慶應発サイエンス
1細胞解析で迫る、シェーグレン病の多様な病態
研究の背景:なぜ同じ病気なのに症状が違うのか?
シェーグレン病(SjD)は、自分の免疫細胞が誤って涙腺や唾液腺などの外分泌腺を攻撃してしまう自己免疫疾患です。主な症状はドライアイやドライマウスですが、進行すると全身の臓器に影響が及ぶこともあります。日本国内には10万〜30万人もの患者さんがいると推定されていますが、現在は症状を和らげる対症療法が中心で、病気の根源を叩く根本的な治療法はまだ確立されていません。
この病気の大きな特徴の一つに、患者さんによってもっている「自己抗体」の種類が異なり、それによって現れる症状も変わってくるという点があります(図1)。
- 抗SSA抗体陽性: 関節炎や日光過敏、リンパ腫のリスクなどが高い傾向にあります。
- 抗セントロメア(CENT)抗体陽性: 手足の冷え(レイノー現象)や皮膚の硬化など、全身性硬化症に似た症状を伴うことが多いのが特徴です。
このように臨床的な違いがあることは知られていましたが、唾液腺の中で「具体的にどのような分子レベルの違いが起きているのか」は、これまで十分に解明されていませんでした。

研究の概要:最新技術で描く「炎症の現場地図」
慶應義塾大学医学部内科学教室(リウマチ・膠原病)の研究チームは、この謎を解き明かすために、本学医学部主体の産学連携共同研究組織である免疫炎症性難病創薬コンソーシアムおよび理化学研究所生命医科学研究センター(IMS)遺伝子制御ゲノミクス研究チームのホン・ヂョン チョウチームディレクターとの共同研究において、最新の解析技術である「シングルセル解析(注 1)」と「空間トランスクリプトーム解析(注 2)」を駆使しました(図2)。

今回の研究では、19名のシェーグレン病患者さんと8名の非シェーグレン病(乾燥症候群)の方々から提供された唾液腺組織を、細胞一つひとつの単位で詳細に分析しました。これにより、従来の方法では見逃されていた細胞同士の複雑な相互作用が浮き彫りになりました。
共通の「実行犯」と「司令塔」の特定
自己抗体の種類に関わらず、すべてのシェーグレン病患者さんの唾液腺に共通して見られる現象が2つ見つかりました。
- 「実行犯」としてのT細胞: 唾液腺を直接攻撃し破壊する機能をもつ「GZMB+GNLY+CD8+ T細胞」が共通して増加していました(図3)。

- 「司令塔」としての線維芽細胞(注 3): 炎症の中心部には「THY1+線維芽細胞」が集まっていました。この細胞は、免疫細胞を呼び寄せるケモカインや、炎症を増幅させる補体(C3など)を放出し、周囲の免疫細胞を操る“司令塔”のように機能していることが判明しました(図4)。

自己抗体によって異なる「炎症の背景」
一方で、炎症を悪化させる分子ネットワーク(シグナル)には、自己抗体による明確な違いがありました(図5)。
- 抗SSA抗体グループ: ウイルス感染への応答で知られる「インターフェロン(IFN)」に関連するネットワークが活発でした。
- 抗セントロメア抗体グループ: 組織の硬化を招く「TGFβ(注4)」や、強力な炎症を引き起こす「IL6」に関連するネットワークが優位に働いていました。

この結果は、患者さんがもつ自己抗体の種類によって、ターゲットにすべき治療薬が異なる可能性を強く示唆しています。
今後の展望:一人ひとりに最適な「個別化医療」を目指して
本研究の成果をもとに、将来的には、患者さんの血液中の自己抗体を調べることで、「この患者さんはインターフェロンを抑える薬が効きやすい」「この患者さんはTGFβをターゲットにすべきだ」といった、個々の病態に合わせた個別化医療(プレシジョン・メディシン)の実現が期待されます。
また、すべてのグループに共通して炎症を操っていた「THY1+線維芽細胞」を制御できれば、自己抗体の種類を問わない、これまでにない全く新しい根本的治療薬の開発につながる可能性もあります。
本学医学部は、これからも最新の科学技術を臨床現場に還元し、いまだ根本的な治療法がない難病に苦しむ患者さんの生活の質(QOL)向上を目指して研究を続けてまいります。
【用語解説】
(注 1)シングルセル解析
組織をバラバラにして、細胞一つひとつの遺伝子の発現を網羅的に調べる技術。
(注 2)空間トランスクリプトーム解析
組織の「どこに、どの細胞が、どのような状態で存在するか」という位置情報を保ったまま解析する技術で、いわば病気の現場の地図を描き出すことができる。
(注 3)線維芽細胞
組織の形を保つコラーゲンなどを作る細胞。近年では免疫反応をコントロールする重要な役割を持つことが分かってきた。
(注 4)TGFβ(トランスフォーミング増殖因子-β)
細胞の増殖や組織の修復に関わるタンパク質。過剰に働くと組織が硬くなる「線維化」を引き起こす。
参考文献
Comparative single-cell and spatial profiling of anti-SSA-positive and anti-centromere-positive Sjögren’s disease reveals common and distinct immune activation and fibroblast-mediated inflammation.
Inamo J, Takeshita M, Suzuki K, Tsunoda K, Usuda S, Kuramoto J, Moody J, Hon CC, Ando Y, Sasaki T, Yoshitake K, Mitsuyama S, Asakawa S, Kanai Y, Takeuchi T, Kaneko Y.
Nat Commun. 2025 Sep 22;16(1):8299. doi: 10.1038/s41467-025-63935-9.
