概要
野球肘とは、投球動作の繰り返しによって肘関節に生じる疼痛性障害の総称で、その中には肘関節の多くの病変が含まれます。発症の時期により以下の2つに分けられます。
- 発育型野球肘: 成長途上の骨端(骨の両端にある軟骨や成長線を含む部位)を中心とする骨軟骨の障害
- 成人型野球肘: 成長完了後の関節軟骨や筋腱付着部の障害
また、障害の部位から以下のとおり、内側型、外側型、後方型に分類されます。
- 内側型野球肘
投球動作では、加速期に腕が前方に振り出される際に肘に強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)が働き、さらにその後のボールリリースからフォロースルー期には手首が背屈(手の甲側に曲がること)から掌屈(手のひら側に曲がること)に、前腕は回内(内側に捻ること)するため、屈筋(手や指を手のひら側に曲げる筋肉)・回内筋(前腕を内側に捻る作用を有する筋肉)の付着部である上腕骨内側上顆(肘の内側にある骨性の隆起)に牽引力が働きます。この動作の繰り返しにより、内側側副靭帯損傷、回内・屈筋群筋筋膜炎(肘内側に付着する筋腱の炎症)、内側上顆骨端核障害(内側の成長線の障害)などが起こります。 - 外側型野球肘
投球動作の加速期における外反ストレスによって、腕橈関節と呼ばれる肘関節の外側に圧迫力が働き、さらにフォロースルー期で関節面に捻りの力も働きます。このストレスの繰り返しにより生じるのが外側型野球肘であり、上腕骨小頭離断性骨軟骨炎、橈骨頭障害などがあります。 - 後方型野球肘
投球の加速期における外反ストレスと減速期からフォロースルー期に至る肘関節伸展強制によって、肘頭(前腕の内側側の骨である尺骨の片側の端で、肘を曲げたときに後方に突出する部位)は上腕骨の後方にあるへこんだ部分(肘頭窩)に衝突するようなストレスを受けます。この動作の繰り返しにより、肘頭疲労骨折や骨棘形成(衝突により反応性に骨、軟骨の増殖、隆起が生じるもの)が起こります。
ここでは代表的な内側型障害である内側側副靭帯損傷と外側型の上腕骨小頭離断性骨軟骨炎について述べます。
内側側副靭帯損傷
前述の投球動作の繰り返しにより、肘の外反を制御する内側側副靭帯が障害され発症します。スキーでの転倒のような、1回の外力で靱帯が完全に断裂する場合と異なり、野球肘では繰り返す牽引により靱帯が「伸びた」状態になっていることがほとんどです。これは、靱帯の小さな断裂の繰り返しや変性(靭帯組織の劣化)によるもので、劣化したゴムに例えられます。投球歴の長いプレーヤーに多く発症します。
【症状】
投球時の肘関節内側痛が主な症状です。特に、テークバックからの加速期に痛みが起こります。日常動作では無症状のことがほとんどですが、重症例では日常動作で肘の不安定感(ぐらつく感じ)、痛みを訴えるケースもあります。また、頻度は低いですが、不安定性により肘の内側を走行する尺骨神経が障害され、手の小指側(尺側)にしびれや感覚障害が生じることもあります。
【診断】
投球時の痛みに加え、肘関節の内側(内側上顆と呼ばれる内側の隆起の下端前方)に圧痛(押したときの痛み)があり、外反ストレスにより痛みが誘発される場合は本症を疑います。レントゲン撮影で靭帯付着部から剥離した小さな骨片を認めることもあります。肘関節に外反ストレスを加えてレントゲン撮影を行う検査(ストレス撮影)が診断に有効です。関節造影検査やMRIにより靭帯付着部に異常が見られることもあります。
【治療】
- 局所安静、投球禁止
- 筋力トレーニング:手関節(手首)を動かす筋肉、前腕を回内する筋肉の強化を行います。
- 手術治療には長掌筋腱という手首の腱を移植し、靱帯を再建する方法があります。しかし、この手術は、ハイレベルの競技活動の継続を希望するプレーヤーや不安定性により肘の内側を走行する尺骨神経に障害を来すケース、強い痛み・不安定感により日常生活に支障を来すケースなど限られた患者さんに行うべきであり、一般のスポーツ愛好家に行うことは多くありません。
上腕骨小頭離断性骨軟骨炎
肘離断性骨軟骨炎(ちゅうりだんせいこつなんこつえん)、上腕骨小頭骨軟骨障害(じょうわんこつしょうとうこつなんこつしょうがい)とも呼ばれ、小学校高学年から中学校低学年に初発することが多い、野球肘外側型障害の代表的なものです。繰り返す投球動作における外反ストレスにより、上腕骨小頭(肘関節を形成する上腕骨の肘側の端の外側部の球状の部位)の骨軟骨が変性、壊死を生じるものです。病名に「炎」とありますが、実際には炎症性の疾患ではありません。
