが脳の中にたまることにより、神経細胞が障害されるためと考えられています。
お年寄りの認知症で多いのはアルツハイマー病・脳血管性認知症・びまん性レビー小体病で、全体の75~80%を占めるとされています。脳血管性認知症というのは、脳梗塞や脳出血によって起こる認知症のことです。日本ではアルツハイマー病が近年増加してきて、脳血管性認知症を上回っていると考えられています。アルツハイマー病は40歳代以降広い範囲の年齢で発病しますが、65歳以上で多くなってきます。レビー小体病では、幻覚やパーキンソン病の症状の合併が特徴です。我が国において、認知症の患者さんは65歳以上で3~7%、80歳以上では20%以上を占めると報告されていますが、アルツハイマー病の患者さんは65歳以上で1~3%いるとされています。一方、65歳未満の認知症については、認知症の患者さん全体で人口10万人に対して30人程度であり、アルツハイマー病の患者さんは人口10万人に対して20人程度であると考えられています。今後高齢者の数が増加していくとともに、アルツハイマー病の患者さんの数もますます増えていくと予想されています。
アルツハイマー病にはいくつかの危険因子があることが分かっています。遺伝性の家系でない方でも、持っている遺伝子のタイプが発症のしやすさに関係していることが知られています。アポリポ蛋白E(ApoE)という遺伝子について、ヒトのApoEにはε2、ε3、ε4の3種類があるのですが、ε4のタイプのApoE遺伝子を持っている人はアルツハイマー病になる危険度が高くなることが知られています。もちろん、ε4を持っていれば必ずアルツハイマー病になるというわけではありません。対照的に、ε2を持っている人はアルツハイマー病になりにくいことが分かっています。また、遺伝的な危険因子のほかにも、生活習慣病である糖尿病や高血圧を持っている人、頭部外傷の既往のある人はアルツハイマー病になる危険性が高まることが知られております。そのほか、加齢そのものがアルツハイマー病発症の危険因子であることも知られております。
症状
初めに現れる症状は、ゆっくり進行するもの忘れです。昔のことは良く覚えているのですが、最近のことを覚えることができません。そのため、同じことを何度も聞き返す、物をどこに置いたか思い出せない、財布を置き忘れる、などの症状が出てきます。また、日付が分からなくなったり、慣れている所で道に迷ったりする、などの症状が出てきます。もの忘れに伴って、自分でしまった財布の場所を忘れて「財布を盗まれた」と思い込んだりする「物とられ妄想」などの妄想が出たりします。活気がなくなった、口数が少なくなった、無気力で意欲がなくなった、といった自発性の低下を伴うこともあります。また、これらの症状のために生活に支障が出てきます。運動障害や失禁などの症状は初期にはありません。
アルツハイマー病のもの忘れはお年寄りにしばしばみられる加齢によるもの忘れとは性質が違います。アルツハイマー病では、約束した内容だけではなく約束したこと自体を忘れたり、食事の献立ではなく食事をした体験そのものを忘れてしまうといったことが起こります。これらのもの忘れによって生活に支障が出てきます。
症状が進むと昔のことも忘れてきます。時間や場所がさらに分からなくなるので、家の近所や、家の中でも迷ったりします。さらには知っている人に会っても誰だか分からなくなってきます。また、言葉の異常が出たり、食事、着替え、入浴、トイレが1人で正しく行えなくなります。徘徊したり、夜になると興奮して騒いだり(「夜間せん妄」といいます)、攻撃的になったりするようになります。最終的には、記憶は完全に失われ、言葉の理解や発語もできなくなり、歩行障害、失禁なども出てきて、寝たきり状態となってしまいます。
アルツハイマー病の症状はゆっくりと進み、症状が出てから約半数が寝たきりとなるまでが約2~8年、死亡までの平均罹病期間は約8年から10年といわれています。一般に発症した時の年齢が若いほど進行が早いといわれています。
診断
認知症は早期発見が大切です。もの忘れなどの症状を疑ったら、放っておかずに早めに病院に行く必要があります。というのは、認知症の中には早く見つけて治療をすれば治したり症状を軽くしたりできるものがあるからです。治る認知症の中には硬膜下血腫、水頭症、脳腫瘍、ビタミン欠乏、甲状腺機能低下症などがあります。また、うつ病による自発性の低下が認知症と勘違いされることがあります。
