あたらしい医療

小児科

フォンタン手術後に起こる「難治性たんぱく漏出性胃腸症」への新しい治療―肝内リンパ管塞栓術―

はじめに

フォンタン手術は、先天性の心臓病(単心室症など)で、低酸素血症を改善するために行われる、重要な手術です。しかし、その特殊な循環のために、時間がたつと様々な合併症が現れることがあります。

そのひとつがたんぱく漏出性胃腸症(Protein Losing Enteropathy:PLE) です。

これは、体に必要なたんぱく質(特にアルブミン)が腸から漏れ出してしまう病気で、フォンタン手術を受けた患者さんの約1割に起こります。重い場合は、栄養不良や強いむくみ、体のだるさ、感染にかかりやすくなるなどの症状を引き起こし、輸血や入院を繰り返さなければならなくなります。生活の質(Quality of Life)も大きく下がってしまうため、とても深刻な合併症です。しかし、これまでその病態や治療法は、明らかになっておりませんでした。

病気のしくみ

最近の研究で、この病気の原因がだんだん分かってきました。

  • フォンタン手術後は、心臓に戻る血液の圧力(中心静脈圧)が高くなります。
  • すると、肝臓がうっ血することで、通常の20〜30倍ものリンパ液をつくり、たくさんの異常なリンパネットワークが形成されます。
  • 増加したリンパの流れが「肝臓と十二指腸の間のルート」を通り、腸内に新しい出口をつくってしまうと、リンパ液が腸に漏れ出してしまいます。
  • この状態(リンパ瘻)ができることで、PLEが起こるのです。

つまり「肝臓でつくられたアルブミンをたくさん含むリンパ液が腸に漏れる」ことが、この病気の正体であるということが、分かってきました(図1)。

図1
肝臓から十二指腸へ多量のリンパ液が漏れることでPLEを発症する(緑矢印)。

新しい治療法―肝内リンパ管塞栓術―

2017年にアメリカのフィラデルフィア小児病院から「漏れ出しているリンパネットワークを詰めて漏れをなくす」という治療法が報告され、大きな注目を集めました。これが 肝内リンパ管塞栓術です。

慶應義塾大学病院でも放射線診断科と協力して2020年からこの治療を導入し、これまで10人以上に行いました。そのうち約6〜7割の患者さんで症状が大きく改善しています。

治療の流れ

1.全身麻酔をかけて、細い針で肝臓を刺し、肝臓内のリンパ管を造影します(図2)。

図2
肝臓のリンパ管を穿刺し、造影した像。異常なリンパネットワークが十二指腸に向かって流れる(黄色矢印)。

2.青い色素を注入して、十二指腸にリンパ液が漏れているかどうかを確認します(図3)

図3
肝臓内に注入した青色色素が十二指腸内に漏れる様子が観察される。

3.漏れている経路(リンパ瘻)が見つかれば、その場で液状の塞栓物質を注入して流れないように固めてしまいます。

  • 手技はおよそ2〜3時間で終わります。
  • 傷口は針の跡だけで済み、大きな切開は不要です。
  • 入院は1週間ほどで、多くの方が退院できます。
  • うまくいけば、2〜3週間後から血液中のアルブミンが上がってきます。

患者さんの声

治療後に改善した患者さんからは、

  • 「輸血や入院をしなくなった」
  • 「むくみが取れて体が軽くなった」
  • 「歩けるようになった」

などの声をいただいています。私たち医療チームにとっても、大きな励みになっています。

さいごに

これまでフォンタン術後のPLEは「原因がよく分からない難しい病気」で、栄養管理や薬で支えるしか方法がありませんでした。しかし今は、「腸に漏れている場所を特定して、直接治療する」時代に変わりつつあります。

私たちは、フォンタン術後の患者さんとご家族が少しでも安心して生活できるように、この新しい治療をさらに発展させ、より多くの方に届けていきたいと考えています。

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