AYA世代とは
AYA世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期および若年成人)の略で、主に15歳~30歳代までの世代を指します。AYA世代は就学や就労、結婚や出産、育児に加えて親の介護といった、様々なライフイベントが起こる時期で、社会の中核を担う世代です。病気に対する治療だけでなく、小児とも高齢者とも異なるAYA世代の患者さんに特徴的な精神的・社会的ニーズに対して、長期的な視点に立ったサポートが必要です。
AYA世代がん患者さんのサポート
AYA世代のがん患者数は全がん患者数の約2.5%と報告され、必ずしも多くありません。さらに、患者さんが様々な専門診療科に分散しているため、AYA世代のがん患者さんのニーズに関して深い知識や経験を蓄積することが難しいという問題があります。
国内では2018年に策定された第3期がん対策推進基本計画に基づき、本格的なAYA世代のがんへの取り組みが始まりました。地域がん診療連携拠点病院(高度型)である慶應義塾大学病院でも、AYA世代のがん患者さんの診療を充実させるとともに、ライフステージに応じたきめ細かなサポートを提供していきたいと考え、2021年に腫瘍センター内に、AYA世代のがん患者さんの支援を行うチーム(以下、AYA支援チーム)を結成しました。病院全体での取り組みですので、AYA支援チームは、医師、看護師、薬剤師、診療放射線技師、医療ソーシャルワーカー、チャイルドライフ・スペシャリストなどの多職種で構成されています。
これまでの活動
「AYA世代」といっても、その年齢幅が広いため、AYA世代のすべてのがん患者さんに共通の課題があるわけではありません。我々AYA支援チームは、AYA世代のがん患者さんのニーズを課題ごとに整理し、当院が提供するサービスにつなげられるようにしています。各診療科では、小児や高齢患者さんと同様に、AYA世代のがん患者さんの診療に取り組んでいます。また、AYA世代がん患者さんの治療後の長い生活で、原疾患や治療に伴う晩期合併症へ対応していくことも重要です。小児科と成人診療科との移行期である思春期のがん患者さんには、小児のがん患者さんに準じた長期フォローアップを行っています。

薬剤師による服薬指導の様子

ソーシャルワーカーによる療養相談の様子
AYA支援チームは、腫瘍センターホームページに当院がAYA世代がん患者さんに提供できるサービスの掲載や、AYA支援チームの活動報告ができるウェブサイトを作成中です。がんの治療に直接関わる病気のことや服薬指導のほか、放射線被爆低減の取り組み、リプロダクションセンターでの妊孕性温存療法、緩和ケアセンター
の取り組みなど診療に関わることを記載します。加えて、就学、就労に関すること、患者同士の支えあいの場(ピアサポート)の案内、そして育児をするがん患者さんを対象とした親役割葛藤支援についてなど、社会的なサポートについても記載します。
2021年度は2回、AYA世代がん患者さんの支援に関するセミナーを開催しました。10月はリプロダクションセンターのスタッフと協力して、妊孕性温存療法の最近の国内の動向や、院内の取り組みについてセミナーを行いました。また、12月には、慶應義塾大学の第3期がんプロ(正式名:多様な新ニーズに対応する「がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)養成プラン」)の活動の一環として、学外講師を招聘して育児支援、就労、アピアランスに関するセミナーを開催し、多くの方に参加していただき、AYA世代がん患者さんの支援について学ぶ機会をつくりました。
今後も、慶應義塾大学病院全体でAYA世代のがん患者さんのサポートができるように、AYA支援チームは患者さんのニーズと病院が提供するサービスを効率よくつなげ、院内多職種のハブとして活動していきたいと考えています。

腫瘍センター AYA支援チーム
「遺伝子病」としての「がん」
今まで、「がん」は発症臓器、及び組織型に基づいて診断・分類された後、その分類に従って治療法の選択がなされてきました。しかし近年、「がん」は様々な遺伝子の異常が積み重なることで発症する、いわば「遺伝子病」であることが多数の研究により明らかにされてきました。また、その遺伝子の異常はそれぞれの患者さんごとに異なっているのです。そこで、特定の遺伝子異常を検索し、その遺伝子異常を標的とした個別化治療を行う「プレシジョンメディシン(精密医療)」が徐々に導入されるようになり、がん治療の概念が大きく変わろうとしています。

