あたらしい医療

腎臓・内分泌・代謝内科

多職種・診療科クラスターで織りなす慶應義塾大学病院における肥満症診療

はじめに

近年、肥満症および2型糖尿病の罹患率は世界的に著しく増加しており、日本においても令和元年(2019年)の国民健康・栄養調査で、BMI25以上の肥満症の割合は男性31.8%、女性21.6%と高く、社会的に解決すべき課題となっています。有効な肥満症治療薬がない時代が長らく続いていましたが、2024年GLP-1受容体作動薬セマグルチド(商品名:ウゴービ®)、2025年GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチド(商品名:ゼップバウンド®)が登場したことで、肥満症治療の現場が大きく変わってきています。ここでは近年、慶應義塾大学病院糖尿病先制医療センターにおいて、予防医療として積極的に取り組んでいる、肥満症内科治療プログラムのご紹介をさせていただきます。

糖尿病だけでない、肥満症で高まる病気のリスクがたくさんある

肥満症といえば、糖尿病、脂質異常症、高血圧症、慢性腎臓病、心筋梗塞・脳梗塞といった病気との関連を思い浮かべる方が多いかと思います。一方で肥満症は、糖尿病の発症リスクの増加にとどまらず、睡眠時無呼吸症候群、変形性膝関節症、脂肪肝や肝硬変、婦人科がん、不妊症、慢性心不全といった様々な分野にわたり病気のリスクになることが知られています。

図1に肥満に関連してリスクが上がる合併症のうち、減量で改善効果が確認されている病気11、図2に肥満に関連してリスクは上がるが、改善効果はまだ検証中の病気8つを掲載します。当センターでは、肥満に関連して発生してくる合併症に対応する、各診療科(呼吸器内科、整形外科、消化器内科、産科、婦人科、循環器内科など)と緊密に連携し、適切なタイミングで相互に患者紹介を実施して、お互いの診療の強みを活かしながら、個別のニーズに応じて診療を行っています。当センターでは、これらのニーズに幅広くこたえるために、肥満症治療薬が発売されたタイミングで、2024年より新たに肥満症内科治療プログラムを作りました。肥満に合併する病気の進行を抑えるために、他の診療科や医療施設にも当センターの肥満症内科治療プログラムを広くお役立ていただいております。

図1.肥満関連合併症 (診断基準に含まれる)
図2.肥満に関連して知られる合併症 (診断基準には含まれない)

カロリー制限だけが肥満症治療ではない、長続きする計画を支援したい

肥満症治療というとカロリー制限を頭に浮かべる方が多いと思います。しかし、厳しいカロリー制限の先に、食欲ホルモンの亢進や基礎代謝の低下によって、身体がリバウンドしやすくなることを、私たちは痛いほど知っています。このリバウンドをどう乗り越えるかが、肥満症治療成功の鍵となります。肥満症治療の基本は食事療法、運動療法、認知行動療法の3本柱です。これらを医師一人で行うことは不可能です。当センターではもとより、日本糖尿病療養指導士という資格をもつ看護師・管理栄養士・臨床検査技師・薬剤師・理学療法士とともに肥満を合併する糖尿病診療を行っています。その強みを活かし、肥満症診療においても多職種と相互に協力してリバウンド対策に取り組んでいます。

管理栄養士が栄養バランスの確認を行いますが、肥満症だからといってエネルギー制限を強くすすめるだけではなく、炭水化物・蛋白・脂質・食物繊維・ビタミンのバランスを意識して、実際の生活に合わせて個別性をもった栄養相談をこころがけています。「食事の制限や指導」をするのではなく、「栄養の相談」をしております。In Bodyによる体組成で筋肉量と脂肪量を分けて測定することで、減量の質にもこだわり、筋肉を落とさずに効率的に減量していける食事運動の工夫も行います。

肥満症の方に必要なエネルギー量は、一般には身長(m)×身長(m)×22×25 kcal の計算式から計算されることが多いです。しかし、実際に必要なエネルギー消費量は、個別の基礎代謝量や身体活動量に大きな影響をうけ、この計算式だけでは必ずしも正確に算出できていない面があります。当センターでは、慶應義塾大学病院内にあるスポーツ医学総合センターと連携して、呼気ガス測定という特殊な検査を行い、呼気中の酸素や二酸化炭素の濃度から、実際の基礎代謝量を測定し、そこに運動量を考慮して適切なカロリーの設定を行うようにしています。この検査によって、過度なカロリー制限を避け、活動量を調節することで柔軟にカロリーを設定して減量できる環境を整えています。さらに、スポーツ医学総合センターでは、握力と下肢筋肉力などの運動能力に関しても評価を行い、個別性をもった運動処方を行います。一方で、肥満症では腰やひざに持病をかかえている方も多く、理想はあっても思うように運動療法が進まない場合を経験します。その場合には、慶應義塾大学病院内のスポーツ&メディカルフィットネスセンターと連携し、スポーツドクターの医師が、持病をかかえた中でもできる肥満症に有効な運動処方をして、患者さんに実践いただいております。カロリー制限に依存し過ぎず、筋力を保ちながら減量していくために、運動療法はとても大切な治療の一つです。興味のある方は、ぜひ主治医にご相談ください。

