歯列不正
概要
歯列不正とは、広義には上下の歯の位置がずれている状態を指し、これに伴って噛み合わせを起こす場合や顎の成長発育へ影響するような咬合異常の総称です。歯列不正によって日常生活に支障を来していると考えられる場合、治療の対象となります。
歯列不正は、大きく顎の骨に起因した骨格性の不正咬合と、歯に起因した不正咬合に分けられます。また乳歯列期に起こる場合と思春期以降に起こるもので治療方法に違いがあります。
症状
各時期での状態は以下のとおりです。
乳歯列期
乳歯は生後6ヶ月前後で生え始め、2歳半で完成します。その後6歳で永久歯が生え始めるまでの間を乳歯列期といい、この間にも歯列不正は生じます。大きく分けて顎の発育に問題が生じるタイプと、何らかの外的な要因で生じるタイプがあります。前者は、明らかに顎のサイズと歯の大きさの不調和による乱ぐい歯、受け口、後者は指しゃぶりや舌を突き出す癖などにより歯が移動して生じる開咬症、また外傷もしくはう蝕等で早期に歯の喪失を伴った場合に生じる不正咬合があります。
混合歯列期
混合歯列期は乳歯と永久歯が混在する時期であり、見掛けの歯列不正が起こることがあります。
代表的なものとして、
- 上顎前歯の間にスペースがある状態
- 下顎前歯部に見られる乳歯の後ろに永久歯が生える2枚歯がある状態
があります。
上顎前歯の離開は7歳から8歳ころ必ず生じる状態であり異常ではありません。歯の生えかわる順番により生じる現象のため、永久歯が生え揃うまでにはスペースはなくなります。
下顎前歯部にみられる乳歯の後ろに永久歯が生える2枚歯状態は、6歳から7歳のお子さんでよくみられる状態ですが異常ではありません。歯の生え変わりは基本的に永久歯により乳歯の根が吸収して起こる現象ですが、下顎前歯部は乳歯の内側から永久歯が出てくるため、お子さんによって乳歯の根がうまく吸収できず2枚歯状態になることがあります。これも後から出てきた永久歯が、舌圧により前に押され最終的に乳歯は脱落します。永久歯が生え始めてから数ヶ月すれば改善されるので様子をみましょう。それでも変化がない場合には専門機関への受診をおすすめします。
この時期は扁桃腺肥大等を起こす時期でもあります。こうした鼻咽腔疾患により鼻呼吸がうまくできないお子さんがいます。この場合注意しなければならないことは、口呼吸をすることにより口唇周囲筋の筋力が弱まり、また口呼吸をしやすくするため舌が低位になり口腔内に収まりにくくなり、結果として上顎前突(上顎の前歯が出すぎている状態)になることもあります。この状態は成人以降の歯周炎に対しても大きな影響を与えます。
成長期
永久歯が生え揃った12歳頃から18歳頃(女子は10~15歳程度、男子は12~18歳程度)間では身長の伸びと同時期に下顎骨も成長するため、咬み合わせに大きな変化が出ることがあります。いわゆる受け口の状態です。
この状態は遺伝要因も関与することが確認されているため、家族の中に受け口の方がいれば起こる可能性はあります。この場合、治療方法として矯正治療単独では困難な場合があります。こうした状態に対しては顎変形症の項目をご覧ください。
成人
成人における歯列不正は成人するまで放置していた歯列不正の他に、智歯が萌出することにより歯列不正が誘発されることがあります。また歯周病による歯槽骨吸収や重度のう蝕による歯の欠損によっても歯列不正が引き起こされます。う蝕や歯周病によって誘発された歯列不正は、適切な治療がされないと更に重度の歯列不正を引き起こし、かみ合わせが大きく崩れ、食事をすることが困難な状態な咬合崩壊へつながることもあります。
診断
不正咬合の診断
歯列不正とは歯並びに対する一般的な総称であり矯正歯科学では不正咬合を分類します。
