はじめに

国内での2023年の出生数は72万7,288人と報告されています。近年少子高齢化が急速に進行しており、生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology: ART)の重要性が増しています。2023年には全国で年間261,664周期のARTが行われ、このうち生産にまで至った治療周期は82,250周期あり、85,048人の新生児がART技術を用いて誕生しています(日本産科婦人科学会データブック2023)。

ARTは不妊治療のうち最も治療成績の良い方法にはなるものの、ARTにより出生児を得るカップルは治療に入るカップルのうち60~70%程度と報告されており(文献1)、治療には限界があります。ARTは自由診療で行われた歴史があり、出生率を高めることを目的としたIVF Treatment add-ons(新たな追加治療)が十分な科学的エビデンスが構築される前に日常診療に導入されてきました(文献2)。

保険適用と先進医療

政府は費用負担の軽減を介した少子化対策の一環として、2022年4月からARTの一部を保険適用としました。

体外受精には多様な治療技術が存在し、その有効性、安全性、適応に関する科学的根拠の強さには差があります。このため、日本では、有効性と安全性が一定程度確立され、適応が明確な技術については保険診療として導入されています。実際に、IVF Treatment add-onsのうち人為的卵子活性化、透明帯孵化補助法、ヒアルロン酸含有培地などは保険適用の対象となっています。

一方で、有効性についてさらなる検証が必要な技術の多くは、「先進医療」として実施されています。先進医療は、保険診療と併用しながら、新しい医療技術の有効性や安全性を評価していく制度です。今後、症例の蓄積や臨床研究を通じて、これらの技術の有効性、安全性、適応がさらに明らかになっていくことが期待されています。

慶應義塾大学病院で展開しているIVF Treatment add-ons

ここでは当院リプロダクションセンターで展開しているIVF Treatment add-onsについてご紹介します(図1)。費用については教室ホームページをご参照ください(http://www.obgy.med.keio.ac.jp/clinical/obstet/hoken_modelcase.php)。

・保険適用
高濃度ヒアルロン酸含有培養液
人為的卵子活性化
透明帯孵化補助法

・先進医療A
子宮内膜擦過術
子宮内膜刺激術
子宮内膜受容能検査
子宮内細菌叢検査
膜構造を用いた生理学的精子選択術
抗ネオセルフβ2グリコプロテインⅠ複合体抗体検査
タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養

・当院では自費診療に限定
着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)
慢性子宮内膜炎検査・治療
*PGT-Aについては先進医療Bとして評価中ですが、当院はこれに参画しておらず、自費診療に限定して提供することとなります。

図1.当院で展開しているIVF Treatment add-ons

人為的卵子活性化の有効性・安全性

ここでは、私たちのグループがこれまでに行ってきた、人為的卵子活性化の有効性と安全性に関する多施設共同研究をご紹介します。

顕微授精(ICSI)(図2)は、現在広く行われている受精方法ですが、まれに、すべての卵子が受精しない「完全受精障害」が起こることがあります。これは1周期あたり1〜3%程度に生じると報告されています。人為的卵子活性化は、受精の際に卵子活性化を補助する目的で行われる治療法です。

図2.顕微授精


ICSI後の受精率が50%未満であったカップルを対象として、人為的卵子活性化(A23187、ionomycin)の有効性を検討する大規模な多施設共同研究を行った結果、人為的卵子活性化を併用した群では有意に高い出生率でした(文献3)。さらに安全性検証を目的として、生後12〜60か月のお子さんを対象として、顕微授精単独児81名と人為的卵子活性化併用児77名の発達について比較検討を行いました。その結果、人為的卵子活性化の有無や使用薬剤の違いによる明らかな神経発達の差は認められませんでした(文献4)。

これらの研究成果は、日本生殖医学会が刊行する生殖医療ガイドラインにも取り上げられています。人為的卵子活性化は現在、一部の適応に対して保険診療として実施可能となっています。今後もさらなるエビデンスを蓄積し、患者さんに安心して治療を受けていただける医療の提供を目指しています。

タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養

当院では2026年度より、タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養を開始しました。この方法は、受精卵(胚)を培養器の中に入れたまま約10分ごとに自動撮影し、発育の様子を連続的に観察します(図3)。胚を培養器から取り出す必要がないため、温度やガス濃度などの培養環境が安定し、胚の発育に望ましいと考えられます。また、細胞分裂のタイミングや発育の速さなど、従来の観察では分かりにくい情報を得られるため、妊娠しやすい胚を特定できる可能性があります。さらに当院では、人工知能(AI)を用いて胚を評価し、より精度の高い胚選択につなげています。タイムラプス撮像法によって妊娠率がどの程度改善するかについては現在も議論が続いています。一方で、患者さんごとに胚の発育傾向を把握できるため、これまで体外受精が不成功だった患者さんにおいて、今後の治療方針を考えるうえで有用な情報を得られる可能性があります。

