睡眠時無呼吸症候群
概要
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome; SAS)とは、睡眠中に無呼吸を繰り返す病気の総称です。「10秒以上続く無呼吸・低呼吸が1時間に平均5回以上認められ、更に一部は心拍数や血圧のような自律神経の活動性が低く、規則正しい睡眠中にも認められる場合」と定義されます。無呼吸のたびに本人はほとんど気づかない目覚め(身体は眠っていても脳は目覚めている状態)が起こり、質の良い睡眠を得ることができず、日中の眠気を引き起こします。本来、体は呼吸によって酸素を取り込み、二酸化炭素を出していますが、無呼吸の間はこの正常なガス交換が障害されます。そのため、血液中の酸素が不足し、体内に不要な二酸化炭素がたまる状態が繰り返し生じ、さまざまな臓器に悪影響を及ぼします。
SASには、上部の気道が閉塞して生じる閉塞型(Obstructive Sleep Apnea Syndrome; OSAS)、脳から呼吸筋への指令が消失する中枢型(Central Sleep Apnea Syndrome; CSAS)、無呼吸発作中に中枢型から閉塞型に移行する混合型がありますが、大多数の患者さんは閉塞型(OSAS)ですので、OSASについて説明します。OSASでは、無呼吸や低呼吸は上気道や咽頭周囲の呼吸の通り道が狭くなることにより生じます(図1)。肥満に伴い咽頭周囲に脂肪がついたり、扁桃肥大、咽頭周囲の筋肉のたるみで狭くなったり、生まれつきの顔、顎、首の形で咽頭周囲が狭くなります。日本では、男性で3~7%、女性で2~5%、約300万人以上のOSASの患者さんがいると推測されています。
図1
症状
(症状) 無呼吸によって睡眠が断片化し、深い睡眠がなくなることで、高度の睡眠不足が生じ、日中の居眠り、記憶力・集中力低下、疲労感、起床時の爽快感の欠如などが起こります。起床時に頭痛・頭重感が生じたり、性格変化、抑うつ状態が現れることもあります。睡眠中の症状としては、いびきと呼吸停止が交互に繰り返され、手や足を激しく動かしたり、夜中に眼が覚めたり、夜間の頻尿を認めたりします。
(合併症) 閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS)では日中の居眠りによる事故や社会的信用の失墜以外にも、さまざまな心血管系の疾患を合併することが問題になります。重症化するほど高率に高血圧を合併し、不整脈の発生は健常者の2倍程度です。狭心症・心筋梗塞などの虚血性心疾患を合併する頻度はOSAS症例の35~40%程度との報告があります。糖尿病を合併する頻度が約10%で、様さまざまな生活習慣病と共通した危険因子の存在が注目されています。突然死のリスクを高めるとの報告もあります。
診断
(症状) 日中の居眠り、睡眠中の窒息感やあえぎ、睡眠中の繰り返しの覚醒、起床時の爽快感の欠如、日中の疲労感、集中力の欠如、起床時の頭痛、夜間の頻尿、肥満などからOSASを疑います。日中の眠気の自覚的な評価として、生活の中の8つの状況についてどの程度眠くなるか質問するエプワースの眠気尺度が用いられます。
(簡易診断装置) OSASが疑われると、まず簡易診断装置を借りて自宅に持ち帰り、一晩鼻と口の空気の流れ、胸部と腹部の呼吸運動、気管音、酸素飽和度を測定します。10秒以上の無呼吸と、10秒以上空気の流れが50%以下に減少して酸素飽和度が基準値より3~4%以上低下しているか覚醒反応を伴う低呼吸が1時間あたり何回生じるかを求め、それを無呼吸低呼吸指数(Apnea-Hypopnea Index; AHI)とします。またいびき音を記録し、パルスオキシメーターで酸素飽和度の下降の仕方も記録します。AHIが20回以上か、それ以下でも自覚症状が強い場合は、入院の上、ポリソムノグラフィー(PSG)という精密検査を施行します。
(ポリソムノグラフィー) ポリソムノグラフィーでは脳波、眼球運動、顎の筋電図を測定し、睡眠段階の判定と中途覚醒反応を求めます。鼻と口の空気の流れ、胸部と腹部の呼吸運動を測定し、無呼吸低呼吸数を記録します。パルスオキシメーターで酸素飽和度を測定し、心電図も記録します。「日中の居眠り、またはOSASの症候があり、ポリソムノグラフィーでAHIが5以上」の場合を、OSASと診断します。脳波を記録しない簡易診断装置では睡眠時間や睡眠の質を判定できず、正確なAHIを求めることができないとされています。そのため、簡易診断装置では軽症例を見落とす可能性があるとされています。
治療
