前立腺がん
概要
前立腺は男性のみが持っている臓器です。膀胱の出口の尿道を取り囲む形で存在しており、栗の実のような形と大きさをしています。精液の一部分を作っており、射精や排尿の調節に関わっています。
アメリカでは前立腺がんは、男性に発生するがんの第1位ですが、日本でも近年増加傾向にあり、2020年では1位となることが予想されています。一昔前は、進行がんの状態で見つかることが多かったのですが、最近ではPSA(prostate specific antigen:前立腺特異抗原)という優れた腫瘍マーカーの普及もあり、より早期に発見される様になってきています。
症状
初期はほとんどが無症状で、進行すると以下の症状があらわれてきます。
排尿に関する症状
残尿感、頻尿、尿意切迫感等の症状が起こることがあります。
局所浸潤症状
尿道に浸潤すれば血尿、排尿困難が生じ、さらに尿管まで浸潤すると、尿管の拡張、腎盂、腎杯が拡張する水腎症、ついには腎不全に至ることも有ります。
転移がんの症状
腰痛などで骨の検査をうけたことで前立腺がんが発見されることもあります。また胸部レントゲン等で肺転移が偶然発見されることもあります。
診断
PSA
前立腺から分泌されるPSAという物質の血液中の濃度が高いと前立腺がんが疑われます。正常値上限値は4.0ng/mlで、他の臓器にがんがあってもPSAは上昇しません。グレーゾーンと呼ばれる4.1~10.0ng/mlでは20-30%に、10.1ng/ml以上では40%以上にがんがみつかるといわれています。
直腸診
肛門から指を入れて、前立腺の表面を触る検査です。前立腺に硬い部分があるとがんの疑いが高くなります。
経直腸的超音波検査
肛門から超音波検査プローブを挿入し、前立腺の内部の状態を観察します。
前立腺針生検
PSA、直腸診、超音波検査などにより、がんの疑いがあれば行います。肛門から超音波検査プローブを挿入し、超音波で確認しながら前立腺に針を刺し、組織を採取します。採取した組織は病理医が顕微鏡で見て、がんの有無を判断します。詳しくは、前立腺針生検の項目もご参照ください。
以下は、前立腺がんの診断がついた方に行われる検査です。
CT
前立腺がんの診断が針生検で確定した場合に前立腺がんが他の臓器やリンパ節へ転移していないかどうかを評価する為に行います。
MRI
前立腺がんが前立腺内にとどまっているか、前立腺の外に進展しているかを評価する為に行います。
骨シンチグラフィー
前立腺がんは骨に転移しやすいので、骨に転移していないかどうかを評価する為に行います。
治療
PSA、グリソンスコア、病期の広がりに応じたリスク分類
前立腺がんの治療は、腫瘍マーカーのPSA、前立腺組織の悪性度を表すグリソンスコア、がんの広がりを表す病期の3項目に応じたリスク分類にもとづいて決定されます。
図1.前立腺がんの診断に用いるリスク分類
これらのリスク分類、患者さんの年齢や健康状態等を総合的に考えて治療方針を決定していきます。主に以下の治療法があげられます。
手術
がんが前立腺内にとどまっていれば根治的前立腺全摘術を選択することができます。 前立腺を摘出し、膀胱と尿道を吻合する手術ですが、当院では積極的に、腹腔鏡を用いて行う腹腔鏡下前立腺全摘術やロボット支援手術を行っております(後述)。手術後の合併症として、尿失禁や勃起不全があげられますが、がんの場所によっては、勃起神経を温存して手術を行うこともあります。
放射線治療
当院で実際に放射線治療を行う場合には、体外から照射を行う外部照射と前立腺に放射線の線源を埋め込む密封小線源療法(シード治療)があります。
- 外部照射
直線加速器(リニアック)と呼ばれる大型の機械で、体の外から体内の病巣部に放射線を照射します。治療が必要な範囲の形に合わせた正確な照射範囲を定めるために、専用のコンピュータを用いて最適な照射計画を選択します。ほぼ全例で、強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiotherapy: IMRT)を導入しています(図2)。通常は、1日1回の治療をおよそ2か月かけて行いますが、近年では、1回にあてる放射線の量を少し多くして比較的短期間で照射する方法も一般的になっています。また、1回の放射線の量をさらに多くして、5~7回くらいで治療する定位的放射線治療も病期によって選択することができます。
