病気を知る
自閉スペクトラム症(ASD)― 一人ひとりの違いを理解し、その人らしい生活を支えるために ―
はじめに
「自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし、「人と話すのが苦手な人」「こだわりが強い人」といった一面的なイメージだけで理解されることも少なくありません。
ASDは、生まれつきの脳の発達や情報処理の仕方の違いによって生じる神経発達症の一つです。育て方や本人の努力不足によって起こるものではありません。また、一人ひとり現れ方が大きく異なるため、「ASDとはこういう人」という一つの型には当てはめられません。
近年では、ASDを「治すべき病気」としてだけではなく、人それぞれの認知や感じ方の違いの一つとして理解しようというニューロダイバーシティ(神経多様性)という考え方も広がっています。
もちろん、ASDのある方の中には、学校生活や仕事、人間関係の中で大きな困りごとを抱える方も少なくありません。一方で、適切な理解や支援を受けることで、その人らしい生活を送り、自分の力を十分に発揮している方も数多くいらっしゃいます。
私たちの目標は、ASDという特性そのものをなくすことではありません。
その方の困りごとを減らし、本来持っている力や個性を安心して発揮できるよう支援することです。
そのためには、まずASDという特性を正しく理解することが大切です。
ASDとは
ASDは、主として
- 社会的コミュニケーションや対人関係の特徴
- 興味や行動の偏り、反復的な行動
- 感覚の特性
によって特徴づけられる神経発達症です。
2013年に公表されたDSM-5では、それまで「自閉症」「アスペルガー症候群」「広汎性発達障害」などと呼ばれていた診断名が、「自閉スペクトラム症(ASD)」として一つにまとめられました。
「スペクトラム」とは、「連続体」という意味です。
ASDは「ある」「ない」とはっきり分けられるものではなく、特性の現れ方や程度には大きな幅があります。
また、知的発達や言語発達も人によって大きく異なります。
幼児期から診断される方もいれば、大人になって初めて診断される方も少なくありません。
有病率は近年の調査では約2〜3%とされ、決して珍しい状態ではありません。診断技術の向上や社会的理解の広がりにより、以前より多くの方が適切な支援につながるようになっています。
ASDの主な特徴
ASDでは、一人ひとり特徴の現れ方が異なります。
ここでは代表的な特徴をご紹介します。
社会的コミュニケーションの特徴
ASDのある方の中には、
- 相手の表情や気持ちを読み取ることが難しい
- 言葉を文字どおりに受け取りやすい
- 暗黙のルールや「空気」を理解しにくい
- 雑談が苦手
- 会話のタイミングをつかみにくい
といった特徴がみられる方がいます。
一方で、専門的な話題になると非常に豊かな知識を持ち、相手を引き込むような会話ができる方もいます。
つまり、「コミュニケーション能力が低い」というよりも、コミュニケーションのスタイルが多数派とは少し異なると考える方が理解しやすいでしょう。
興味や行動の特徴
ASDでは、
- 特定の分野に強い興味を持つ
- 日課や予定の変更が苦手
- 決まった手順を好む
- 同じ行動を繰り返す
といった特徴がみられることがあります。
こうした特性は、学校や職場では困りごとになることもありますが、一方で専門分野への深い探究心や、高い集中力につながる場合もあります。
そのため、「こだわり」はすべて取り除くべきものではありません。
生活に支障がない範囲であれば、その方らしさや強みとして生かせることも少なくありません。
感覚の特性
ASDでは、感覚の受け取り方にも特徴がみられることがあります。
例えば、
- 大きな音が非常につらい
- 蛍光灯の光がまぶしく感じる
- 衣服の肌触りが苦手
- 特定のにおいに敏感である
一方で、
- 強い刺激を求める
- 痛みに気づきにくい
など、感覚が鈍い方向に現れる方もいます。
これらは本人の「好き嫌い」ではなく、生まれつきの感覚特性によることが少なくありません。
そのため、周囲が「我慢すればよい」と考えるのではなく、環境を調整することで生活しやすくなる場合があります。
ASDは「人との関わりを望まない障害」ではありません
ASDのある方について、「人に関心がない」「一人でいることを好む」と説明されることがあります。
しかし、実際の診療では、それだけでは説明できない多くの方と出会います。
ASDのある方の中には、人との関わり方が分からず戸惑ったり、相手の気持ちや場の雰囲気を読み取ることが難しかったりするために、人間関係で失敗や誤解を経験し、自信を失ってしまう方が少なくありません。その結果、「人と関わりたくない」のではなく、「関わりたいけれど、どうすればよいか分からない」「また傷つくのではないかと不安になる」という気持ちから、人との距離を置くようになることがあります。