図3.タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養

おわりに

ARTの分野では、さまざまなIVF Treatment add-ons医療が導入されています。しかし、そのすべてについて妊娠率や出生率の改善効果が十分に証明されているわけではありません。先進医療制度のもとで新しい技術の評価を進めるとともに、質の高いエビデンスを蓄積していくことは、患者さんと医療者が治療のメリットや限界を共有しながら、一緒に治療方針を考えていくうえで重要であると考えています。

参考文献

  1. Live-Birth Rate Associated With Repeat In Vitro Fertilization Treatment Cycles.
    Smith ADAC, Tilling K, Nelson SM, Lawlor DA.
    JAMA. 2015 Dec 22-29;314(24):2654-2662. doi: 10.1001/jama.2015.17296.
  2. Survey of in vitro fertilization add-ons in Japan (Izanami project).
    Shionoya N, Yamada M, Harada S, Shirasawa H, Jwa SC, Kuroda K, Harada M, Osuga Y.
    Front Endocrinol (Lausanne). 2024 Oct 8;15:1404601. doi: 10.3389/fendo.2024.1404601. eCollection 2024.
  3. Artificial oocyte activation using Ca2+ ionophores following intracytoplasmic sperm injection for low fertilization rate.
    Akashi K, Yamada M, Jwa SC, Utsuno H, Kamijo S, Hirota Y, Tanaka M, Osuga Y, Kuji N.
    Front Endocrinol (Lausanne). 2023 Mar 9;14:1131808. doi: 10.3389/fendo.2023.1131808. eCollection 2023.
  4. Neurodevelopmental status of children aged 12 to 60 months conceived with artificial oocyte activation in a Cross-Sectional study.
    Miyazaki K, Yamada M, Akashi K, Jwa SC, Utsuno H, Kamijo S, Arimitsu T, Hida M, Sato Y, Hirota Y, Narumi S, Tanaka M, Osuga Y, Kuji N.
    Sci Rep. 2025 Jul 29;15(1):27547. doi: 10.1038/s41598-025-12445-1.

はじめに

近年、診断と集学的治療の進歩によって、がん治療後の生存率は上昇しています。しかしその一方で、現在あるいは将来的に生殖能力を有する年齢にあるがん患者さんは、がんの治療として行った化学療法や性腺に対する放射線暴露によって妊孕性(にんようせい:妊娠するための力)が失われることがあります(図1)。がん患者さんのサバイバーシップの向上の一環として、この妊孕性をいかに温存するかが課題となっています。本稿では、妊孕性を温存する試みとして、治療前の卵子・受精卵凍結について説明します。

図1.年齢と治療による卵子の数の変化

妊孕性温存療法とは

妊孕性を温存する方法として、女性本人の意思に基づき、未受精卵子または受精卵、あるいは卵巣組織を凍結・保存すること(妊孕性温存療法)が考えられます。日本産科婦人科学会は妊孕性温存療法について、「原疾患の治療で発生する副作用対策の一環としての医療行為と考えられるので、治療を受ける時期に挙児希望がない場合でも、本人が希望する場合には医療行為として認める必要がある」と述べています。

妊孕性温存療法は比較的新しい概念なので、がんや妊娠・出産の予後にもたらす影響については十分に分かっていない部分があります。そこで慶應義塾大学病院では、妊孕性温存に加えて、卵子凍結技術の向上を目指して、卵子・受精卵凍結を臨床研究として行っています(表1)。しかし、妊孕性温存療法は、必ずお子さんが得られることを確約するものではありません。それでも、将来へのいくつかの不安を軽減することによって、疾患の治療に積極的に参加できるための一助になりえます。ただし卵巣組織凍結は行っていません。当院は日本産科婦人科学会が定める「医学的適応による未受精卵子、胚(受精卵)および卵巣組織の凍結・保存に関する登録」施設です。

表1. 慶應義塾大学病院における女性がん患者の妊孕性温存療法
*データの一部はガイドライン(文献1)より引用

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卵子・胚(受精卵)凍結の実際

思春期以降の女性で卵子あるいは受精卵凍結を計画する場合、パートナーがいる方の場合にはより確実な方法の受精卵凍結を行うことを原則としています。また、患者さんが成人に達していない場合には、保護者の方の同意とともに患者さんご本人の同意も得ることが必要となります。