図2.前立腺がんに対する外部照射
- 密封小線源療法(シード治療)
放射線を放出するヨウ素125線源を前立腺内に挿入し、内部から前立腺全体に放射線をあてる治療法です。麻酔をかけた上で、超音波画像を見ながら会陰部から前立腺内に線源を留置します(図3)。数日間の入院が必要です。リスクが高い症例では、小線源療法に外部照射を組み合わせることがすすめられます。
図3.前立腺がんに対する密封小線源療法
内分泌療法
前立腺がんは男性ホルモンにより増殖します。その男性ホルモンの働きを抑える治療法が内分泌療法です。ほとんどの前立腺がんがこの治療によく反応しますが、徐々に効かなくなってくる例もあります。精巣摘除術や、LH-RHアゴニスト剤/アンタゴニスト剤に、抗男性ホルモン剤を組み合わせて体内の男性ホルモンの働きを抑えます。女性ホルモン剤や副腎皮質ホルモン剤が前立腺がんに有効な場合もあります。近年、男性ホルモン及びその受容体の解明が進み、より強力な抗男性ホルモン剤が開発され、従来の内分泌療法が効かなくなった前立腺がんに使用されています。内分泌療法の副作用として顔が熱くなったり、汗をかいたり、動悸がしたりするといった 「ホットフラッシュ」や性欲減退や勃起障害などが挙げられます。また近年では、内分泌療法によって骨粗鬆症にかかりやすくなるといわれており、この合併症に対しても治療を行っております。
化学療法
いわゆる『抗がん剤』による治療です。内分泌療法が効かなくなった前立腺がんに対して行われる治療です。ドセタキセルという薬剤を中心に使用します。副作用として脱毛、嘔気、嘔吐、骨髄抑制等があります。骨髄は血液の製造所であり、赤血球が少なくなれば貧血、白血球が少なくなれば易感染性(細菌、ウィルス等に感染しやすくなる)、血小板が少なくなれば易出血性(血が止まりにくくなる)という副作用をきたすことがあります。ドセタキセルが効かなくなったがんに対してカバジタキセルという新薬が認可されたため、当院では積極的に使用しています。
PSA監視療法
前立腺がんと診断されても非常に早期でさらにがんも穏やかであると判断した場合には、PSA監視療法という方法があります。これは無治療のまま、PSAの結果や定期的針生検によってがんの進行の有無を観察するというものです。PSAの数値や生検で得られた前立腺組織からがんの増悪が疑われる場合は手術・放射線治療・内分泌療法などの他の治療法を検討します。
慶應義塾大学病院での取り組み
前立腺がんの治療は多様で、病期、年齢、健康状態等を考慮し、患者さんのご希望にあった適切な治療法を選択しています。当院の特徴として、腹腔鏡下前立腺全摘術と、強度変調放射線治療、密封小線源療法があげられます。
腹腔鏡下前立腺全摘術
へその下、下腹部に計5箇所の1cm前後の小切開をあけ、カメラ・器具 を挿入する筒(ポートといいます)を取り付けて手術を行います。当院では2015年12月より手術支援ロボットであるダヴィンチ サージカルシステムの最新機種「ダヴィンチXi」を導入し、この腹腔鏡手術を行っています。ダヴィンチを使用することで従来の腹腔鏡手術に比べ、医師は鮮明な画像の下、より精緻な手術を行うことが可能となりました。その結果、より良い神経温存手術(より良好な性機能温存)、出血の抑制による輸血の可能性の更なる低減、排尿機能のより早い回復が期待できます。
当手術のメリットとして、1)切開創が小さい事、2)出血量が少ない事、3)尿道を拡大して見ることができるために丁寧に尿道を縫うことができ、結果として尿道カテーテル留置期間が短い事、等が挙げられます。順調であれば術後5~6日で退院となります。詳しくは、KOMPASあたらしい医療「最新ロボット(ダヴィンチXi)を用いた腹腔鏡下前立腺全摘術」をご参照ください。
放射線治療
詳細は強度変調放射線治療、密封小線源療法の項をご参照ください
さらに詳しく知りたい方へ
- 慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室
- 前立腺癌診療Q&A : 患者さんの疑問に応えるために / 村井勝編集
東京 : メジカルビュー社, 2003.9