慶應発サイエンス

認知症のリスクとなり得る聴力レベルを解明

研究の背景

認知症は超高齢社会を迎えた日本において、経済・社会的に大きな問題となっており、難聴が中年期における認知症の予防可能な最大のリスク因子であると報告されてから(Livingston G., et al., Lancet, 2017, 2020, 2024.)注目を集めています。日本でも、2019年に認知症施策推進大綱が発表され、難聴は特に予防介入や治療効果の評価に資するべき認知症の危険因子、と位置付けられています。難聴の主な原因は加齢であるため、現状では補聴器が治療の中心ですが、どの程度の難聴になったら認知症予防として補聴器をすべきなのか、ということは今まで分かっておらず、知らぬ間に認知症のリスクを抱えながら生活してしまう可能性がありました。

そこで、2022年9月から2023年9月までに慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科外来を受診した55歳以上で、両耳の4周波数(500、1,000、2,000、3,000Hz)における平均聴力閾値が25 dB HLを超えた難聴者のうち、補聴器の装用経験がないグループ(未装用群)55例と3年以上にわたり補聴器装用を行っているグループ(長期装用群)62例の計117例を対象に、聴力と認知機能の関係について検討しました。認知機能検査は、日本語版Mini-Mental State Examination(MMSE-J)とSymbol Digit Modalities Test(SDMT)の2種類を用いました。

研究の成果と意義・今後の展望

良聴耳(注1)の平均聴力閾値と認知機能検査の関係では、補聴器の未装用群では平均聴力閾値と認知機能検査であるSDMTスコアの間に、有意な負の相関関係を認めました。一方、長期装用群では補聴器非装用時あるいは補聴器装用時に関わらず、平均聴力閾値とSDMTスコアの間に有意な相関関係は認められませんでした。

図1.平均聴力閾値とSDMTスコアの関係

未装用群では聴力とSDMTスコアに負の相関関係を認めた。長期装用群では補聴器装用時や非装用時に関わらず、聴力とSDMTスコアに相関関係を認めなかった。

また、既報告(Aschwanden D., et al., GeroPsych, 2020., Keramat S.A., et al., Qual Life Res, 2023.)に沿ってSDMTスコア27.3%以下の場合を認知症のリスクありとみなし、Receiver Operating Characteristic(ROC)解析を行ったところ、未装用群において平均聴力閾値38.75 dB HLが有意なカットオフ値(注2)であることが分かりました(図2)。この結果は、未装用群の平均聴力が38.75 dB HL以上である場合、認知症のリスクを持つ確率が高い状態にあることを示します。一方、長期装用群においては補聴器非装用時あるいは補聴器装用時に関わらず、認知症のリスクとなり得る平均聴力閾値の有意なカットオフ値は得られませんでした。

図2. SDMTスコアを用いた場合の平均聴力閾値のROC解析

未装用群においては38.75 dB HLが有意なカットオフ値だった(赤丸部)。

以上のように、本研究により補聴器未装用者において認知症のリスクとなり得る平均聴力閾値が示唆されたとともに、補聴器を長期装用することによって、難聴による認知症のリスクが緩和されることが示唆されました。今後は、平均聴力閾値38.75 dB HLを超える症例に対して適切な補聴器診療を行うことで、より認知症予防に貢献できることを期待しています。

特記事項

本研究は、JSPS科研費JP23K08944、エーザイ株式会社からの研究費の支援によって行われました。

【用語解説】

(注1)良聴耳

両耳の平均聴力閾値を比較し、閾値が小さい方を良聴耳として扱っている。

(注2)カットオフ値

検査の陽性と陰性を分ける値のことである。

参考文献

Relationship between hearing thresholds and cognitive function in hearing aid non-users and long-term users post-midlife.
Nishiyama T, Kimizuka T, Kataoka C, Tazoe M, Sato Y, Hosoya M, Shimanuki MN, Wakabayashi T, Ueno M, Ozawa H, Oishi N.
NPJ Aging. 2025 Feb 24 ;11(1):14. doi: 10.1038/s41514-025-00203-6.

今回の研究を行った当院聴覚センターの医師、公認心理師、言語聴覚士、検査技師の各員
前列中央が責任著者の大石直樹(耳鼻咽喉科・頭頸部外科 准教授)、前列中央左が筆頭著者の西山崇経(耳鼻咽喉科・頭頸部外科 専任講師)

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