多段階発がんによるがん発生のメカニズム
当院における、がんゲノム医療の取り組み
2018(平成30)年2月に厚生労働省は、がんゲノム医療、すなわち、遺伝子異常を調べて個別化治療を行うために、全国に11か所の「がんゲノム医療中核拠点病院」を認定しました。ゲノム医療中核拠点病院に求められる機能は多岐にわたっており、遺伝子検査に用いられる病理検体の適正な取り扱い、複数の遺伝子を同時に調べる遺伝子パネル検査の実施、エキスパートパネルと呼ばれる専門家会議の開催による正確な遺伝子検査結果の解釈と治療対応、生殖細胞系列変異(遺伝する遺伝子変異)の判断と遺伝カウンセリング対応等、幅広い総合力が求められています。当院もその認定を受け、24の連携医療機関と共にがんゲノム医療の中核拠点病院としての活動を開始しています。
PleSSision検査
当院では、自費診療による受託臨床検査として160遺伝子を調べる「PleSSision検査」を2017(平成29)年11月から導入しています(検査費用;約77万円)。通常、がんの遺伝子検査は、患者さんのがん組織からDNAを抽出して遺伝子配列を解析しますが、PleSSision検査ではさらに血液から採取した患者さんの「がん」ではない細胞の遺伝子も同時に検査しています。それによって、より正確な遺伝子異常を検出し、また、そのがんが遺伝性か否かを判断することが可能です。解析結果は、主治医に加えて、病理医、薬物療法専門医、検査技師、バイオインフォマティシャンなどゲノム医療の専門家からなるカンファレンス「Cancer Genomic Board」によって議論され、ドライバー遺伝子のように発がんへの関与が知られており、治療標的としての介入(Action)が期待される「Actionable変異」、その中で実際に投薬可能な薬剤が存在する遺伝子変異「Druggable変異」を同定しています。また、複数の診療科のがん治療専門医から得られた、これまでの治療に対する反応や副作用、年齢、背景、治験情報等を加味した上で最終的な推奨治療を決定し、患者さんに遺伝子解析報告書をお返ししています。これまでに合計で300名を超える患者さんに対してPleSSision検査が行われてきました(前身となった北海道大学病院でのクラーク検査の実績を含む)が、その結果は当初の期待を大きく超えるものでした。Actionable遺伝子を検出した割合は90%以上、米国FDA承認治療薬または治験薬の情報に関与するDruggable遺伝子を検出した割合は70%以上に上っています。また、検出された遺伝子異常に基づく個別化治療を行った患者さんは12%で、奏効率(がんが一時的にでも縮小した症例)は44%、病勢制御率(がんが縮小またはがんの増大が止まった症例)は67%と報告されています(北海道大学病院での実績)。
我が国のがんゲノム医療
欧米においては遺伝子パネル検査が既に医療サービスとして日常診療で次々と導入されていますが、日本の「がんゲノム医療」はまだ欧米のレベルに追いついていません。2018年4月9日より国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院は、114遺伝子と12種類の融合遺伝子を調べる遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル」を臨床研究(先進医療B)として開始しました。当院においてもこの検査を8月頃から導入する予定ですが、適応対象となる患者数は全てのがん患者の約1-2%に留まります。そこで当院では、現在実施しているPleSSision検査に加えて、ひとりでも多くのがん患者さんに遺伝子パネル検査を実施できるように、これから手術を受ける全てのがん種の患者さんを対象にPleSSision-Rapid検査を開始します。この検査は、病理検査の補助的検査として160遺伝子を調べるもので、遺伝性の有無については解析を行わない等、自費診療検査のPleSSision検査とはいくつか異なる点がありますが、臨床研究として実施するため、患者さんの検査費用の自己負担はありません。
一方、日本における「がんゲノム医療」には、もうひとつ大きな問題があります。それは、仮に遺伝子パネル検査によって標的遺伝子異常が見つかっても、現行の保険医療制度の元では発症臓器毎に治療薬剤が決められているために、遺伝子異常に基づく薬物治療を実際に施行できる機会が限られているのです。そこで、当院では腫瘍センターが中心となり、少しでも個別化治療を実施する可能性を増やすために複数の先進医療Bを申請して、遺伝子異常に基づく個別化医療を実施する態勢を全国の連携病院と共に構築していきます。その結果、日本のがんゲノム医療の均てん化、すなわち、すべてのがん患者さんが遺伝子パネル検査を受け、自分の「がん」の個性を知り、遺伝子異常に基づく個別化治療を受けられる態勢の構築を目指し、最大限の努力をして参ります。
関連リンク
- 「がん」の遺伝子を調べる臨床研究「次世代統合的病理・遺伝子診断法の開発」の開始
(慶應義塾大学病院)

