肺血栓塞栓症
概要
ヒトの血液の流れは、全身に酸素を配ることにより、酸素の少なくなった血液(静脈血)が、右側の心臓へ戻り、その後肺動脈という血管を介して肺組織へ送られ、肺で酸素をもらって左側の心臓を介してまた全身に送られるというシステムです。
何らかの原因で、この肺動脈が「塞栓子(そくせんし)」と呼ばれる物質によって詰まると、肺の血流が落ちて酸素が肺から供給されなくなるなど様々な問題が生じます。この病態を「肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)」といいます。多くは足の深いところにある静脈(深部静脈)に血液の塊である血栓ができて、その血栓が血流に乗って、心臓を介して肺動脈に詰まることが原因です。そのほか、腫瘍や空気、脂肪が詰まることもあります。これは、いわゆる「エコノミークラス症候群」としても知られています。長時間狭い座席に座ることで、太ももやふくらはぎの深い静脈の血流がうっ滞して血栓ができ、さらに血栓が肺に流れて、肺血栓塞栓症を生じます。そのほか、肥満の方、手術後の方、長い間床についていた方、遺伝やがんなどで血液が固まりやすい方などに起こりやすい病気です。
なお、慢性的な肺血栓塞栓により肺の高血圧を来す、「慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症」という病気がありますが、ここでは急性に発症するものを中心に説明します。
症状
急に始まる呼吸困難、息切れや胸の痛みがよくみられる症状です。そのほか、冷や汗、胸がドキドキする(動悸)、呼吸の回数の増加、背中の痛み、咳、血の混ざった痰、発熱などを認めることもあります。太い血管に大きい血栓が詰まる重症例では、体の循環が保てなくなり、意識が低下したり、気を失うこともあり、緊急の対応が必要になります。また足に血栓がある場合の症状として、足がむくんだり、腫れたり、また痛みを感じるときもあります。
診断
急に始まる呼吸困難や胸の痛みなどの症状を認めた場合、体の酸素の状態や血圧などを確認し、胸部レントゲンや心電図、採血などをまず行います。しかし、それだけで診断を確定することが難しい場合がほとんどです。肺血栓塞栓症を疑った場合、造影剤を注射して足の静脈や肺の血管を造影し、緊急でCT検査を行います(造影CT検査)。血栓が存在する場合は、本来造影される血管が一部造影されませんので、肺動脈内の血栓塞栓や足の静脈内の血栓の存在を診断できます。以下に各検査の説明をします。
採血
血栓ができやすい状態の時、血栓ができて溶ける過程の産物である、D-ダイマーが高値を示すことが多いため、測定します。また血液を固まりにくくする因子であるプロテインCやプロテインSやアンチトロンビンIIIが欠損している場合が、まれにあるため、測定します。
胸部レントゲン
正常な場合が多いですが、肺の血管が詰まって肺の空気が強調され、より黒く見えたり(透過性亢進)、肺組織が出血などを起こすと肺に陰影を認めたり、水がたまる(胸水)こともあります。気胸や心不全などの同じような症状を呈する、他の病気を除外する点でも重要です。
心電図および心エコー
典型的な例では、右側の心臓に負荷がかかっていることを示す所見を認めますが、正常のことも多いです。心筋梗塞などの除外にも役立ちます。
造影CT検査(胸から足まで)
上述のように、診断のために最も重要な検査の一つです。ただし、造影剤にアレルギーのある方や腎臓の機能が低下している方は、原則的に造影は行いませんが、その必要性が高い場合は、造影を行うか再検討をします。
肺換気血流シンチグラム
放射性同位元素を吸入または静脈注射して、肺の血液の流れ(血流)と空気の流れ(換気)を放射性同位元素の集積により評価します。血栓塞栓が詰まった部位では、血流はなく換気は保たれるため両者の比較により確定診断をします。CTの造影剤が使えない方にも検査を行うことができます。
肺動脈造影
カテーテルと呼ばれる細いチューブを足の付け根や首の静脈から入れて、肺の血管を直接造影する検査です。最近では造影CT検査が行われることが多くなっています。
下肢静脈エコー
足の血栓は、エコー(超音波)検査でも描出が可能です。患者さんの体に負担の少ない検査であり、発症の原因となり得る血栓の存在を確認します。
治療
保存的な治療
肺血栓塞栓症と診断した場合、残存している足の血栓が流れて新たな血栓塞栓症を起こすことを予防するため、ベッド上で安静にします。また、体の酸素濃度が低い場合は酸素投与を行います。
抗凝固療法(血液が固まらないようにする)
