慶應発サイエンス

尋常性天疱瘡に対する抗原特異的治療の開発

研究の背景

尋常性天疱瘡は表皮を構成する角化細胞の接着に重要なデスモグレイン3(Dsg3)というタンパクに対して自己抗体(注1)が産生され、自己抗体によって細胞同士の接着がはがれることで口腔内や全身の皮膚に水ぶくれができる難治性の皮膚疾患です。現在はステロイドや免疫抑制剤による治療が行われていますが、治療に抵抗性を示す患者さんや再発を繰り返す患者さんも少なくありません。

一方、制御性T細胞(Treg)(注2)は免疫のブレーキ役を担う重要な細胞です。免疫は本来、細菌やウイルスなどの外敵から体を守る働きをしますが、時に自分自身を攻撃してしまう「自己免疫反応」が生じます。Tregはこうした過剰な免疫反応を抑えることで、自己免疫疾患の発症を防ぐ役割を果たしています。本研究では、Tregを用いた新たな尋常性天疱瘡治療の開発を目指し、マウスモデルおよび患者さん由来の血液検体を用いて検証を行いました。

研究の概要

試験管内で作り出すことのできる誘導型Treg(iTreg)は細胞治療への応用が期待されていますが、従来のiTregは体内に投与すると機能が不安定で、抑制能力を失いやすいという課題がありました。従来から大阪大学が開発してきた機能的に安定化した「安定化iTreg」の作製方法が完成し、治療応用への道を大きく前進させました。この培養方法は脱メチル化 (注3)というゲノム修飾を細胞に獲得させた上でTregに重要な遺伝子であるFoxp3の発現を安定化させる画期的な方法です。この方法により病気を「起こす」T細胞(注4)を「抑える」Tregへ直接変換することが可能となりました。

まず、マウスモデルを用いて、Dsg3に反応する病的なT細胞からDsg3特異的安定化iTregを作製しました。この細胞はFoxp3遺伝子の脱メチル化を伴っており、体内でもTregの機能を維持できる特徴があります。この細胞を天疱瘡モデルマウスに投与したところ、Dsg3特異的安定化iTregを投与されたマウスのB細胞(注5)全体の数は何も投与していないコントロールマウスと比べて影響を受けませんでしたが、天疱瘡を引き起こす病的なDsg3特異的B細胞の数は投与群で有意に減少していました。さらに、Dsg3特異的安定化iTreg投与群ではコントロールマウスと比べて、抗Dsg3抗体の産生を有意に抑制し、皮膚症状も抑制しました。これらの結果より、天疱瘡モデルマウスにおいてDsg3特異的安定化iTregは免疫全体を抑えるのではなく、病気の原因となっているDsg3特異的な免疫反応を選択的に抑制することが示されました。

さらに、尋常性天疱瘡患者さんの血液中のT細胞からもFoxp3遺伝子の脱メチル化を伴った安定化iTregを作製することに成功しました。この細胞は試験管内において免疫細胞の増殖を抑制する機能を有することが確認されました。

図1.研究概略図

今後の展望

本研究では、尋常性天疱瘡の病気の原因となる抗原(Dsg3)に特異的に反応するT細胞を安定化iTregに変換し、天疱瘡モデルマウスにおいて自己抗体の産生と皮膚症状を抑制できることを示しました。さらに、患者さんの血液からも同様の安定化iTregを作製できることを確認し、ヒトへの応用可能性を示すことができました。

これらの結果は、免疫全体を強く抑える治療から、原因となる免疫反応だけを抑える抗原特異的治療の実現にむけた新しい方向性を示しています。

今後は、有効性や安全性のさらなる検証を進め、実際の臨床応用を見据えた研究をさらに発展させていきます。将来的には、副作用を避けながら病気を治していく、新しい細胞治療として患者さんに届けられることを目指しています。

【用語解説】

(注1)自己抗体

抗体は体内に侵入した病原体や異物を認識して結合するタンパク質でB細胞によって作られ、異物と反応して排除する働きをもつ。本来は自分の体に対して作られることはないが、何らかの原因で免疫系に異常が起きて出現するのが自己抗体である。

(注2)制御性T細胞(Treg)

免疫反応を抑える働きをもつT細胞の一種。過剰な免疫反応や自己免疫反応を防ぐ「免疫のブレーキ」として機能する。

(注3)脱メチル化

ゲノムDNAの一部には「メチル基」と呼ばれる小さな化学修飾が付くことがあり、それが遺伝子のスイッチのオン・オフを調整している。一般的にメチル化された遺伝子は発現が抑制される。脱メチル化とは、そのメチル基が外れる現象のことであり、遺伝子が発現しやすい状態を意味する。

(注4)T細胞

免疫を担う白血球の一種で、ウイルスに感染した細胞を攻撃したり、ほかの免疫細胞に指示を出すなどの役割をもつ。免疫反応の中心的な司令塔として働く細胞である。

(注5)B細胞

免疫を担う白血球の一種で、抗体を作る細胞である。体内に侵入した病原体や異物を認識し、それらに特異的に結合することができる抗体を産生する。

参考文献

Conversion of pathogenic T cells into functionally stabilized Treg cells for antigen-specific immunosuppression in pemphigus vulgaris.
Mukai M, Takahashi H, Kubo Y, Asahina Y, Iriki H, Nomura H, Kamata A, Ito H, Kurebayashi Y, Yamagami J, Mikami N, Sakaguchi S, Amagai M.
Sci Transl Med. 2025 Oct 22;17(821):eadq9913. doi: 10.1126/scitranslmed.adq9913. Epub 2025 Oct 22.

左より:共同責任著者の高橋勇人(皮膚科准教授)、筆頭著者の向井美穂(同科共同研究員)、共同責任著者の天谷雅行(同科教授)

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