まず、問診による病歴聴取、認知症があるかどうか調べるための簡単なテスト、診察を行います。次に採血、頭部MRI、脳血流検査(SPECTなど)、脳波検査を行います。場合によっては髄液検査、MIBG (ノルアドレナリンと同じように生体内に分布し、主に交感神経に取り込まれる物質)心筋シンチグラフィー、神経心理学的検査などさらなる検査が必要です。頭部MRIで分かる脳の萎縮のパターン、脳血流検査における血流低下のパターンはアルツハイマー病の診断に有用です。アルツハイマー病の診断は鑑別すべき疾患を除外することから成り立っているため、ほかの認知症、特に治る認知症の鑑別を確実に行うことが大事です。
まだ研究段階ですが、アルツハイマー病の原因であるアミロイドを検出する検査(アミロイドイメージング)ができるようになりました(図1)。この新しい検査による、認知症診断技術の向上が期待されております。
図1.アミロイドイメージングによる検査結果
アルツハイマー病患者さんではアミロイド(赤い部分)が脳内に蓄積している。
治療
アルツハイマー病そのものを根本的に治す薬は残念ながらまだありません。しかし、アルツハイマー病によって起こる症状に対する治療薬があります。
アルツハイマー病の症状は、脳の神経細胞がなくなっていくことによって直接起こる「中心症状」とそれに伴って起きてくる「周辺症状」に分けてとらえ、それぞれに対して治療します。もの忘れ、時間や場所や人を認識できなくなるなどの症状が中心症状にあたり、中心症状に伴って起きる精神症状からくる問題行動が周辺症状にあたります。
中心症状に対する治療としては、アリセプトという内服薬があります。アリセプトを投与することで、もの忘れなどの症状を和らげることができます。たまに副作用として吐き気などの消化器症状が出ることがあるので、少ない量から始めて量を増やします。最近になって、レミニール、イクセロンやメマリーというアリセプトと異なる薬が発売されました。これらの薬は、病状によって使い分ける必要があります。一方、周辺症状は人によっていろいろですが、例えば、睡眠障害に対しては睡眠薬、「財布を盗まれた」などの物取られ妄想や、夜になると興奮して騒いだりする夜間せん妄には抗精神病薬、落ち込んだりする抑うつ状態には抗うつ薬などを投与します。特に周辺症状は介護する方にとって大きな問題となりますので、適切な治療を行って症状を軽くすることが必要です。
薬物療法以外の治療も状況によっては必要です。リハビリテーション、デイケアなどの定期的な利用などを必要に応じて行います。また、こういった治療法とともに、介護にあたる方の患者さんへの接し方が大事ですので、次の項で述べます。 。
生活上の注意
アルツハイマー病では、運動障害などの体自体の問題は、かなり後になってからでないと起こりません。このため、主な問題点は様々な「周辺症状」、すなわち、精神症状からくる問題行動などに対する対応の仕方になります。これらの症状のため、ご家族などの介護者の方々には大変な負担がかかります。患者さんへの対応で大切なことは、認知症のお年寄りを現実の世界に対応させるのではなく、我々の方が患者さんの持っている世界を理解して、それに合わせて対応するということです。認知症の患者さんに穏やかな気持ちで生活していただくことが、周辺症状による問題行動を少なくすることにつながります。例えば、「財布を盗られた」などの妄想に対しては、「盗ってない」と頭ごなしに否定するのではなく、例えば「お金が足りなくなってしまったのでちょっと借りてたんです。ごめんなさいね。」などと言って対応したりすると良いと思います。また、自宅にいるのに夕方になると「家に帰る」と言って自宅を出て行こうとするなどの行動がしばしば見られますが、この場合は、無理に引き留めるのではなく、例えば「分かりました。お送りしましょう。」と言って一緒に家を出て、近くを一周して自宅に戻ってくるなどの対応をすると良いでしょう。症状を外来の先生に相談して、対処の仕方を聞くのが良いと思います。
慶應義塾大学病院での取り組み
当院では、「メモリークリニック」にて認知症の患者さんの診療に取り組んでおります。当クリニックの特徴として、神経内科医と精神・神経科医が共同で行っていることがあげられます。アルツハイマー病に限らず、認知症の患者さんは精神症状を伴うことがしばしばあるため、精神・神経科とタイアップすることによってより優れた対応をすることができます。さらには、うつ病など認知症に似た症状を起こす精神科領域の病気の診断にもメリットがあります。また、当クリニックでは医療連携室と連携しており、介護老人健康保険施設の利用などをスムーズに行うことができるようになっております。
また、メモリークリニックでは上述したアルツハイマー病の原因であるアミロイドを検出する検査(アミロイドイメージング)を利用した新しい診断技術の開発にも取り組んでいます。
文責:
神経内科
最終更新日:2021年8月27日