実際には、多くのASDのある方も、家族や友人、職場や学校の仲間と安心してつながりたいという気持ちを持っています。ただ、その気持ちの表し方や、相手の意図を理解する方法が、多数派とは少し異なるため、すれ違いが生じやすいのです。
だからこそ、ASDのある方だけが周囲に合わせる努力を続けるのではなく、周囲もASDという特性を理解し、お互いに歩み寄ることが大切です。
近年では、このような考え方は「ダブル・エンパシー問題」として研究されるようになり、コミュニケーションとは一方だけの課題ではなく、異なる認知スタイルをもつ人同士がお互いを理解しようとする営みであると考えられるようになっています。
ASDは可能性を狭める診断ではありません
ASDについて説明すると、どうしても「苦手なこと」に目が向きがちです。
しかし、診療を続けていると、一人ひとりが異なる個性や強みを持っていることに気づかされます。
例えば、
- 高い集中力
- 優れた観察力
- 論理的な思考
- 誠実さ
- 専門分野への深い探究心
などがみられる方もいます。
もちろん、これらはすべてのASDのある方に共通する特徴ではありません。また、ASDだから特別な才能を持つという意味でもありません。
大切なのは、「ASDだから○○」と決めつけないことです。
一人ひとりに異なる得意なことと苦手なことがあります。
私たちが目指しているのは、ASDという診断名によって可能性を決めることではありません。
困りごとを理解し、適切な支援を受けることで、その方が本来持っている力や個性を安心して発揮できるよう支援することです。
コラム ASDの理解は変わってきています
かつては、ASDのある方は「人に関心がない」「共感することが苦手」と説明されることが少なくありませんでした。
しかし近年では、この考え方は少しずつ見直されてきています。
そのきっかけの一つが、ダブル・エンパシー問題という考え方です。
これは、「コミュニケーションがうまくいかない原因は、ASDのある方だけにあるのではなく、認知や感じ方の異なる者同士では、お互いに相手を理解しにくいことにも原因がある」という考え方です。
例えば、日本語しか話せない人と英語しか話せない人が会話をすると、お互いに意思疎通が難しくなります。そのとき、「日本語を話す人だけに問題がある」とも、「英語を話す人だけに問題がある」とも考えません。異なる言語を話しているために、双方に工夫が必要なのです。
ASDのある方と多数派(定型発達)の方とのコミュニケーションにも、これと似た面があると考えられています。
実際に、近年の研究では、ASDのある方同士では、定型発達の方同士と同じように円滑なコミュニケーションや良好な相互理解(ラポール)が形成される一方で、ASDのある方と定型発達の方との組み合わせでは、お互いの理解が難しくなりやすいことが報告されています。
この結果は、「ASDのある方はコミュニケーション能力が低い」という従来の見方だけでは十分に説明できません。むしろ、コミュニケーションとは、一人だけの能力ではなく、相手との相互作用によって成り立つものであることを示しています。
そのため現在では、ASDのある方だけが努力して「多数派に合わせる」ことを求めるのではなく、周囲もASDという特性を理解し、お互いが歩み寄ることが大切だと考えられるようになっています。
この考え方は、他項でご紹介する合理的配慮や環境調整、そしてニューロダイバーシティ(神経多様性)の理念にもつながっています。
コミュニケーションは、一人だけの課題ではなく、お互いに理解し合う営みです。
参考文献
- On the ontological status of autism: the ‘double empathy problem’.
Milton DEM.
Disability & Society. 2012 Aug 16;27(6):883–887. doi: 10.1080/09687599.2012.710008.
(ダブル・エンパシー問題の概念を提唱した代表的な論文) - Neurotype-Matching, but Not Being Autistic, Influences Self and Observer Ratings of Interpersonal Rapport.
Crompton CJ, Sharp M, Axbey H, Fletcher-Watson S, Flynn EG, Ropar D.
Front Psychol. 2020 Oct 23;11:586171. doi: 10.3389/fpsyg.2020.586171. eCollection 2020.