【症状】
肘関節の運動時痛(伸展・屈曲時に生じる痛み)や可動域制限(動きの制限)が主な症状です。症状が進行すると、病巣部の骨軟骨片が遊離して関節内遊離体(関節内を移動する状態になることで、関節ねずみとも呼ばれます)になると、引っ掛かり感やロッキング(遊離体が関節の中に挟まり、肘関節がある角度で動かなくなること)を来し、滑膜炎と呼ばれる関節内の炎症を起こすこともあります。
【診断】
上述の症状に加え、上腕骨小頭部(肘関節の外側部)の圧痛があるケースでは上腕骨小頭離断性骨軟骨炎を疑います。確定診断はレントゲン撮影により行います。病巣は、初期には透亮像(骨の陰が薄くなった状態)として、進行すると分離像、遊離像(病巣部の骨軟骨片が上腕骨小頭から分離、剥がれる状態)として撮影されます。しかし、初期には病変を認識することが難しいこともあります。また、一般に行われる肘関節2方向撮影(正面と側面)では病巣を描出しにくいことが多く、本疾患を疑った時には肘関節を45度屈曲した位置で正面像を撮影する撮影法(tangential view)が有用です。そのほか、CTやMRIが診断や病態を調べるのに有効です。
本疾患はレントゲンによる病巣の状態により(1)透亮期、(2)分離期、(3)遊離期の3つの病期に分けられます。しかし、レントゲンの所見と実際の病態は必ずしも一致しません。
【治療】
初期例(透亮期や分離期の一部)では局所安静、投球禁止により病巣の修復、治癒が期待できます。しかし、実際には6か月から1年間、場合によっては1年以上の長期にわたり投球動作を禁止することもあります。また、投球の再開により再発するケースもあります。したがって、初期例であっても長期の投球禁止を望まないケースや再発例では手術を行うこともあります。
進行したケース(分離期の後期、遊離期)では、再び投球を可能にするために、そして将来的な障害を残さないために、手術をお勧めします。具体的な手術としては、
- 遊離した骨軟骨片の摘出
- 遊離しかけた骨軟骨片を再固定し、病巣部に新たな骨が出来ることを促す方法(骨釘移植)
- 遊離した骨軟骨片の再固定が困難な場合には欠損した肘の関節面にからだの他の部位から骨軟骨を移植し、関節面を形成します(関節形成術)
などがあります。これらの手術方法は、病巣の状態により使い分けます。
手術後のリハビリテーション、投球再開の時期は病期、手術法により異なりますが、おおむね6か月程度で全力投球が可能になります。
生活上の注意
野球肘(肘関節内側側副靭帯や上腕骨小頭離断性骨軟骨炎)は、基本的には肘関節の使いすぎによるところが大きいため、発生の予防には、練習日数と時間、投球数の制限が重要です。また、投球フォームにより肘に負担がかかりすぎるケースも多くあります。正しいスケジュール決定と適切な技術指導により野球肘の患者さんは減るはずです。また、治療においては、早期発見が重要であり、野球少年が投球時に肘の痛みを訴える場合は早めに整形外科を受診することをお勧めします。
慶應義塾大学病院での取り組み
- 野球肘の治療法は個々の患者さんで異なります。野球(投球)の継続を希望するか否か、また今後どの程度の競技レベルを目指すのか、など、患者さんやご家族と十分に話し合った上で治療方針を決定すべきと考えています。
- 残念ながら手術による治療が必要となった場合、手術して以前と同じスケジュール、同じ投球フォームでプレーすれば肘は再び悲鳴を上げます。当院では手術から復帰までの期間に、適切な筋力トレーニング、投球フォームを指導しています。
- 【治療】の項に記載したように、進行例で関節面に大きな欠損が生じてしまったケースでは骨軟骨を移植して関節を形成することが必要になります。この手術では、一般に、骨軟骨片を(1)自分の膝関節の一部から移植する方法と(2)肋軟骨から移植する方法があります。後者は、他の関節に負担をかけずに肘関節を形成する方法であり、慶應義塾大学病院は世界でもっとも多くの手術実績があります。
- 野球肘は治療に際して専門性を必要とする疾患です。整形外科外来の手の外科専門医、あるいはスポーツクリニック(月曜日午前)の担当医が診療を行っています。
さらに詳しく知りたい方へ
文責:
整形外科
最終更新日:2021年5月29日