- ヘパリン
診断早期には血液が固まらないようにする薬(抗凝固薬:こうぎょうこやく)であるヘパリンを静脈注射で使い、さらなる血栓塞栓症の発症防止に努めます。ただし、抗凝固薬は効き過ぎると出血のリスクがあるため、採血(活性化部分トロンボプラスチン時間:APTT)にて薬の効きを確認しながら治療を行います。 - ワーファリン®
長期的な加療としては、予防的治療としてヘパリンから抗凝固薬であるワーファリン®の内服に切り替えて、少なくとも数か月間は服用します。ただし、危険因子をもつ方は長期にわたり服用します。やはり薬の効果を採血(プロトロンビン時間:PT)にてモニターします。 - 直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)
近年ヘパリンやワーファリン®以外の長期管理薬としてエドキサバン、リバーロキサバン、アピキサバンという血液凝固第X因子を阻害する薬(DOAC)が肺血栓塞栓症に対して使用できるようになってきています。これらの薬剤はヘパリン、ワーファリン®と異なり、採血での細かなコントロールが不要であり、簡便に投与できるため使用頻度が増えています。ただし、作用を拮抗する薬がない、厳密なコントロールができないことから、ワーファリン®に完全に取って代わる薬ではありません。患者さんの病状によって各種薬剤の選択をしています。
線溶療法(血栓を溶かす)
重症の場合には、組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)やウロキナーゼなど、血栓を溶かす薬を使って積極的に治療します。ただし、出血のリスクがより高くなるため、慎重な投与が必要です。
外科的手術療法など
重症の場合、救命のために手術やカテーテルで血栓を直接取り除く方法もあります。薬物の効果が得られるまでに時間の余裕がない場合や手術の際は、心肺補助装置を用いて呼吸と循環をサポートすることがあります。
下大静脈フィルター
出血などにより抗凝固療法が中断した場合や十分な抗凝固療法でも再発した場合、腹部・下肢の血栓が非常に大きい場合などは、足の静脈から心臓に血液が戻る途中の下大静脈にフィルターを留置して、血流を保ちつつ肺動脈に血栓が流れ込むのを予防する方法もあります。
予防薬
手術をきっかけとした足の血栓の発症予防に、低分子ヘパリン(エノキサパリン)や血液凝固第X因子を阻害する薬(フォンダパリヌクス)を投与することが保険上も認められています。
生活上の注意
肺血栓塞栓症の主たる原因である深部静脈の血栓症を予防することが重要です。例えば、海外渡航時のフライト中、同じ姿勢で長時間過ごすと足の血流がうっ滞して、足の血栓が生じやすくなります。十分に水分を摂取すること、2~3時間に1度は歩行することをおすすめします。
ワーファリン®の治療を受けている患者さんは、薬の効きが治療領域かどうかを採血(PT-INRで1.5~2.5)で確認しつつ、医師の指示に従って内服を継続することが重要です。万が一、前述の症状を認めた場合には、迅速に医療機関を受診することをおすすめします。
慶應義塾大学病院での取り組み
急性の肺血栓塞栓症は、重症例では命に関わることもあり、早期に診断し治療を行うこと、そして発症しないように予防することが何より大切です。
慶應義塾大学病院では、肺血栓塞栓症を疑った場合、速やかに造影CT検査や各種検査を行い、早期に診断をする体制を整えています。肺血栓塞栓症と診断された場合、入院したうえで、速やかに治療を開始します。また状況に応じて循環器内科や放射線科など他の診療科とも協力して治療にあたる体制を整えています。
また、手術後や長期にベッドの上で安静にしている入院中の患者さんは、血栓ができやすく肺血栓塞栓症を発症する危険性がより高くなります。そこで当院では、発症予防の観点から、入院時にその発症の危険因子の存在等を主治医がチェックリストにて再確認します。特に発症の危険が高い患者さんには、術後に深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症の発症を予防する目的で、弾性ストッキングの装着や予防的治療を行うなど、病院を挙げて取り組んでいます。
慢性的な肺血栓塞栓症により肺の高血圧を来す慢性血栓塞栓肺高血圧症は、急性のものとは病態が異なります。循環器内科や他の診療科と連携して加療にあたっています。国から難病と指定されており、認定されると公費助成が得られますので、詳しくは主治医とご相談ください。
文責:
呼吸器内科
最終更新日:2023年7月4日