不正咬合の分類としてはは、上下顎第一大臼歯の咬合関係(咬み合わせ状態)により3種類に分類(Angle分類)することがあります。
- 下顎第一大臼歯が上顎第一大臼歯に対して前方にある状態 ClassIII(下顎前突)
- 下顎第一大臼歯が上顎第一大臼歯に対して後方にある状態 Class II(上顎前突)
- 上下の第一大臼歯の関係がずれていない状態 ClassI
治療方針はそれぞれの場合により異なります。
この他に頭部エックス線規格写真分析や模型(歯型)から歯の大きさを分析する模型診断などがあります。これについては検査の項目で説明します。
治療
乳歯列期
受け口(上顎の歯と下顎の歯が逆に噛んでいる状態)と開咬(歯が噛み合わない状態)は改善しておく必要があります。ただし患者さん本人が治療に協力的でなければ治療の継続は困難です。受け口や開咬は永久歯列に対しても影響が出ますので専門機関に相談されることをおすすめします。
混合歯列期
受け口(反対咬合)の場合、上顎骨の成長を抑制する可能性があるため、チンキャップ、プロトラクターといわれる顎外装置を使用し下顎の成長を抑制し、上顎骨を前方に牽引して骨の成長をコントロールすることも有効とされています。しかし、遺伝性の要因が強い場合は、一時的に改善されても成長期に再び反対咬合に移行することもあるため、治療に対しては慎重な対応が必要です。
成長期、成人(永久歯列期)
骨格的な要因がない場合には、本格的な矯正治療が開始される時期です。
治療方法
矯正治療には動的矯正治療期間と保定期間があります。動的矯正治療期間とは歯に矯正装置(ブラケット)をつけて、ワイヤーで歯を動かす期間のことであり、矯正治療と呼ばれる期間です。これに対して保定期間とは、動的矯正治療が終了し装置を除去した後、元に戻らないように取り外しの装置を入れる期間をいいます。成人の動的矯正治療終了後は後戻り防止のために、特にこの保定が重要になります。
実際の矯正治療は、どこかの歯を抜いてスペースを確保して歯を動かす方法と、歯を抜かずに歯を並べる方法があります。両者のボーダーは歯と顎の不調和を模型で計測、また頭部エックス線規格写真分析から上下顎骨と歯並びの不調和を総合判断し選択されます。抜歯部位もそれぞれのケースで異なります。
生活上の注意
矯正治療は、治療期間が最低でも1年以上かかるため、治療を受けるご本人の意思が大変重要になります。特にお子さんの場合、装置を歯につけた後の口腔ケア(歯ブラシなど)がしっかり行えないと、歯並びは良くなりますが虫歯や歯肉炎を作ることにもなりかねません。また、ご本人が通院するので、治療に積極的でないと通院も続かず治療期間もさらに延びることになります。こうした点を考慮すると、ご本人が治療に前向きではない時期は治療が困難と考えます。
鼻咽腔疾患に伴う口呼吸を呈するお子さんの場合、将来的に口唇閉鎖不全による上顎前突、さらには歯周炎の併発にもつながりかねません。矯正治療を行う前に、耳鼻科的に鼻咽腔疾患を治療することも重要な場合もあります。また、口唇閉鎖を目的とした口輪筋の訓練も必要なこともあります。
慶應義塾大学病院での取り組み
現在当科では、矯正外来を隔週木曜日の午後と第2もしくは第3水曜日の午後に行っています。矯正治療方法は歯の表側に矯正装置(ブラケット)をつけて、ワイヤーで歯を動かす方法です。
水曜日の矯正外来では、矯正診断で歯を抜かずに矯正治療が可能な症例で、歯列不正が重度でない場合はブラケットとワイヤーを使用しないマウスピースタイプ(クリアアライナー)による矯正治療も行っています。外科手術を伴う矯正治療に対して、当科は保険適応にはなりません。
さらに詳しく知りたい方へ
文責:
歯科・口腔外科
最終更新日:2018年1月12日