慶應発サイエンス
百寿者の認知機能と寿命を反映する血液バイオマーカーを特定
研究の背景
100歳まで元気に生きることは、かつては特別なことでした。しかし、現在の日本では100歳以上の方が9万人を超え、100歳を過ぎても自分らしく生活することが珍しくなくなりつつあります。では、100歳を超えて長く生きる人の体や脳では、どのようなことが起きているのでしょうか。慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターでは、30年以上にわたって百寿者(注1)の健康や認知機能を調べてきました。これまでの研究から、百寿者の中には、脳にアルツハイマー病に関連する変化がみられても、認知機能を比較的よく保っている方がいることが分かっています。つまり、脳にアルツハイマー病の変化があるかどうかだけでは、100歳を超えた方の認知機能や健康状態を十分に説明できない可能性があります。そこで私たちは、脳の状態をより幅広く捉えるため、血液中に含まれる3種類の指標(バイオマーカー)に注目しました。調べたのは、アルツハイマー病との関係がよく知られているアミロイドβ42/40比(注2)とリン酸化タウ181(注3)、そして神経細胞の傷みを反映すると考えられているニューロフィラメント軽鎖(NfL)(注4)です。
495人の百寿者を長期間追跡
今回の研究では、2000年から2021年にかけて全国で調査した百寿者495人を対象にしました。平均年齢は104.1歳で、約8割が女性でした。血液検査とともに、認知機能を調べるMMSE(注5)を実施し、その後の死亡について最長17年間追跡しました。その結果、血液中のNfLが高い方ほど、MMSEの得点が低いことが分かりました。さらに、NfLが高い方では、その後の死亡リスクも高くなっていました。年齢や性別、健康状態などを考慮した解析でも、この関連は確認されました。特に重要なのは、NfLが、認知機能とその後の死亡の両方に関連していたことです。NfLの値が1標準偏差高くなるごとに、死亡リスクは約1.36倍に増加しました。一方、アミロイドβ42/40比やリン酸化タウ181については、すべての要因を調整した解析では死亡との明確な関連は認められませんでした。認知機能については、アミロイドβ42/40比の低下とNfLの上昇が低いMMSE得点と関連していましたが、NfLは認知機能と死亡の双方を捉える指標として特に目立った結果を示しました。

NfLは「脳だけ」の指標ではない
NfLは、神経細胞から伸びる軸索という部分に含まれるタンパク質です。神経細胞が傷つくと、その一部が血液中にまで流れ出すため、血液中のNfLを測ることで、神経系にどの程度の負担がかかっているかを間接的に知ることができます。
ここで大切なのは、NfLがアルツハイマー病だけに特有の物質ではないという点です。脳梗塞などの血管の病気や、パーキンソン病など、様々な神経の病気でも上昇することが知られています。100歳を超えると、脳の老化だけでなく、血管、免疫、心臓や腎臓など全身の様々な変化が重なります。NfLは、こうした複雑な変化の結果として生じる神経への負担を捉えているのかもしれません。つまり、百寿者の健康を考えるとき、アルツハイマー病の変化があるか、ないかという一つの視点だけではなく、神経系が全体としてどのような状態にあるのかを見ることが重要だと考えられます。
血液一滴から健康長寿を考える
今回の研究は、血液中のNfLが、百寿者の認知機能とその後の死亡の両方に関連する指標になり得ることを示しました。血液検査で測定できることは、脳の状態を調べる上でも大きな利点です。脳の画像検査や髄液検査に比べ、血液検査は身体への負担が小さく、繰り返し調べることも比較的容易だからです。ただし、NfLが高いから将来必ず認知症になる、NfLを下げれば長生きできるという意味ではありません。今回の研究は、NfLと認知機能・死亡との関連を調べたもので、NfLそのものが病気や死亡を引き起こすことを証明したものではありません。また、百寿者を対象とした研究結果を、若い年齢の方にそのまま当てはめることもできません。今後は、NfLを長期間にわたって測定し、どのような変化が認知機能や健康状態の変化に先行するのかを調べる必要があります。脳の画像検査や遺伝情報、身体機能などと組み合わせることで、なぜ一部の人が100歳を超えても心身の機能を保てるのか、その仕組みにさらに迫れると考えています。
血液に含まれるサインを手がかりに、人が長く生きるだけでなく、できるだけ健康に、自分らしく生きるための条件を明らかにする。百寿者研究は、超高齢社会を生きる私たち自身の未来を考える研究でもあります。
【用語解説】
(注1)百寿者(センテナリアン)
100歳以上の方を百寿者と呼ぶ。105歳以上をセミスーパーセンテナリアン、110歳以上をスーパーセンテナリアンと呼ぶこともある。
(注2)アミロイドβ42/40比(Aβ42/40)
アミロイドβは、アルツハイマー病の脳に蓄積することが知られているタンパク質であり、血液中のAβ42とAβ40の割合を調べることで、脳内のアミロイドβの状態を間接的に評価する。
(注3)リン酸化タウ181(p-tau181)
タウタンパク質が特定の場所でリン酸化されたもので、アルツハイマー病に伴う脳の変化を反映する血液バイオマーカーとして研究されている。
(注4)ニューロフィラメント軽鎖(NfL)
神経細胞の軸索に含まれるタンパク質で、神経細胞が傷つくと血液中に増えるため、神経系の障害や変化を反映する指標として利用されている。
(注5)MMSE(ミニメンタルステート検査)
認知機能を30点満点で評価する簡易検査で、記憶、見当識、計算、言語など、複数の認知機能を短時間で評価する。
参考文献
Biomarkers, Cognitive Function, and Mortality in Centenarians.
Shikimoto R, Sasaki T, Abe Y, Tai K, Hirose N, Okano H, Arai Y.
JAMA Netw Open. 2026 May 1;9(5):e2611335. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2026.11335.