はじめに
2019年、慶應義塾大学病院に全国で初めて性分化疾患(注1)専門のセンターが開設されたことを、KOMPASで紹介させていただきました。これまで性分化疾患(DSD)センターでは、小児科、泌尿器科、小児外科、産婦人科など、診療科の枠を超えた連携により、多くの性分化疾患の患者さんの診断、治療、健康管理、心理社会的なサポートを行っています。
性分化疾患に分類される疾患の数は多く、その診断時期も胎児期から成人期まで幅が広いです。当センターの小児科医が相談を受けるタイミングのひとつとして、外性器の形から赤ちゃんの性別をすぐに判断することが難しい場合があります。
早産で小さく生まれた赤ちゃんの外性器診察の取り組み
当院の新生児集中治療室(NICU)では、出産予定日よりも早く生まれ、そのために体格が小さい赤ちゃんの診療を日々行っています。早く小さく生まれた赤ちゃんは、体の全ての部分の作りが小さいため、外性器の形から男の子、女の子を判断することが難しい場合があります。当院を含む日本中のNICUでは、熟練した新生児科医が赤ちゃんの外性器の形をみて、自身の経験に基づいて性別を決めていました。しかし、熟練した新生児科医でも判断に迷う場合、赤ちゃんの性別を正確に決めるための決まった方法は存在しませんでした。また、そもそも早く小さく生まれた赤ちゃんの外性器の形にどれくらいの個人差があるのかについても十分に研究されていません。
以下では、そのような早く小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める方法の開発や、外性器の形の個人差がどれくらいあるのかを研究するために当センターで行っている新しい取り組みを紹介します。この取り組みは慶應義塾大学倫理委員会の承認を得て行っているもので、新生児科医、小児内分泌科医、臨床遺伝専門医、小児呼吸器科医など多くの専門的小児科医の協力で行っています。
早く小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める方法の研究
赤ちゃんは生まれた後すぐにへその緒を切られることで、お母さんから独立した生活を開始します。元は赤ちゃんに由来する細胞である切られたへその緒は、特に使い道があるわけではないので医療廃棄物として処分されています。私たちは、本来は廃棄されるへその緒の細胞からDNAを取り出し、性別決定に関わる遺伝子の情報を読み取ることで、性別決定のうえでの参考所見のひとつにならないかと考えました(図1)。
日本では、生まれた日を含めて14日以内に赤ちゃんの名前を書き込んだ出生届を提出する決まりがあります。通常の方法では、小さい赤ちゃんからの血液採取が必要で身体的負担が無視できないこと、検査結果が得られるのに時間がかかることが課題でしたが、私たちが研究している新しい方法では、赤ちゃんに負担をかけることなく、数日以内に遺伝情報の結果を得ることができます。出生届の期限までに十分な時間的なゆとりをもって、性別を判断するうえでの材料とすることができます。この取り組みを通じて、新生児科医の診察と経験に基づく判断に加えて遺伝情報の結果をあわせ、新生児科医、小児内分泌科医、臨床遺伝専門医が協力することで、早く小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める方法を確立することが期待されます。

図1.へその緒の細胞にある性別決定に関わる遺伝子の検査
早く小さく生まれた赤ちゃんの外性器の形の個人差を調べる研究
分娩予定日の前後に生まれ、体格も問題のない赤ちゃんについては、外性器の各部分の形についての男女別の基準値が知られています。しかし、予定日よりも早く生まれた赤ちゃん、体格が正常よりも小さい赤ちゃんの外性器の形については基準値がないのが現状です。外性器の形の個人差を明らかにするためには、できるだけ多くの早く小さく生まれた赤ちゃんの外性器の各部分を測定する必要があります。私たちは、早く小さく生まれた赤ちゃんの外性器を、できるだけ赤ちゃんへの負担が少なく、かつ、正確に調べる方法を研究しています。
私たちが着目したのが内視鏡(注2)で、これを用いることで、赤ちゃんに直接触れることなく、また、赤ちゃんを保育器内に収容したまま外性器を至近距離から観察し、その所見を画像データとして記録することができます(図2)。内視鏡の専門家である小児呼吸器科医が外性器を撮影し、新生児科、小児内分泌科医、臨床遺伝専門医が撮影した画像をもととして外性器の各部分を計測するようにしました。赤ちゃんにかかる負担の小さいこの方法を使い、できるだけ多くの赤ちゃんからデータを集めることで、外性器の形の個人差を明らかにしたいと考えています。将来的には設定された基準値をもとに全国の病院でより確実な性別判定ができるようになることを期待しています。

