慶應発サイエンス
小腸がんの原因となる新たながん遺伝子COPAを発見
研究の概要
小腸がんは、大腸がんなど他の消化器がんと比較して発生頻度が低く、発がんメカニズムの理解が遅れていました。本研究では、細胞内でのタンパク質輸送に関わるCOPA遺伝子の変異が腸上皮細胞の増殖を誘導し、小腸腺腫および小腸がんの発生原因となっていることを明らかにしました。
研究の背景
小腸は、胃と大腸の間に位置し、全長が約3〜4メートルと消化管で最も長い臓器です。しかし、消化管全体にできるがんのうち、小腸に発生するがんの割合はわずか3%程度にとどまります。小腸がんは症例数の少ない稀少がんであることや、体の深部に位置するため検査や組織の採取が難しいことから、小腸がんがどのように発生し、進展していくのかというメカニズムの解明は長年進んでいませんでした。
腫瘍の形に着目して新たながん遺伝子COPAを発見
小腸の良性腫瘍である腺腫(注1)の多くは、平坦な形態をしており、その多くに大腸がんで頻度の高いAPC遺伝子の異常が見つかります。研究グループは今回、小腸腺腫の形の違いに注目し、丈が高い隆起型の小腸腺腫を詳細に遺伝子解析しました。
その結果、隆起型の小腸腺腫では平坦な腺腫で見られるAPC遺伝子変異は見つからず、代わって新しいがん遺伝子であるCOPA遺伝子の変異が高頻度で存在していることが分かりました。
さらに、このCOPA遺伝子変異は良性の隆起型腫瘍だけでなく、進行した小腸がんからも見つかりました。これらから、COPA遺伝子変異が前がん病変である隆起型の小腸腺腫の発生原因であり、この病変が進展して小腸がんに至る、というこれまで知られていなかった分子メカニズムが関わる新たな小腸発がん経路の存在が明らかになりました。

小腸腺腫の多くは平坦な形をしているが、一部の腺腫ははっきりした隆起を形成する。今回、この隆起型腺腫に新たながん遺伝子であるCOPA変異が高頻度に存在することが分かった。
「オルガノイド」で確かめたCOPA遺伝子変異の機能
COPA遺伝子は細胞内でタンパク質を運ぶ働きを担う小胞輸送に関わる遺伝子として知られています。一方、これが発がんに関与しているということはほとんど知られていませんでした。そこで研究グループは、COPA遺伝子変異が腫瘍細胞の中でどのような影響を与えているかを調べるため、実際の隆起型の小腸腺腫をもつ患者さんの組織由来の「オルガノイド(注2)」を用いて解析を行いました。
その結果、この遺伝子変異が腸上皮の増殖や幹細胞の維持に重要な役割を果たしているWntシグナル(注3)を活性化させることが明らかになりました。通常、腸上皮細胞が増殖するためにはWntシグナルを活性化する必要があり、そのためにはWntとR-spondin(注4)という2つの分子が必要です。しかし、COPA変異をもつ細胞ではこれらのうちR-spondinという分子がなくても増殖を続けることができることが分かりました。
さらに研究グループは、正常な小腸上皮細胞に最新のゲノム編集技術(注5)を用いてCOPA遺伝子変異を導入することでも、同様にR-spondinがなくても増殖ができるようになることを確認しました。
これらの結果は、新しいがん遺伝子であるCOPAの変異がWntシグナルを活性化させ、腸上皮細胞の異常な増殖を引き起こすことを示しています。これは同時に、小胞輸送がWntシグナルの制御に関与するという新しい生物学的知見にもつながります。

正常の小腸上皮をオルガノイド培養し、ゲノム編集でCOPA遺伝子変異を導入すると、R-spondinというタンパク質がなくても増殖を続けることができるようになる。
今後の展望
これまでの大規模ゲノム解析により、ほとんどのがん関連遺伝子はすでに明らかにされてきたと考えられていました。しかし、本研究では腫瘍形態という病理学的観察を起点として、ゲノム解析技術、そしてオルガノイド培養技術を組み合わせることで、これまで見過ごされてきた小腸がんの発生経路と、その原因遺伝子の働きの一端を明らかにすることができました。これは病理医、内視鏡医、基礎医学研究者という異なる立場の研究者の連携が可能にした研究成果と言えます。
今後、この新たな遺伝子変異が関わる発がん過程をより詳細に解明することで、小腸がんの適切な治療選択に結びつけるとともに、これまで知られていなかった発がんメカニズムの発見を通じて、新しいタイプの治療薬の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
(注1)腺腫
腸上皮細胞からできる良性腫瘍だが、進行すると将来的に「がん」へ変化する危険性がある、がんの初期病変。
(注2)オルガノイド
患者の組織から立体的に作製した「ミニ臓器(ミニ腫瘍)」。実際の臓器に近い構造や機能をもち、病気の解明や新薬のテストに用いられる。
(注3)Wntシグナル
腸上皮細胞において増殖や幹細胞を維持する信号。この信号がONになりっぱなしになると細胞増殖が続き、腫瘍化を引き起こす。
(注4)R-spondin
Wntシグナルの働きを強めるタンパク質。COPA変異をもつ細胞は、本来必要なはずのこの分子がなくても自律的に増殖できるようになる。
(注5)ゲノム編集
DNAの特定の遺伝子を狙い通りに書き換える技術。本研究では、正常な小腸細胞にCOPA変異を再現して影響を調べるために使用した。
参考文献
Recurrent COPA mutation drives R-spondin-independent Wnt activation in intestinal tumors.
Fujii M, Abeto N, Kishimoto S, Shiraishi K, Hashimoto T, Hiraoka N, Nonaka S, Kojima M, Matano M, Takahashi S, Colozza G, Koo BK, Yatabe Y, Kato M, Sato T, Sekine S.
Nat Genet. 2026 Jun;58(6):1341-1352. doi: 10.1038/s41588-026-02616-9. Epub 2026 Jun 12.

左より:筆頭著者の藤井正幸(医化学教室准教授)、責任著者の佐藤俊朗(同教室教授)、責任著者の関根茂樹(病理学教室教授)、筆頭著者の猜都尚子(同教室助教)、共著者の加藤元彦(内視鏡センター教授)