<妊孕性温存療法の対象疾患>

  1. 化学療法および放射線療法を要する疾患(乳がん、骨肉腫、ホジキンリンパ腫、SLEなど)
  2. 医原性早発卵巣機能不全(化学療法および放射線療法を行ったことで早発閉経および、将来的に早発閉経になるリスクが高いと予測される症例)
  3. 原疾患の担当医の依頼例 (乳がんなど)
  4. がんおよび自己免疫疾患に対する治療前あるいは治療初期の例

<卵子・受精卵凍結の必要条件>

  • 年齢16歳以上、45歳以下
  • 子宮温存症例

排卵誘発

凍結しておいた卵子を用いて体外受精を行った場合の出生率は、年齢にもよりますが、獲得卵子数の増加に依存して上昇すると報告されています。卵胞があまりに多く発育した場合、卵巣過剰刺激症候群(排卵誘発により卵巣の腫大・血液の濃縮・腹水・胸水の貯留をきたし、血栓症を生じることもある)が危惧されます。そこで年齢ごとの妊娠率と卵巣過剰刺激症候群のリスクのバランスを考慮して、10~15個程度の採卵・凍結を目指した排卵誘発を行います。ただし、ご病気をされている場合は、卵子の数が減少したり、時には全く卵子が採取できないこともあります。また、採取された卵子の状態により卵子凍結を施行できない可能性もあることに注意が必要です。

通常の不妊症治療においては、月経が来るのを待って排卵誘発を行うため、採卵まで4~6週間を必要とすることが多くあります。しかし、がんの診断を受けてから治療に入るまでの間、主治療を遅れさせるデメリットを避けるためにも可及的速やかに採卵を行う必要があり、採卵に許される期間はごく限定されたものになります。そこで、月経周期にかかわらず直ちに注射を開始して排卵誘発を行うランダムスタート法を取り入れ、2週間程度で採卵できるようにします。これによりがんの治療を遅らせることなく、将来に妊娠の可能性を残すことが可能です。一方で排卵刺激日数と注射量が増えることがデメリットとして挙げられます。

採卵

卵胞が十分に成長したら、卵子を成熟させるために採卵予定時間より34~36 時間前に排卵を誘起する注射(hCG)(または、ご自宅でスプレキュアⓇを両鼻に22:00と22:30の2回)を打ちます。採卵当日は朝8時までに来院していただき、産婦人科外来にて採卵を行います(図2)。採卵の際の麻酔は卵胞の数により、静脈麻酔もしくは局所麻酔を用います。

図2.卵子および受精卵凍結

卵子および受精卵凍結

採取した卵子は凍結(ガラス化法といいます)し、1つの専用凍結チューブに最大5個までの卵子を載せて、液体窒素内で保存します。受精卵(胚)凍結の場合は、採取した卵子を体外受精ないし顕微授精に供し、3〜5日間の培養を行ったのち、ガラス化法により凍結し、ひとつの専用凍結チューブに2個までの受精卵を載せて、液体窒素内で保存します(図2)。

胚移植

寛解(かんかい)および結婚後に、妊娠、出産に耐えられると判断され、患者さんご夫婦が妊娠出産をご希望される状況においては、胚移植が考慮されます。凍結した卵子は融解した後に夫の精子と受精させて胚にします。凍結胚は融解して使用します。胚移植は針を使用しませんので出血もほとんどありません。通常の外来診療のように腟鏡を挿入したうえで、胚を吸った非常に柔らかいチューブを用いて、そっと子宮腔内に受精卵(胚)を置いてくる操作です(図3)。数分で終わります。

図3.卵子および受精卵融解と胚移植

当院の診療体制

当院リプロダクションセンターでは腫瘍センター、ブレストセンター、小児科、整形外科、血液内科、リウマチ・膠原病内科、婦人科および他科と連携して、妊孕性温存療法に関するカウンセリングと、卵子・受精卵凍結をしています。

<がん生殖外来(リプロダクションセンター 毎週火・金曜日14:30~15:30)>
リプロダクションセンターでは、総合病院としての大学病院の強みを生かして、小児、思春期、若年がん患者さんにサバイバーシップの向上という恩恵がもたらされるよう、原疾患の治療を担当する医師と生殖を担当する医師、看護師(生殖医療カウンセラー)、培養士のチームで、診療にあたっていきたいと考えています。

リプロダクションセンター・がん生殖医療チーム

参考文献

  1. 小児, 思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン. 2017年版 / 日本癌治療学会編
    東京 : 金原出版, 2017.7

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