図2.内視鏡を用いた赤ちゃんの外性器観察
おわりに
当センターでは、外性器の形からの性別の判断が難しい赤ちゃんの診療相談を24時間365日体制で行っており、関東地方の様々な施設からの転院受け入れの実績があります。性分化疾患の患者さんがいらっしゃいましたら、当センターまでぜひご連絡をいただけますと幸いです。
【用語解説】
(注1)性分化疾患
性染色体、性腺、内性器、あるいは外性器のいずれかが非定型的な先天的状態。性別を決定するうえで専門的な判断が必要な状況。
(注2)内視鏡
内視鏡とは本来は肺へとつながる空気の通り道(気道)など体の内部を観察するために用いる医療用装置で、細い管の先端に超小型のカメラがついたもの。
性分化疾患(DSD)とは何でしょうか?
性染色体、性腺、内性器、あるいは外性器のいずれかが非定型的な先天的状態です。性に関する身体的なダイバーシティ(多様性)といってよいかもしれません。多くの方の性染色体はXY、あるいはXXです。しかし、性染色体がXYでもXXでもないというダイバーシティの方もいらっしゃいます。XXY、X、XYとXXを両方持っているなどの方です。
多くの方の性腺は精巣、あるいは卵巣です。しかし、性腺が精巣でも卵巣でもない方もいらっしゃいます。精巣にも卵巣にも分化していない未熟な性腺、精巣と卵巣を両方持っているなどの方です。同様に、内性器や外性器に関してもダイバーシティの方がいらっしゃいます。比較的多い性分化疾患を表1にまとめました。
表1

どんな症状があるときに性分化疾患(DSD)を疑ったらよいのでしょうか?
染色体検査を受けたら性染色体が非定型といわれた、外性器の形がほかの人と異なるような気がする、思春期の体の変化や初経がなかなか来ない、などのときに性分化疾患を疑います。
慶應義塾大学病院性分化疾患(DSD)センターの特徴は何でしょうか?
全国初の性分化疾患に関する包括的かつ診療科横断的なセンターです(図1)。近年、社会の性分化疾患に対する理解は明らかに高まっています。さらに性分化疾患に関する医療は大きく進歩し続けています。すなわち病態解明は著しく、新しい診断法・治療法が開発され、心理社会的な支援は具体化しました。この医療の進歩を先導し、またリアルタイムに対応するため、高い専門性を有する各診療科が連携し、最先端かつ、ひとりひとりの患者さんのダイバーシティに最適な医療を提供します。小児科、泌尿器科、腎臓・内分泌・代謝内科、小児外科、産婦人科、形成外科、精神・神経科、臨床遺伝学センター、臨床検査医学を中心に専門の外来を設置し、看護師、臨床心理士も交えた多職種からなるチーム医療を行います。当院では1990年代から性分化疾患に対して積極的な医療を展開していますので、経験も豊富です(図2)。
生まれたばかりの赤ちゃんの外性器が非定型であるために、男の子か女の子か分かりにくく、法律上の性の決定が難しいという緊急対応を要する性分化疾患、内性器や外性器の高度な手術を必要とする性分化疾患、思春期以降にホルモン治療を必要とする性分化疾患、自分のジェンダーに揺らぎを持っている性分化疾患、などすべての年齢のすべての性分化疾患の方に対し、初診時から生涯フォローまでお手伝いします。365日24時間体制で全国から患者さんを受け付ける体制を整えています。お気軽にご相談ください。

図1.包括的かつ診療科横断的な性分化疾患(DSD)センター

図2.性分化疾患(DSD)センターの2023年度の診療実績(外来・手術)

性分化疾患(DSD)センター診療チーム