図3.肥満症 食事療法の実際

カロリー制限の一本槍にならないサポートが大切

図4.肥満症 カロリー設定の実際

呼気ガス分析でエネルギー消費量を評価して過度なエネルギー制限を避けたい

食事療法、運動療法につづき、リバウンド防止のための3つ目の鍵が認知行動療法です。

聞きなれない言葉かもしれませんが、食事と運動が大切なことは十二分に理解していても、日々の仕事や家庭の忙しさやストレスによって、なかなか肥満症の治療に集中できないケースも少なくありません。栄養相談やスポーツクリニックで知識を得たうえで、自分の身体の状況をしっかり「認知」して、それを「行動」にうつす治療を認知行動療法といいます。ご自身で減量のための食事と運動の計画を立てる事をアクションプランと呼び、そのサポートを看護師が行います。医師が肥満症や合併症の診断と治療計画を立て、栄養相談とスポーツクリニックで肥満症治療に必要な食事と運動に関する正確な知識を得て、実際にアクションプランを長期的に実践していけるように看護相談で支援していく、大きな流れを分かっていただけましたでしょうか。

精神・神経科と連携してのマインドフルイーティング習得

認知行動療法に関して、もう少し深く触れさせてください。肥満症治療における認知行動療法の効果が少しずつ明らかになってきています。マインドフルネスという言葉がありますが、これは過去や未来のことにとらわれず、今の自分に集中しようという精神療法の一つです。ストレスや不眠への効果が知られていますが、それを過食や偏食の防止に活かしていこうというのがマインドフルイーティングです。当院では、精神・神経科の専門の医師と連携し、肥満症におけるマインドフル的介入のプログラムを実施しています。マインドフルに食事をとることによって、過度な食事制限によるストレスを避けてリバウンドを防ぐことを目的とする取り組みです。看護相談では、マインドフルイーティングのオリエンテーションとして、習得に役立つ本や動画の紹介を行い、さらに興味のある方には、マインドフルイーティングを専門とする精神・神経科医師の外来や集団教室のご案内などを行っております。興味のある方は、主治医にご相談いただけましたら幸いです。

図5.マインドフルイーティング 概念図

リバウンド対策としての認知行動療法の重要性

肥満症治療薬を用いた内科治療プログラムをご用意しております

肥満症の治療薬の開発に関しては、過去にも多くの挑戦がされてきましたが、副作用や効果が不十分で、高い効用をもって使用できる薬がない時代が続いてきました。近年、糖尿病診療においてセマグルチド(商品名:オゼンピック®)とチルゼパチド(商品名:マンジャロ®)が、体重減少作用を有する血糖降下薬として広く使用されるようになってきた背景の中で、過体重や肥満の成人が参加したSTEP臨床試験プログラムの結果に基づき、2023年に肥満症を適応症としたGLP-1受容体作動薬セマグルチド(ウゴービ®)が承認され、2024年2月に発売されました。ウゴービ®は、空腹感を軽減し満腹感を高めて食事量を減らし、カロリー摂取を抑え体重減少を促す週1回の皮下注射製剤です。2024年12月には持続性GIP/GLP-1受容体作動薬であるチルゼパチド(ゼップバウンド®)がSURMOUNT臨床試験に基づき、肥満症を適応として承認され、2025年4月発売されました。ゼップバウンド®は中枢神経系におけるGIP、GLP-1受容体を介した食欲調節と脂肪細胞におけるGIP受容体を介した脂肪分解亢進による体重減少作用を有する週1回の皮下注射製剤です。臨床試験「SURMOUNT-5試験」では、2型糖尿病を有さない肥満の成人751人を対象に、ウゴービ®とゼップバウンド®の減量効果が確認されています。治療期間は72週間で、両薬剤を最大推奨用量(ウゴービ®2.4mg、ゼップバウンド®15mg)で週1回投与したところ、体重変化率はウゴービ®群で体重の13.7%(約15.0 kg)、ゼップバウンド®群で体重の20.2%(約22.8 kg)減少し、両者の薬剤の有効性が確かめられています。どちらの薬剤にするかは、個々の患者さんへの相性を見極めながら、消化器症状などの有害事象にも考慮して選択します。薬物に依存せずライフスタイルの適正化に取り組みやすい方の薬剤選択を行うことが大切です。ウゴービ®とゼップバウンド®はどこでもだれでもダイエット目的で使用できるわけではありません。当院はこれらの薬を使用することが承認されている医療機関ですが、使用できる肥満症の要件が厳格に決められています。図6に肥満症治療薬の使用要件を示しますが、使用前には必ず主治医に要件にあてはまるか確認するようにしてください。

図6.肥満症治療薬の使用が可能な要件

当院では、図6の要件を満たして、肥満症治療が必要な状態の方に、肥満症治療薬を用いた独自の肥満症内科治療プログラムを作り、広くお役立ていただいております。肥満症治療薬の最大の治療期間は、ウゴービ®68週間とゼップバウンド®72週間までとされています。一度中止した後に必要性が認められる場合に再開できますが、肥満症治療薬に依存することなく、食事運動療法、認知行動療法の指導を入念に行い、安全に離脱できる体制を整えることが重要です。当院では、最初に紹介したように、各診療科と多職種で連携して、肥満症治療薬の効果をより強いものとし、リバウンドを防ぐ策を行いながら、図7のプログラム内容に沿って診療を行っています。特に管理栄養士による2か月ごとの栄養相談が必須であること、薬物治療開始前に6か月間の準備期があることは、大切なポイントです。

図7.当院における肥満症内科治療プログラム

ウゴービ®・ゼップバウンド®をはじめとした肥満症治療薬の発売により、肥満症の内科治療が積極的に取り組める時代になっています。一方で、内科治療が奏功しない場合には、肥満外科手術が必要な場合もあるため、そのタイミングを逸しないことも大切です。今後は、肥満症内科治療と肥満症外科治療との流動的な連携によって、幅広い肥満症治療の展開が期待されています。肥満症の治療が奏功しないで困っている患者さん、医療機関の先生方がいらっしゃいましたら、ぜひ、かかりつけの先生や当センターまでご相談・ご紹介いただければと思います。

慶應義塾大学病院 糖尿病先制医療センター
目黒周(糖尿病先制医療センター センター長)

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