後列左から3番目:西原広史(腫瘍センター特任教授)、後列左から4番目:高石官均(同センター長)
専門家がワンフロアに結集したセンター
腫瘍センターは、がん治療のみでなく、それに伴うあらゆる問題に対応するために、それぞれの専門家が集結し構成された組織です。様々な領域のがん専門医、看護師、薬剤師、理学療法士などがワンフロアに集まることにより、がん治療の中で生じる様々な不安・問題に対応し、解決しております。
例えば、次のような状況に遭遇した患者さんをトータルケアいたします。
- 健康診断で「お腹の中に腫瘍がある」と言われたが、何科にかかれば良いのだろうか?
- かかりつけの医師に「胃に腫瘍がある」と言われたが、内視鏡治療で取り切れるのだろうか?
- 「大腸がんでリンパ節転移がある」と言われたが、内科と外科のどちらにかかれば良いのだろうか?
がん患者さんの診療において、従来の縦割りの診療科体制で生じる、1) どの診療科にかかるべきかわかりづらい、2) いろいろな診療科を回らなければならない、3) 検査や治療方針の決定に時間がかかる、などの問題を解決するために、腫瘍センター「がん専門初診外来」が開設されました。この外来は、がん患者さんが受診しやすく、かかりつけ医からも紹介しやすくなるよう、がん患者さんを包括的に受け入れ、患者さんの視点に立って受診者に負担の少ない外来診療を目指しています。実際に、大きな病院からの紹介に留まらず、患者さんにとって身近な存在でもあるクリニックや診療所等かかりつけ医からの紹介が多いことも特徴です。
「がん専門初診外来」では、がんの早期診断システムと、がん関連の専門家が集結したカンファレンスにより、すべての初診患者を対象とした正確な診断と、最適な治療戦略を策定します。がん患者さんの不安を1日でも早く取り除くために、原則1週間以内の診断と治療開始を目指しております。
「がん専門初診外来」のご案内
- 電話での予約: 03-3353-1257(外来予約センター)
- 医療機関からの予約: 9時~19時、第2・4・5土曜日は17時まで
- 患者さんご自身による予約: 9時~16時
- Web予約システム(医療機関のみ)
- 「腫瘍センター」ページ内の、がん専門初診外来申込フォーム(医療機関専用)
を使ってお申し込みください。
- 予約時に必要な書類: 診療情報提供書、検査データ等
※あらかじめ患者さんの情報をいただければ、初診当日に内視鏡、CT検査などの精密検査を受けていただくことも可能です。
現在は、消化器がん(食道がん、胃がん、大腸がん、膵臓がん、胆管がん、肝臓がん、GISTなど)、肺がん、乳がんを対象としています。順次、その他のがんを対象に展開していく予定です。

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)とは
内視鏡を用いて消化管(主に食道・胃・十二指腸・大腸)の腫瘍を切除する方法の1つです。内視鏡を用いて腫瘍を切除する方法は1960年代に開発され、以降様々な方法が考案されてきました。しかし、従来の方法には技術的な限界があり、根治が期待できるものは小型で切除しやすい病変に限られていました。しかし内視鏡機器の進歩や技術の向上により、1990年代末に大型病変や潰瘍を伴う病変でも完全切除が期待できる方法が開発され、内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection: ESD)と名付けられました。このESDは、臓器を温存したまま病変の切除が可能であるため、外科手術と比較して、患者さんの肉体的・精神的負担が軽く、在院日数の大幅な短縮や医療費の削減につながる優れた治療法であるといえます。
ESDの対象となる病変
ESDで切除可能なものは、あくまでも消化管内の病変だけです。したがって、すでにほかの部位(リンパ節など)への転移があると考えられるがんは、ESDの対象とはなりません。リンパ節転移の可能性がほとんどないと考えられるがんの条件は、臓器によって異なりますが、粘膜内に留まる初期のがんや粘膜下層にわずかに浸潤したがんの一部が対象となります。現在、食道がんや胃がん、大腸がんでは一般保険診療としてESDが行われています。また十二指腸腫瘍に対するESDも保険診療としては認められていますが、後述するように術後の偶発症のリスクが高いことが知られるようになり、当院を含めた限られた施設でのみ行われているのが現状です。
ESDの原理
病変の下の粘膜下層に、治療用の液体を注入して病変を持ち上げた後、周囲の粘膜を内視鏡専用の電気メスで切開し、露出した粘膜下層を少しずつ剥離することで病変を切除します(図1)。この方法により、粘膜下層の浅いところまでのがんであれば、病変の大きさや形に関係なく、ほぼ確実に一塊で切除することが可能となります。

