慶應発サイエンス

がん遺伝子パネル検査の実臨床における有用性を解明

研究の背景

近年、がんゲノム研究の進歩に伴い、発がんを促進する遺伝子異常(注1)が多数同定されました。また、個別の遺伝子異常を標的とした薬剤(分子標的薬)の開発が進み、遺伝子異常に基づいて患者さんごとに適切な薬剤を投与することが可能になってきました。従来、臨床現場では、がんの遺伝子異常を個別に調べる必要がありましたが、近年は100遺伝子以上を同時に評価する「がん遺伝子パネル検査」(注2)を行うことが可能になり、日本では2019年から標準治療終了後(終了見込みを含む)の固形がん(注3)患者を対象に保険適用されています。がん遺伝子パネル検査は、治療標的となる遺伝子異常の検出に有用であることは知られていますが、実際の臨床現場における有用性は従来十分に解明されていませんでした。

研究成果の概要

本研究では、2019年6月から2024年6月の間に日本において固形がんに対して保険診療でがん遺伝子パネル検査(FoundationOne® CDx がんゲノムプロファイル)を実施した患者さん54,185人のデータを解析しました。

このうち、11.2%の患者さんでは、国内承認薬の標的となる遺伝子異常(治療エビデンスレベル(注4)A[国内承認薬あり])が検出されました。また、5.4%の患者さんでは、国内では未承認であるものの、米国で承認薬がある、またはガイドラインに記載されている薬剤の標的となる遺伝子異常(治療エビデンスレベルA[国内承認薬なし])が検出されました。さらに、8.1%の患者さんでは、信憑性の高い臨床試験と専門家間の合意によって有効性が示されている薬剤の標的となる遺伝子異常(治療エビデンスレベルB)が検出されました。加えて、治療エビデンスレベルC・Dの遺伝子異常はそれぞれ47.4%、0.6%に認められました(図1左上・右上)。

これらの治療エビデンスレベルごとの患者予後(注5)を比較したところ、エビデンスレベルA(国内承認薬あり)の患者さんが最も良好な予後を示し、次いでエビデンスレベルA(国内承認薬なし)、エビデンスレベルBの順でした。エビデンスレベルC~Eの患者さんは予後が最も不良でした(図1下)。この傾向は、全てのがん種をまとめた解析結果(図1下)だけでなく、個々のがん種ごとの解析でも概ね同様でした。

図1.左上:治療エビデンスレベルの概略、右上:全体における治療エビデンスレベルの割合、下:治療エビデンスレベルごとの患者予後を示す生存曲線

このことから、国内承認薬の標的となる遺伝子異常(治療エビデンスレベルA[国内承認薬あり])だけではなく、国内未承認でも有効性が示されている薬剤の標的となる遺伝子異常(治療エビデンスレベルA[国内承認薬なし]と治療エビデンスレベルB)が検出された場合にも、患者予後が改善することが明らかになりました。

次に、研究グループは、がん遺伝子パネル検査を行った症例のうち、検査で検出された遺伝子異常を標的とする治療が新たに導入された割合を調べました。その結果、臨床的に治療標的となる遺伝子異常(治療エビデンスレベルA~D)が検出された症例は全体の72.7%にのぼる一方、実際に標的治療(注6)を新たに受けた患者さんの割合は8.0%にとどまることが分かりました。

がん種別にみると、甲状腺がん(34.8%)・非小細胞肺がん(20.3%)・小細胞肺がん(20.1%)では割合が高い一方、膵がん(1.3%)・肝臓がん(1.8%)・消化管間質腫瘍(2.7%)では低く、がん種ごとに標的治療導入率に大きな差があることが分かりました(図2)。

図2.がん遺伝子パネル検査に基づいて標的治療が導入された割合(がん種別)


さらに、検査実施時期で比較すると、2019~2020年では5.5%、2021~2022年では7.3%、2023~2024年では10.0%と近年増加していました。これは、この数年間で新規の標的治療薬の開発・承認が進み、がん遺伝子パネル検査に基づいた治療選択肢が増えていることを反映しています。

以上のように、がん遺伝子パネル検査結果に基づく標的治療導入率はがん種ごとに大きく異なり、現時点では限定的であるものの、近年増加していることが明らかになりました。

最後に、研究グループは、多数例からなる大規模データベースを活用し、がん遺伝子パネル検査を受けた患者さんの生命予後や標的治療の奏効を詳細に解析することで、これまで十分な医学的根拠(エビデンス)が得られていなかった課題に対する新たな知見を明らかにしました。主な知見は以下の通りです。

  1. がん遺伝子パネル検査において高い腫瘍遺伝子変異量(TMB-high)(注7)が検出されると、免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブが有効であることが知られており、固形がん全般に承認されています。そこでTMB-high症例に対するがん種ごとのペムブロリズマブの有効性を調べたところ、多くのがん種においてTMB-high症例に対するペムブロリズマブは有効であった一方で、例外的に乳房外パジェット病(注8)では有効性が低いことが明らかになりました。
  2. 既存のコンパニオン診断薬(注9)で遺伝子異常が検出されず、がん遺伝子パネル検査ではじめて遺伝子異常が検出された患者さんに対して、標的治療が有効な場合が頻繁に存在することが明らかになりました。例えば、コンパニオン診断薬でEGFR遺伝子変異陰性であった肺がん症例でも、がん遺伝子パネル検査でEGFR遺伝子変異陽性と判明し、EGFR阻害薬が奏功した症例などが複数確認されました。

