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ホーム > 慶應発サイエンス > 慶應発サイエンス >腸内常在細菌叢を用いた薬剤耐性菌・炎症性腸疾患の新規治療 古市宗弘(小児科)、本田賢也(微生物学・免疫学教室)

腸内常在細菌叢を用いた薬剤耐性菌・炎症性腸疾患の新規治療
古市宗弘(小児科)、本田賢也(微生物学・免疫学教室)

研究の背景

近年、抗菌薬が効かない多剤耐性菌(注1)による感染症が、世界中で大きな問題となっています。特に多剤耐性菌の重症感染症を引き起こすことが知られている「クレブシエラ」や「大腸菌」などの菌は、腸内に住み着いて増えることが、感染症発症のリスクとなります。また、これらの菌は炎症性腸疾患(注2)を悪化させることも知られています。

一方で、腸内には、病原菌や耐性菌の増殖を抑える「良い菌」も存在します。最近の研究では、便移植(注3)という方法を使って、これらの「良い菌」を便ごと腸に入れることで、クレブシエラや大腸菌を減らすことができると報告されています。しかし、便移植は使用する便によって効果が異なり、安全性の問題もあるため、まだ広く使われる治療法にはなっていません。

そこで、健康な人の便の中で、実際にクレブシエラや大腸菌の増殖を抑えている「良い菌」だけを取り出して「生菌製剤」として使用すれば、安全かつ効果的な耐性菌対策・炎症性腸疾患の治療になるのではないかと考えました。

研究の概要

まず、菌が全くいない無菌マウス(注4)に口からクレブシエラを投与し腸内に定着させました。その後、健常者の便を投与すると、便中のクレブシエラの菌量は大幅に減少しました(図1)。さらに、投与した健常者の便の一つから31種類の菌を取り出し、その中で特にクレブシエラを腸内から減少させる働きがある18種類の菌を特定しました(図1)。

図1.クレブシエラを排除する菌の探索

図1.クレブシエラを排除する菌の探索
無菌マウスにクレブシエラを定着させ、便や単離した菌を投与し、便中クレブシエラの菌量を測定した。F便からクレブシエラの菌量を大幅に減らせる31種類の菌を単離し、その中でもクレブシエラを減らす効果が高い18種類の菌を特定した。

この18種類の菌は、抗菌薬に耐性をもつクレブシエラや大腸菌、さらに炎症性腸疾患患者で炎症を引き起こすような複数の株に対しても、マウスの腸内で減少させる効果が確認されました。

さらに、炎症性腸疾患のモデルとして使われるIl10-/-マウス(注5)に大腸菌を多く含む炎症性腸疾患患者の便を投与すると、腸内に重度の炎症が起こりました。しかし、この18種類の菌を投与すると、大腸菌が排除され、腸の炎症も軽度になりました(図2)。

図2.<i>Il10<sup>-</sup>/</i><sup>-</sup>マウスの大腸組織

図2.Il10-/-マウスの大腸組織
炎症性腸疾患のモデルとして使用されるIl10-/-マウスに炎症性腸疾患患者の便を投与すると、大腸の組織に重度の炎症がみられたが、さらに18種類の菌を投与すると炎症は軽度であった。

また、クレブシエラがマウスの腸管内でよく増えるような環境では、gntRという遺伝子に変異がある株が特によく増えやすいことが分かりました。このgntRという遺伝子は、クレブシエラにとって重要なエネルギー源の一つであるグルコン酸の取り込みや代謝を抑える役割をもっています。しかし、このgntRに変異がある株では、グルコン酸を効率的に利用できるため、ほかの株よりも早く増殖することが可能になります。実際に、クレブシエラがよく増える環境では、マウスの便中にグルコン酸が多く含まれていることも確認されました。

一方で、18種類の菌が存在すると、gntRに変異がある株が逆に減少し、便中のグルコン酸の量も少ないことが分かりました。このことから、18種類の菌がグルコン酸をより多く消費することで、クレブシエラに必要なエネルギー源が減り、その結果クレブシエラの増殖が抑えられていることが明らかになりました(図3)。

図3.本研究の概念図

図3.本研究の概念図
健常者の腸内常在細菌から取り出した18種類の菌を混ぜ合わせた「腸内細菌カクテル」が、クレブシエラよりも多くのグルコン酸を消費することで、クレブシエラの増殖を抑える効果をもつ。

本研究の成果と意義・今後の展開

今回の研究の結果から、18種類の菌を混ぜ合わせた「生菌製剤」をクレブシエラや大腸菌の耐性菌を保菌している人に用いることで、耐性菌による感染症発症予防となる可能性が示されました。さらに炎症性腸疾患患者に使用することで、クレブシエラや大腸菌により悪化した症状の改善も見込まれます。この治療法は、抗菌薬に頼らず、効果的で安全な新しい治療戦略として期待できます。

【用語解説】

(注1)多剤耐性菌
多くの抗菌薬に対して耐性をもつ細菌。これらの菌による感染症を発症した際に通常の治療では効果がなく、治療が難しくなる。現在世界中で問題となっており、特にカルバペネムという広域抗菌薬に耐性をもつ腸内細菌科細菌は2019年にはCDCから切迫した脅威として取り上げられている。

(注2)炎症性腸疾患
クローン病や潰瘍性大腸炎など、慢性的な腸の炎症が起こる疾患。原因は完全に解明されていないが、遺伝的要因と環境要因が関与していると考えられている。環境要因の一つとして、炎症性腸疾患の患者から分離されたクレブシエラが腸の炎症を惹起していることが確認されている。

(注3)便移植
健康な人の便を病気の患者の腸管内に投与し、腸内細菌叢を整えることで疾患の改善を期待する治療法。再発性クロストリディオイデス・ディフィシル感染症や難治性炎症性腸疾患などのほか、様々な疾患で研究が行われている。まだ研究段階であり、投与方法や投与量など確立されていない。

(注4)無菌マウス
無菌状態で飼育できる特殊な飼育装置(アイソレーター)内で滅菌した餌のもと飼育した、腸内細菌や皮膚などの常在菌を含め、細菌や微生物を全くもたないマウス。常在菌をもたないため、生理学的、免疫学的にいくつかの異常がみられるが、健康な状態を維持している。

(注5)Il10-/-マウス
インターロイキン-10(IL-10)という遺伝子を欠損させたマウス。IL-10は、免疫反応を抑制する役割をもつサイトカインであり、炎症反応を抑える働きをもつ。腸内細菌の刺激により慢性腸炎を自然発症するため、炎症性腸疾患のモデルマウスとして研究に使用されている。

参考文献

Commensal consortia decolonize Enterobacteriaceae via ecological control.
Furuichi M, Kawaguchi T, Pust MM, Yasuma-Mitobe K, Plichta DR, Hasegawa N, Ohya T, Bhattarai SK, Sasajima S, Aoto Y, Tuganbaev T, Yaginuma M, Ueda M, Okahashi N, Amafuji K, Kiridoshi Y, Sugita K, Stražar M, Avila-Pacheco J, Pierce K, Clish CB, Skelly AN, Hattori M, Nakamoto N, Caballero S, Norman JM, Olle B, Tanoue T, Suda W, Arita M, Bucci V, Atarashi K, Xavier RJ, Honda K.
Nature. 2024 Sep;633(8031):878-886. doi: 10.1038/s41586-024-07960-6. Epub 2024 Sep 18.

最終更新日:2025年3月3日
記事作成日:2025年3月3日

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