図1.内視鏡的粘膜仮想剥離術(ESD)
十二指腸腫瘍に対する内視鏡治療では、切除後の粘膜欠損部を縫い縮めることで術後の偶発症の予防を行っています。

ESDの治療風景
治療までの流れと結果の説明について
ご紹介いただいた医療機関からの診療情報をもとに、治療方針の決定に必要な検査を行います。精密な観察や実際の治療を想定した内視鏡の操作性を確認することでより安全、確実な治療につながります。
上述した検査の結果を、当部門のスタッフによるカンファレンスで十分に検討し、治療方針を決定いたします。初診時に再診外来(月曜・火曜・金曜の午後のいずれか)を予約しますので、再診外来にて治療方針を説明させていただきます。
一般的には、治療の前日に入院して頂き、治療後の様子をみて約1週間程度で退院となります。術中・術後とも基本的にはあまり痛みはありませんので、通常は全身麻酔ではなく、点滴に鎮静剤や鎮痛剤などを入れて軽く眠ったような状態で治療を進めます。術後は最短で翌日から流動食を開始することが可能で、経過が良好であれば長期の安静は必要ありません。切除した部分は人工的に潰瘍が形成されますが、それも2か月程度で治り、多くの場合は完全に元通りの生活に戻れます。
治療効果と危険性
以前であれば外科手術をしなければならなかった病変も、ESDの出現により手術を回避し、臓器を温存しつつ手術と同等の根治性を得ることが可能となりました。外科手術で見られるような術後の痛みや食生活の変化などはほとんどなく、かつ手術を受けたのと同等の効果が期待できるこの治療は、より負担の少ない治療法として患者さんに大きな福音をもたらしたといえます。しかし、多くの利点を有する一方で、ESDは高度の内視鏡技術を必要とし、かつ従来の内視鏡治療法に比べて治療に伴う出血や穿孔(消化管に穴があくこと)の危険性が高いことも事実です。また、非常に大きな病変を切除した場合には、消化管が狭くなってしまい、頻回の拡張術が必要になることもあります。したがって、この治療に適しているかどうか専門的な立場で十分に検討した上で、患者さんやご家族へ治療の内容や治療に伴う危険性などを説明させていただきます。最終的に、治療の有用性と危険性のバランスを考えて、外科手術にするかESDにするか、患者さんご自身に納得してもらった上で選択してもらうことが重要となります。
当院での治療の現状
当院では内視鏡に携わる多くの医師が、精力的にESDを行っております。特に十二指腸においては、壁が非常に薄く切除自体に高度な内視鏡技術が必要である上に、膵液や胆汁などの消化液に暴露されることにより術後に出血や穿孔などの偶発症を起こすリスクが極めて高いため、一般の施設ではほとんどESDは行われていません。しかし、当部門では独自の工夫により安全性を確保しつつESDも含めて積極的に治療を行っており、極めて良好な成績をあげています(図2)。また、治療難易度の高い症例や大型で長時間の処置が予測される症例に対しては、手術室にて全身麻酔下にESDを行ったり、術中術後に適切なマネージメントを行うことで安全かつ確実に治療できるよう万全の体制を整えております。ESDの開発から携わってきた矢作教授のもとには、全国各地から多くの患者さんが紹介されて来院し、治療を受けておられます。

最後に
ESDをはじめとする内視鏡治療は身体への負担がより少ない(低侵襲)という意味で、理想的な治療法の一つであるといえます。我々は内視鏡を通じてこのような理想的な医療を患者さんに提供すべく、日々の診療・研究に携わっております。内視鏡治療に関するご相談は、ご予約の上で外来を受診してください。

腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門において治療に携わっているスタッフ