以上のように、日本で保険診療としてがん遺伝子パネル検査を実施された5万例超の臨床ゲノムデータを解析することで、がん遺伝子パネル検査の実臨床における有用性を様々な角度から明らかにしました。研究グループは、今後も大規模な臨床ゲノムデータを用いたがんゲノム解析研究を継続し、臨床現場への還元を目指していく予定です。

【用語解説】

(注1)遺伝子異常

がんのゲノムDNAに生じた変化(ゲノム異常)のうち、遺伝子に関連するもののこと。変異(DNAが置換・挿入・欠失される異常)、構造異常(長さが数十塩基対以上の異常や、染色体をまたいだ異常)、コピー数異常(常染色体のゲノムDNAは通常2コピーだが、このDNAのコピー数が増減すること)などがある。

(注2)がん遺伝子パネル検査

がんの組織から100種類以上の遺伝子を同時に調べることにより、がん細胞に生じた遺伝子異常(注1参照)を検出する検査のこと。この検査の結果を基に、標的治療(注6参照)を検討できる。

(注3)固形がん

血液のがん(白血病など)以外のがんの総称。

(注4)治療エビデンスレベル

各がん遺伝子異常を標的とした治療(標的治療)の推奨に関する科学的根拠の強さを治療エビデンスレベルと呼ぶ。本研究で使用された基準は下記の通りである。本研究では、治療エビデンスレベルAのうち、国内承認薬がある場合を治療エビデンスレベルA(国内承認薬あり)、国内承認薬がない場合を治療エビデンスレベルA(国内承認薬なし)に分類している。また、治療エビデンスレベルA~Dの遺伝子異常を「治療標的となる遺伝子異常」と呼称している。

分類基準
A(国内承認薬あり)当該がん種において国内承認薬がある。
A(国内承認薬なし)当該がん種において米国での承認薬がある/
ガイドラインに記載されている。
B当該がん種において統計的信憑性の高い臨床試験・メタ解析と専門家間の合意がある。
C他がん種において国内または米国における承認薬がある/
他がん種において統計的信憑性の高い臨床試験・メタ解析と専門家間の合意がある/
がん種に関わらず、規模の小さい臨床試験で有用性が示されている。
Dがん種に関わらず、症例報告で有用性が示されている。
E前臨床試験(動物実験など)で有用性が示されている。

(注5)患者予後

病気の経過の見込みのこと。本研究では、がん遺伝子パネル検査を受けた患者さんが、その後どの程度生存するか(あるいは生存したか)の期間のことを指す。

(注6)標的治療

特定の遺伝子異常を標的とした治療のこと。例えばBRAF遺伝子変異を有する大腸がんを対象としたBRAF阻害薬など。

(注7)高い腫瘍遺伝子変異量(TMB-high)

がん細胞の中にどのくらいの遺伝子変異(遺伝子異常の一種)が蓄積しているかの総量を示す指標を腫瘍遺伝子変異量(tumor mutation burden: TMB)と呼ぶ(単位:変異/Mb)。TMBが10 変異/Mb以上のことをTMB-highと呼び、免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブが奏功しやすいことが知られている。
日本でもペムブロリズマブは「がん化学療法後に増悪した高い腫瘍遺伝子変異量(TMB-high)を有する進行・再発の固形癌(標準的な治療が困難な場合に限る)」への適応がある。

(注8)乳房外パジェット病

皮膚に分布する汗腺の一つである「アポクリン腺」に由来するといわれる皮膚がん。外陰部や肛門周囲、脇の下などアポクリン腺が多く存在する部位に生じやすい。希少がんの一つ。

(注9)コンパニオン診断薬

特定の医薬品の効果があるかを調べるために、その医薬品の使用前に遺伝子異常などをあらかじめ検査する目的で使用される診断薬。がん遺伝子パネル検査自体もコンパニオン診断薬として承認されている場合があるが、ここではがん遺伝子パネル検査以外のコンパニオン診断薬のことを指す。

参考文献

Real-world clinical utility of comprehensive genomic profiling in advanced solid tumors.
Saito Y, Horie S, Kogure Y, Mizuno K, Ito Y, Mizukami Y, Kim H, Tamura Z, Koya J, Funakoshi T, Hirata K, Kataoka K.
Nat Med. 2026 Feb;32(2):690-701. doi: 10.1038/s41591-025-04086-8. Epub 2026 Jan 6.

左より:責任著者の片岡圭亮(内科学(血液)教授)、筆頭著者の斎藤優樹(国立がん研究センター研究員・内科学(消化器)共同研究員)
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