(鼻マスク式持続陽圧呼吸) 現在までのところ睡眠中の上部の気道の閉塞を改善する有効かつ安全な治療は鼻マスク式持続陽圧呼吸(nasal continuous positive airway pressure; nCPAP)です(図2)。鼻に密着し空気が漏れないマスクを付けて、マスクとつながった小さな機械で圧を加えた空気を鼻から気道へ送り込みます。送り込まれた空気により気道は開いた状態を保て(図3)、いびき、無呼吸、低呼吸、酸素飽和度の低下、睡眠障害、日中の居眠り、OSASの他の症候が改善します。日本では無呼吸低呼吸指数(AHI)が20以上で自覚症状がある場合にnCPAPの保険適応となります。また、簡易診断装置によるAHIは正確ではないとされていますが、40を越え自覚症状があるとポリソムノグラフィー(PSG)を施行しなくてもOSASと診断しnCPAPを導入することが保険で認められています。
(鼻マスク式持続陽圧呼吸の効果) AHIが20以上で無治療の人は健常人と比較して死亡率が上昇すると言われています。nCPAPで治療すると、長期間の生存率が健常人と差がないとの報告があります。nCPAPは有効で安全ですが、対症療法ですので半永久的に治療を続ける必要があります。毎晩就寝時に機械を装着するのは煩わしいですが、症候と生存率を改善するためには、長期に治療を継続できるか否かが重要です。保険診療でnCPAP療法を受けるためには、機械を処方された医療機関を毎月受診する必要があります。
(手術的治療法) 扁桃肥大などで解剖学的に気道が狭くなっている場合には、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術を行います。AHIが50%以上減少するのを改善とした場合、手術で改善が得られるのは50%前後で、治療の第一選択にはなりませんが、一部の患者さんにとっては根治治療となる可能性があります。
(口腔内装置) 口腔内装置は下顎を前方に移動して固定する装置です。下顎骨が後ろに偏位していたり未発達であったり、顎が小さいなどで気道が狭くなっている人に有効です。治療効果はnCPAPに劣ります。
図2
図3
生活上の注意
体重の増加とともに、顎の周囲、首周り、喉や舌も太くなり、気道が上下左右から圧迫されて狭くなります。肥満は閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の重要な危険因子で、多くの患者さんは肥満を伴っています。10%の減量で無呼吸低呼吸指数(AHI)が26%減少するとの報告があり、肥満を伴う場合は必ず減量を行うべきです。しかし、重症のOSASを減量だけで消失させることはきわめて難しく、他の治療と併用しながら減量を行うべきです。
仰向けで寝ると舌根部が重力の影響で沈下し気道が狭くなるので、横向きに寝ることでいびきや軽症のOSASはある程度改善します。
アルコールは筋肉の緊張を緩和させる作用があり、舌や顎の筋肉の緊張がゆるみ気道を圧迫します。また鼻粘膜を充血させる作用があり、鼻からの空気の通りが悪くなります。就寝前のアルコールは控えてください。
睡眠薬や精神安定剤は舌や顎の筋肉の緊張を緩和し気道を狭くします。これらの薬剤を服用中の場合は、主治医と相談し用法用量を守ることが重要です。鼻マスク式持続陽圧呼吸(nCPAP)を導入することで熟眠感が得られ、睡眠薬や精神安定剤の服用を必要としなくなることもあります。
慶應義塾大学病院の試み: 睡眠センター
(概要) 当院では、大学病院という特性からSASをはじめとした睡眠障害に関連する診療科やスタッフ間で連携し、診断・治療を進めていく目的で、「睡眠センター」が組織されています。当センターは精神神経科、呼吸器内科、循環器内科、消化器内科、耳鼻咽喉科、歯科・口腔外科、臨床検査科、医用工学センターなどで構成されています。
上記にも記述した通り、SASは日中の慢性的な眠気、仕事効率の低下、抑うつ状態などを招くばかりでなく、生活習慣病である高血圧・糖尿病などの悪化や合併、または不整脈、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、脳卒中・突然死などの深刻な合併症を起こす危険性が高い疾患であり、その予防と治療を行っていくことは大変重要なことです。SASの合併症の有無を確認し、診療科の垣根を越えて各科連携をとりながら診療を進めていきます。
(対象疾患) 睡眠時無呼吸症候群、その他の睡眠障害(不眠症、ナルコレプシー、レム睡眠行動障害、周期性四肢運動障害、むずむず脚症候群、睡眠・覚醒リズム障害、歯ぎしり、食いしばりなど)
(検査) 睡眠に関するアンケート、終夜パルスオキシメーター、簡易睡眠診断検査、終夜ポリソムノグラフィー検査、鼻咽腔・扁桃・喉頭の診察、鼻腔通気度検査、食道pHインピーダンスモニタリングなど
(受診方法) 睡眠障害が疑われた場合、まずは今お困りの自覚症状に該当する診療科を受診してください。お話しを伺った上で、他の診療科へのご相談が必要な場合は、連携をとりながら、検査、診断、治療と進めていきます。
写真:睡眠センターに携わるスタッフです。
文責:
呼吸器内科
最終更新日:2019年9月2日