(ASDのある方同士では良好な相互理解が形成されやすいことを示した代表的な研究)
ASDはどのように診断するのでしょうか
ASDは、血液検査や頭部MRIなどの画像検査だけで診断できるものではありません。
診断で最も大切なのは、幼少期から現在までの発達の経過を丁寧にたどり、ご本人がどのような場面で困りごとを感じているのかを理解することです。
診察では、ご本人やご家族から生育歴や日常生活について詳しくお話を伺います。必要に応じて、学校や職場での様子、心理検査の結果なども参考にします。
診断にはDSM-5-TRやICD-11などの国際的な診断基準を用いますが、診断基準に当てはまるかどうかだけで判断するわけではありません。
ASDの特性は一人ひとり異なります。また、不安症やうつ病、ADHD、知的発達症、限局性学習症などを併存することも少なくありません。
そのため私たちは、診断名を付けることではなく、その方に必要な支援を一緒に考えることを目的として診断を行っています。
カモフラージュとは
ASDのある方の中には、自分の特性を周囲に気づかれないように努力している方が少なくありません。
例えば、
- 相手の表情を細かく観察して反応を真似する
- 会話の内容を事前に準備する
- 苦手な場面でも無理をして笑顔を作る
- 疲れていても周囲に合わせ続ける
などです。
このような工夫をカモフラージュ(camouflaging)と呼びます。
カモフラージュによって学校や職場で適応しやすくなることもあります。
しかし、その一方で、大きなエネルギーを使い続けるため、帰宅後に強い疲労感を覚えたり、不安症やうつ病などの二次障害につながったりすることがあります。
周囲からは「普通にできているように見える」ため、困りごとが理解されにくいことも少なくありません。
「頑張れているから大丈夫」と考えるのではなく、その努力によってどれほど疲弊しているのかにも目を向けることが大切です。
支援の基本は「環境を整えること」
ASDの支援では、ご本人だけに適応を求めるのではなく、生活環境を工夫することが大切です。
例えば、
- 予定を見える形で示す
- 曖昧な表現ではなく具体的に伝える
- 静かな環境で休憩できる場所を用意する
- 感覚過敏に配慮した環境を整える
といった工夫だけでも、生活しやすくなることがあります。
これは特別扱いではありません。
その方が本来持っている力を発揮しやすくするための環境づくりです。
TEACCHという考え方
ASD支援では、TEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication-handicapped Children)という支援プログラムの考え方が広く用いられています。
TEACCHは、ご本人を「普通の人に近づける」ことを目的とした訓練ではありません。
一人ひとりの特性を理解し、その方が生活しやすい環境を整えることを重視します。
スケジュールを視覚的に示したり、活動の流れを分かりやすくしたりする工夫は、家庭や学校、職場でも取り入れることができます。
ソーシャルスキルトレーニング(SST)
ASDのある方の中には、人との関わり方を練習することで生活しやすくなる方もいます。
そのような場合には、ソーシャルスキルトレーニング(SST)が役立つことがあります。
SSTは「普通の人になるため」の訓練ではありません。
ご本人が安心して人と関わり、自分らしく生活できるようにするための支援です。
ADHDのある方にも有効な場合があり、ADHDの記事でもご紹介しました。
学校や職場との連携
ASDでは、学校や職場での理解が生活のしやすさを大きく左右します。
例えば、
- 指示を具体的に伝える
- 急な予定変更をできるだけ避ける
- 静かな作業環境を確保する
- 感覚特性に配慮する
など、小さな工夫が大きな支えになることがあります。
これらは「甘やかし」ではありません。
合理的配慮とは、その方だけを特別扱いすることではなく、誰もが公平に力を発揮できるよう環境を整えることです。
ASDのある方から私たちが学べること
ASDについて説明すると、「苦手なこと」に目が向きがちです。
しかし診療を続けていると、私たち医療者が患者さんから学ぶことも数多くあります。
例えば、
- 約束やルールを誠実に守ろうとする姿勢
- 物事を論理的に考える力
- 興味のある分野を深く探究する姿勢
- 周囲に流されず、自分なりの価値観を大切にする姿勢
などです。
もちろん、これらはすべてのASDのある方に共通するものではありません。
一人ひとり異なる得意なことと苦手なことがあります。
大切なのは、「ASDだから○○」と決めつけないことです。
支援とは、苦手なことを減らすだけではありません。
その方が持っている力や個性を、安心して社会の中で発揮できるよう支えることでもあります。
薬物療法について
ASDそのものを治す薬は、現在のところありません。
しかし、ASDのある方の中には、
- 強い易刺激性(ちょっとした刺激で怒りやすくなる)
- 激しいかんしゃく
- 自傷行為
- 他害行為
- 強い不安
- 睡眠の問題
などによって、ご本人やご家族が大きな困難を抱えることがあります。
そのような場合には、薬物療法が役立つことがあります。
