あたらしい医療

循環器内科

成人先天性心疾患の患者さんの術前シミュレーションにおけるVRの活用

先天性心疾患(Congenital Heart Disease: CHD)では、科学技術の進歩に伴い手術成績が劇的に向上し多くの患者さんが成人されるようになっています。しかし、医療技術の進歩に伴い治療の選択肢が増え、より完璧が求められるようになっています。また、治療を受ける先天性心疾患患者さんとご家族に説明する際にも従来の二次元画像での説明には限界があります。とても複雑な解剖を有し、理解していただくためには三次元的な情報共有が不可欠です。この課題に答えを提供し得る3D+分野が脚光を浴び、海外学会において毎回専用セッションが設けられています。3D+はCTやMRIで撮影された3D画像を3Dプリンティング、VR(virtual reality)、AR(augmented reality)に展開しシミュレーション、教育、開発研究に活用する高度技術の総称です。VRは計算機によって生成された三次元仮想環境にユーザーを没入させ、視覚・聴覚などの多感覚的フィードバックを通じて相互作用を可能にする技術です。視覚だけでなく、ヒトのあらゆる感覚を刺激し、本物がまさにそこにあるような体験を演出します。ソフトウェアで作り出したポリゴンデータを、ヘッドマウントディスプレイ(head mount display: HMD)を介して右目用と左目用の映像に分けて、視差を利用して立体視されるように表示し、先天性心疾患の心臓3Dモデルがあたかも目の前にあるかのような感覚を与えます。現実環境を代替・拡張することで、教育、医療、工学など多領域における評価・訓練・シミュレーションの高度化に寄与します。

著者は、カナダのMcGill大学における成人先天性心疾患(Adult Congenital Heart Disease: ACHD)クリニカルフェローシップを修了後、慶應義塾大学病院に帰任し、先天性心疾患の研究・臨床に従事してきました。複雑な解剖を有する先天性心疾患に対して、より高度な診療と研究を実現するため、国際的ネットワークを積極的に活用し、当院における3D+活用を国際連携のもとで推進しています。2025年春には、米国(シンシナティ小児病院・ミネソタ大学)、イスラエル(Sheba Medical Center)、コロンビア(La Cardio)、インド(Amrita Institute of Medical Sciences and Research Centre)から3D+技術の専門家を招聘し、国際シンポジウム 3D+ Heart United を開催しました。

その後、米国シンシナティ小児病院と協力関係を構築し、先天性心疾患に対する術前シミュレーションシステム VR3S(VR Surgical Simulation Suite)を当院の診療現場に導入しました。VR3S は、米国シンシナティ小児病院の開発チームがUnity株式会社と協力しUnityプラットフォームで開発したバーチャルリアリティシミュレーションシステムです。VR3Sは従来のVR可視化にとどまらず、人工弁やバッフルなどの医療デバイスを3Dモデル上に留置して検討できる点で革新的であり、診療の質を飛躍的に向上させています。

3DプリンティングモデルやVRによる手術やインターベンション前の治療計画は広く行われてきました。これまでは三次元構造の可視化が中心でしたが、最近ではデバイスのフィッティングを含めたシミュレーションが欧米では広く浸透しています。3D Slicer 等のフリーソフトウェアでも立体構造のセグメンテーションおよびシミュレーションは可能ですが、より精確な測定やシミュレーションにはMimics/3-matic(Materialise社、ベルギー)等の専門的なCAD(computer aided design)ソフトウェアを使用することが望ましいです。本稿では先天性心疾患領域での使用例を紹介しますが、このようなシミュレーションはほかの心臓疾患に限らず他臓器でも応用可能です。

適応例1 医原性心房中隔欠損症に対するデバイス閉鎖のシミュレーション

近年、発作性心房細動に対するカテーテルアブレーションは技術的にも進歩し安全に実施できるようになっています。パルスフィールドアブレーションの導入で今後、治療時間も短縮し合併症がさらに減少することが期待されます。しかし、少数ではありますが、心房細動のアブレーションで実施される心臓中隔穿刺の際に生じる欠損孔が経時的に拡大し、血行動態的に有意な左右シャントとして心不全を惹起することがあります。医原性心房中隔欠損は、心房中隔穿刺を実施する左心耳閉鎖術や僧帽弁クリップ術でも問題になり得ます。このような医原性心房中隔欠損症例では組織が脆くなっていることから、先天性の二次孔型心房中隔欠損症例で通常実施されるバルーンサイジングによる測定・閉鎖デバイス選択が施行できません。そこで、閉鎖術前に想定されるデバイスを用いたシミュレーションを実施することが求められます。当院ではCTデータからMimicsでセグメンテーションを実施し、3-matic上で想定されるデバイスを欠損孔にフィッティングさせて確認する作業を実施してから治療に臨んでいます。図1はそのような作業を経て、Amplatzer septal occluder(Abbott社、米国)の12mmデバイスを選択した症例です。

図1.医原性心房中隔欠損症での閉鎖デバイス留置シミュレーション

適応例2 ファロー四徴症に対する経皮的肺動脈弁留置術のシミュレーション

ファロー四徴症の四徴は、右室流出路狭窄、大動脈騎乗、心室中隔欠損、右室肥大を指します。シャント術を経て、もしくは経ずにファロー四徴症修復術(心室中隔欠損閉鎖術および右室流出路解除術)が実施されることになります。修復術に成功すれば日常生活を症状なく過ごせるようになりますが、長期的には肺動脈弁閉鎖不全症による右室拡大・心不全が問題になってきます。心不全症状が出現するか右室拡大が進行した際には、肺動脈弁置換術が必要になります。生体弁の耐用年数は10年前後であり、生涯にわたる手術回数を減らす目的でも経皮的肺動脈弁留置術(Transcatheter pulmonary valve implantation: TPVI)が国内でも自己拡張型のHarmony™弁(Medtronic社、米国)を中心に広まっています。Medtonic社が症例ごとにfit analysisを提供していますが、当院ではこれに加えて症例ごとにVRシステムでのシミュレーションを実施しています。具体的には、Mimics/3-maticソフトウェアを用いて3DのSTLデータを作成し、VR3Sシステムでシミュレーションを実施しています。VR3Sはシンシナティ小児病院のRyan Mooreらが開発した先天性心疾患のシミュレーションシステムであり、当院では共同研究の一環としてVR3Sを使用しています。VRによるシミュレーションを実施することでTPVIの一連の流れが確認できます。

図2.ファロー四徴症での経皮的肺動脈弁留置術のシミュレーション

適応例3 単心室循環に対するフォンタン術のシミュレーション

三尖弁閉鎖や左室低形成症候群といった単心室循環では肺循環と体循環を分離する目的で体肺シャント術/肺動脈バンド術、グレン手術に続いてフォンタン術が実施されます。フォンタン術では、下大静脈と肺動脈を導管を用いて繋ぐ体外導管型フォンタン術が一般的となっています。導管を肺動脈に繋ぐ位置、角度、導管の太さによってフォンタン術後関連合併症の重症度や予後が変わってくるので、シミュレーションが実施されるようになっています。ここでもMimics/3-maticソフトウェア、VR3Sを活用したシミュレーションを実施しています。

図3.フォンタン術のシミュレーション

シンシナティ小児病院の専門家と著者
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