CAR-T細胞療法の効果と安全性を高める人工サイトカイン受容体
籠谷勇紀(先端医科学研究所がん免疫研究部門)
研究の背景
体の中にある免疫細胞を利用してがんの治療を行う「がん免疫療法」が新しい治療法として期待されており、その代表例としてキメラ抗原受容体(CAR)-T細胞療法が挙げられます。この治療では免疫細胞の1つであるT細胞を患者さん本人の血液から取り出し、体外でCARを発現させる人工の遺伝子を導入することで、がん細胞のみを強力に攻撃できるように加工した後に再び体内に戻します(図1)。
図1.CAR-T細胞療法の概要
多くの場合、患者さん自身の血液中のT細胞を用いて、CAR遺伝子を体外で導入してから体内に戻す。CARは標的の認識に本来B細胞がもつ抗体を活用しており、その直下にT細胞を活性化させる分子を連結させた構造を有する。
CARはB細胞という別の免疫細胞が本来作る抗体を活用して特定の分子に強く結合することができます。さらに抗体部分にT細胞を活性化させるための分子を連結することで、T細胞が標的とするがん細胞のみを攻撃できるようになっており、血液がんである悪性リンパ腫、急性白血病の一部のタイプに対して高い効果を示し、既に臨床で用いられています。原理的には標的とする分子を変えることでどのようながんにも応用できることから、将来的には幅広いがんへの応用が期待され、世界中で研究開発が盛んに展開されています。
しかし、一時的に効果が見られた患者さんでも、がん細胞が完全に消える前にCAR-T細胞が寿命を迎えて徐々になくなり、残ったがん細胞が再び増殖することで再発が起こります。例えば現在臨床で用いられているB細胞性悪性リンパ腫に対して、CAR-T細胞療法で長期治癒が得られる患者さんは全体の30%程度にとどまっています。一方、治療の効果が高かった患者さんではCAR-T細胞の過剰な増殖により、サイトカイン放出症候群(注1)と呼ばれる重い副作用が起こることがあります。これは増殖したCAR-T細胞により体の中のマクロファージという免疫細胞が活性化され、炎症に関わるサイトカインであるIL-6が血液中に放出されることにより起こると考えられています。CAR-T細胞療法の効果が高まると必然的に毒性も強くなることから、有効性と安全性をいかに両立させるかが課題となります。
研究の成果
本研究では、CAR-T細胞療法の副作用を抑えながらその治療効果を高めるための人工のサイトカイン受容体を開発しました。この受容体は、サイトカイン放出症候群の発症に深く関わることが知られているサイトカインIL-6を吸着する受容体と、T細胞が長期間生きながらえるために重要なサイトカインであるIL-7に対する受容体をつなぎ合わせたものです。さらにIL-7受容体の特定の部分にアミノ酸変異を加えることで、あたかも常にIL-7を加えているかのように受容体が働き、T細胞の生存を高めるシグナルを恒常的に送れるように改良しました。CARとは別にこの人工受容体をT細胞に遺伝子レベルで導入することで、人工サイトカイン受容体を搭載したCAR-T細胞を作製できます(図2)。
図2.CAR-T細胞療法の治療効果と安全性を同時に高める人工サイトカイン受容体の開発
細胞外に露出しているIL-6受容体を介して周囲のマクロファージが分泌したIL-6をT細胞自身が取り込むことができる。同時に細胞内に接続しているIL-7受容体は、T細胞の長期生存に有利なシグナルを送ることができる。
この人工サイトカイン受容体を搭載したCAR-T細胞は、サイトカインIL-6をT細胞自身の中に取り込んで分解することで、細胞外にあるIL-6濃度を大きく減らせることを確認しました。培養実験での検証に加えて、ヒトの血液細胞をマウスの体内で再構築させて、体内での挙動を調べることができる「ヒト化マウス」のモデルでも検証を行いました。人工サイトカイン受容体搭載CAR-T細胞はマウスの体内でも非常に高い増殖力を示したものの、IL-6受容体を搭載しておくことで、IL-6の過剰な上昇を防げることが確認されました。
さらに、人工サイトカイン受容体を搭載したCAR-T細胞は、現在用いられているCAR-T細胞と比較して高い増殖力を持ち、優れた治療効果につながることを白血病や膵臓がんなどの複数のがん治療モデルを用いて確認しました。治療効果が高まるメカニズムを調べるために、RNAシークエンスという手法を用いてT細胞の遺伝子発現の変化を網羅的に調べたところ(注2)、IL-7シグナルで活性化される遺伝子群の上昇が確かに見られました。特にT細胞が標的細胞を攻撃するエフェクター反応に関わる遺伝子や、長期生存に関わる遺伝子群の発現上昇が見られました。
今後の展開
今回の研究では、血液がん、膵臓がんを標的としたCAR-T細胞を作製して治療効果を示しました。しかしこの人工遺伝子はあらゆるCAR-T細胞に搭載することが可能で、今後幅広い種類のがんに対して治療効果と安全性に優れたCAR-T細胞の開発につながることが期待されます。まずは一定の臨床効果が既に見られている血液がんに対するCAR-T細胞療法の効果、安全性をさらに高められることを示すための治験実施を目指しており、その前段階としての非臨床試験の準備を進めている段階です。
【用語解説】
(注1)サイトカイン放出症候群
CAR-T細胞が、がん細胞を認識して増殖することで、体内の様々な免疫細胞にも影響を及ぼす。特にマクロファージと呼ばれる免疫細胞が活性化されると、全身の炎症を誘導するサイトカインというタンパク質を分泌する。このうち特にIL-6と呼ばれるサイトカインが発熱、血圧低下など、時に重篤な副作用に関わることが知られており、サイトカイン放出症候群と総称されている。
(注2)
細胞の性質は20,000種類以上ある遺伝子の発現レベル(どれぐらいの量が細胞内に存在するか)によって決定される。この遺伝子は細胞内の核に存在するDNAに組み込まれているが、それらがタンパク質として発現するにはRNAへの転写がまず起こる。そこで個々の遺伝子のRNA配列を網羅的に解読(シークエンス)し、そのカウント数を調べることで、細胞がそれぞれの遺伝子がどの程度発現しているかを定量的に推定することができる。
参考文献
Development of a chimeric cytokine receptor that captures IL-6 and enhances the antitumor response of CAR-T cells.
Yoshikawa T, Ito Y, Wu Z, Kasuya H, Nakashima T, Okamoto S, Amaishi Y, Zhang H, Li Y, Matsukawa T, Inoue S, Kagoya Y.
Cell Rep Med. 2024 May 21;5(5):101526. doi: 10.1016/j.xcrm.2024.101526. Epub 2024 Apr 25.
最終更新日:2024年10月1日
記事作成日:2024年10月1日
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