薬の目的は、「ASDを治すこと」ではありません。
困りごとを和らげ、その方が安心して生活し、本来持っている力を発揮しやすくすることです。
薬物療法は、環境調整や心理社会的支援に代わるものではありません。
それらを支える選択肢の一つとして、ご本人やご家族と相談しながら検討します。
易刺激性に対する薬物療法
リスパダール®(リスペリドン)
リスパダール®は、ASDに伴う易刺激性や激しい興奮、自傷行為、他害行為などに対して有効性が認められている薬です。
怒りや不安が強く、日常生活や学校生活に大きな支障が生じている場合に用いられます。
比較的速やかに効果が現れることが多く、多くの研究で有効性が示されています。
一方で、眠気、体重増加、食欲増加、血中プロラクチン値の上昇などの副作用がみられることがあります。
そのため、少量から開始し、定期的に体重や副作用を確認しながら慎重に調整します。
エビリファイ®(アリピプラゾール)
エビリファイ®も、ASDの易刺激性に対して使用される代表的な薬です。
怒りっぽさや興奮、感情のコントロールが難しい場合などに効果が期待できます。
リスペリドンと比べると体重増加が少ない方もいますが、落ち着きのなさ(アカシジア)や眠気などがみられることがあります。
ご本人の症状や副作用をみながら、最も適した薬を選択します。
薬を使うときに大切なこと
薬は、「困った行動を抑え込むため」に使うものではありません。
また、ご本人を「おとなしくするため」のものでもありません。
私たちが目指しているのは、
ご本人が安心して生活し、学び、人と関わり、本来持っている力を発揮できるよう支援することです。
そのため、薬だけで治療が完結することはほとんどありません。
環境調整、ご家族への支援、学校や職場との連携、必要に応じた心理社会的支援と組み合わせることで、より大きな効果が期待できます。
日常生活でできる工夫
ASDでは、毎日の小さな工夫が生活のしやすさにつながります。
例えば、
- 一日の予定を見える形で示す
- 急な予定変更はできるだけ避ける
- 静かに休める場所を確保する
- 感覚過敏に合わせて衣服や照明を工夫する
- 十分な睡眠と規則正しい生活を心掛ける
などです。
どのような工夫が役立つかは、一人ひとり異なります。
ご本人と一緒に試行錯誤しながら、「自分に合った方法」を見つけていくことが大切です。
Q&A
本人に診断名を伝えた方がよいですか。
診断名を伝えること自体が目的ではありません。
私たちは、ご本人やご家族、学校や職場、そして医療者が協力して困りごとを整理し、生活しやすい環境が整い、「このように工夫すれば大丈夫」という見通しが持てるようになった頃に、ご本人の理解力や年齢に応じて診断についてお話しすることが多くあります。
診断名は、その人を決める「ラベル」ではありません。
困ったときに自分自身を理解し、周囲に支援を求めるための「羅針盤」として役立つものです。
ASDは治りますか。
ASDという特性そのものがなくなるわけではありません。
しかし、成長とともに自分に合った工夫を身につけ、周囲の理解や支援を得ることで、多くの方が自分らしい生活を送っています。
私たちが目指しているのは、「ASDをなくすこと」ではなく、その方が安心して生活し、力を発揮できるよう支援することです。
ASDのある方も友達はできますか。
もちろんです。
友達の作り方や関わり方に戸惑うことはありますが、多くのASDのある方は、人とのつながりを大切にしています。
自分の特性を理解し、安心して過ごせる環境や、自分らしくいられる相手と出会うことで、豊かな人間関係を築いている方もたくさんいます。
友達の数ではなく、「安心して一緒にいられる人がいること」が大切です。
家族はどのように接すればよいですか。
まず大切なのは、「困らせようとしている」のではなく、「困っていることがあるのかもしれない」という視点を持つことです。
叱責や「もっと頑張ればできるはず」という励ましだけでは、かえって苦しさが強くなることがあります。
ご本人の特性を理解し、一緒に工夫を考え、小さな成功体験を積み重ねていくことが、ご本人の自信につながります。
おわりに
ASDという診断は、その人の人生を決めるものではありません。
診断もまた、その人を決めるものではありません。
診断とは、ご本人、ご家族、学校や職場、そして医療者が、お互いを理解し、より良い関わり方を見つけるための「羅針盤」です。
一人ひとり感じ方や考え方は異なります。
だからこそ、違いを「間違い」と捉えるのではなく、「多様性」として理解し、お互いが安心して力を発揮できる社会を目指したいと私たちは考えています。
理解は支援につながります。
支援は、その人が本来持っている可能性を社会の中で発揮することにつながります。
そして、その積み重ねが、お互いを尊重しながら共に生きる社会へとつながっていきます。
さらに詳しく知りたい方へ
- 自閉症スペクトラムがよくわかる本 / 本田秀夫監修 東京 : 講談社, 2015.6
- カモフラージュ : 自閉症女性の知られざる生活 / サラ・バーギエラ 著ほか 東京 : 明石書店, 2023.5
信頼できる情報源
- 日本児童青年精神医学会
- 日本ADHD学会
- 国立精神・神経医療研究センター
- こども家庭庁