慶應発サイエンス
歯周病が引き起こす多臓器のフレイル~炎症性老化による全身への影響を解明~
研究の背景
私たちの研究グループは、歯周病が全身に及ぼす影響について研究を行っています。歯周炎は歯周病が進行した状態を指し、口腔内の慢性炎症性疾患です。歯周炎は糖尿病などの全身疾患や全身の様々な臓器に影響を及ぼすことが知られています。しかし、どのようなメカニズムで複数の臓器に影響を与えるのか、また軽度の慢性炎症がどの臓器に優先的に影響してしまうのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。
フレイルとは
フレイルとは、加齢・老化に伴って全身の機能が低下し、脆弱になった状態を指します。具体的には、認知機能低下、筋力の低下、体重減少、歩行速度の低下、身体活動量の減少などの身体的な特徴が見られます。フレイルになると、転倒や骨折のリスクが高まり、入院や介護が必要になる可能性が増加します。身体的フレイルと認知機能低下が共存する場合は「コグニティブ・フレイル」と呼ばれます。そのため、高齢者医療において、フレイルの予防は重要な課題となっています。
研究手法
私たちは、歯周炎のマウスモデルを用いて研究を行いました。具体的には、マウスの歯に糸を結紮して軽度の歯周炎を引き起こすモデルと、歯周炎の主要な原因菌である「Porphyromonas gingivalis(Pg菌)」を塗布して重度の歯周炎を引き起こすモデルを作成しました。これらのモデルを用いて、3か月間または5か月間歯周炎に罹患させ、末梢血、筋肉、骨、脳などの各臓器にどのような影響が生じるかを調べました。
研究結果
興味深いことに、歯周炎は加齢に伴う慢性的な炎症状態(炎症性老化:inflammaging)を促進し、複数の臓器に影響を与えることがわかりました。炎症性老化は軽度であっても長期間続くと、身体の様々な組織や臓器の機能低下を加速させ、老化を促進することがわかっています。
まず、下腿の筋肉について単一細胞レベルでの遺伝子発現解析(single cell RNA-seq)を行ったところ、遅筋(持久力に優れた筋肉)が特に障害されていることが判明しました。速筋(瞬発力を担う筋肉)には大きな影響が見られなかったのに対し、遅筋では筋繊維の断面積減少が確認され、ロータロッド試験(持久力テスト)でも運動持久力の低下が認められました。これらの結果は、血中の炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α、IFN-γ)の増加と相関していました。
また、骨密度については、歯周炎が軽度で罹患期間が短くても、大腿骨の骨密度が低下していました。これは、骨が歯周炎の影響を特に受けやすいことを示しています。骨代謝マーカーの分析からは、骨吸収が促進されていることが確認されました。注目すべきは、歯周炎を治療しただけでは骨密度は回復せず、骨への直接的な治療が必要であることが明らかになった点です。
さらに、認知機能についても検証しました。歯周炎により海馬のミクログリア(脳の免疫細胞)が増加し、炎症に応答したミクログリアの割合が高くなっていました。また、新しい神経細胞の生成(成体神経新生)が減少していました。これらの変化により、バーンズ迷路試験で測定した空間学習能力が低下していることが確認されました。
つまり、歯周炎は身体的フレイル(骨密度低下、筋力低下)と認知機能低下を同時に引き起こす「コグニティブ・フレイル」の状態を誘導することが明らかになりました。

歯周炎によりマウス大腿骨の骨密度低下、筋力低下、空間認知機能の低下が招かれることが本研究により明らかになった。特に骨密度は軽度および短期間の歯周炎でも障害されることが明らかになった。(Kase Y, Morikawa S et al. Inflammation and Regeneration, 2025. doi: 10.1186/s41232-025-00366-5.より抜粋、改変)
臨床的意義と今後の展望
本研究結果は、高齢者医療において重要な意味をもつと考えています。歯周炎が複数の臓器に影響を与え、フレイルを引き起こすことが厳密な基礎実験の条件下で明らかにされたことから、口腔内を健康に保つことは全身の健康維持に重要であることがわかったからです。一度骨密度が低下すると回復が困難であることから、歯周炎の予防・早期発見・早期治療介入の重要性が示唆されましたし、高齢診療・内科外来においては、実は骨密度評価をされる割合は少ないのが現状なので、本研究成果を鑑みても、これまで以上に歯科と内科との連携が重要であることが示唆されました。
今後も歯周炎とフレイルの関連について、メカニズムの解明のために研究を継続することで、歯科の分野からもフレイルの予防や認知機能障害の予防に少しでも貢献できる可能性について、追求していきたいと考えています。
参考文献
Multi-organ frailty is enhanced by periodontitis-induced inflammaging.
Kase Y, Morikawa S, Okano Y, Hosoi T, Yasui T, Taki-Miyashita Y, Yakabe M, Goto M, Ishihara K, Ogawa S, Nakagawa T, Okano H. Inflamm Regen. 2025 Feb 3;45(1):3. doi: 10.1186/s41232-025-00366-5.

中川種昭(同教室教授)
