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頸動脈小体腫瘍の原因遺伝子の特徴と発症の仕組みを解明
吉浜圭祐、小澤宏之(耳鼻咽喉科)

研究の背景

頸部に発症する腫瘍のひとつである頸動脈小体腫瘍は、脳に血流を送る重要な血管である頸動脈を取り囲むように進行し、脳への血流障害や頸部を走る様々な神経の障害を引き起こします。頸動脈小体腫瘍を根治する方法は手術による切除しかありませんが、手術には大量出血、脳梗塞、神経の障害などのリスクが伴います。したがって、高齢の患者さんやほかに持病のある患者さんでは、ハイリスクな手術に耐えることができない場合があります。また非常に大きくなった頸動脈小体腫瘍は、リスクが高すぎるため手術で取りきることができず、さらに頸動脈小体腫瘍がほかの臓器に転移すると、生命を失う場合もあります。摘出手術が困難で治療方法がない頸動脈小体腫瘍に対して、新しい治療の開発が必要であり、その糸口となる原因の解明が待たれています。

頸動脈小体腫瘍は、その約10%は常染色体顕性(優性)遺伝で発症する遺伝性腫瘍であり、患者さんの生まれもった遺伝子変異が頸動脈小体腫瘍の発生に関係するという仮説が報告されています。しかし、頸動脈小体腫瘍の原因としてどんな種類の遺伝子がどの程度の頻度で関わっているかなどについて、まだ十分解明されていません。特に日本人およびアジア人の遺伝子の特徴は欧米の過去の論文とは異なる可能性があり、その解明が望まれています。

本研究グループは、慶應義塾大学病院での頸動脈小体腫瘍の患者さんを対象に、そのDNAや手術で摘出した腫瘍に存在するタンパク質を解析した結果から、解明された腫瘍の発症メカニズムについて報告を行いました。

研究の内容と成果

当院にて、研究に同意された頸動脈小体腫瘍の患者さん30名を対象に血液から抽出したDNAの検査を行った結果、15名(50%)に病気の原因とみられるDNAの変化が検出されました(図1)。その内訳はSDHB(7例、23%)、SDHA(4例、13%)、SDHD(3例、10%)、SDHAF2(1例、3%)という4種類の遺伝子でした。このほかにも、がんの発症に関連すると知られる遺伝子に、病気との関係が分からないDNAの変化を合計68か所に検出しました。こうしたDNAの変化が、今後の研究を継続することで新たに病気の発症や進行に関わることが判明する可能性があります。

図1.頸動脈小体腫瘍の原因と判明した15名の患者さんのDNA配列変化

図1.頸動脈小体腫瘍の原因と判明した15名の患者さんのDNA配列変化
DNAを構成するA(アデニン)・G(グアニン)・T(チミン)・C(シトシン)の配列を解析した結果である。矢印のような配列の乱れがタンパク質の構造を変化させる原因になる。なお、15名の患者さんのうち2名は親子であり、同じ変化が検出された。

原因と判明した4種類の遺伝子のうち、SDHD遺伝子を原因とする3名すべての患者さんの家族には、頸動脈小体腫瘍を発症した人(うち2名は同じ家系)がいましたが、そのほかの遺伝子を原因とする12名の患者さんの家族には、頸動脈小体腫瘍を発症した人はいませんでした。SDHD遺伝子変異をもつ人は、ほかの原因遺伝子に比べて生涯で頸動脈小体腫瘍を発症する確率が高い可能性が示唆されました。

血液中のDNAから遺伝子変異が検出された患者さんのうち、3名に手術で摘出した腫瘍から抽出したDNAの検査を行いましたが、生まれつきの変化以外に腫瘍の細胞が新たに獲得した遺伝子変異は検出されませんでした。これは常染色体顕性(優性)遺伝の遺伝性腫瘍の多くがもつ特徴に合致しない結果であり、今回の検査方法では検出できなかった何らかの遺伝子の機能に影響するメカニズムが存在する可能性があります。

さらに手術治療を受けた患者さん14名を対象に、腫瘍中にSDHBタンパク質(注1)の存在を評価するための実験(免疫組織化学)を行いました(図2)。SDHB遺伝子が正常に機能している細胞にはSDHBタンパク質が存在しているはずですが、14例中9例の頸動脈小体腫瘍でSDHBタンパク質のシグナルは陰性でした。この9例のうち5例が血液中のDNAに原因となる何らかの遺伝子変異をもっていました(図3)。SDHBタンパク質シグナルが陰性であったのに血液中DNAには病的なDNAの変化を保有しなかった4名の患者さんでは、本研究で検討したもののほかにタンパク質の機能を抑制する何らかの原因が存在する可能性が示唆されました。一方、SDHBタンパク質のシグナル陽性であった残りの5名は、全員が血液中のDNAに原因とみられる変化を検出せず、頸動脈小体腫瘍の一部はSDHBタンパク質の機能低下によらない新たな発症原因が存在することが分かりました。

図2.タンパク質の存在を評価する実験(免疫組織化学)結果の例

図2.タンパク質の存在を評価する実験(免疫組織化学)結果の例
SDHBタンパク質に茶色の色素を結合させて着色している。正常な細胞ではシグナル陽性となるはずだが、頸動脈小体腫瘍の一部は染色がされずシグナル陰性だった。

図3.遺伝子およびタンパク質の評価結果まとめ

図3.遺伝子およびタンパク質の評価結果まとめ
遺伝子変異とタンパク質の解析結果から、頸動脈小体腫瘍の原因はいくつかのパターンに分けられた。

今後の展望

今回、本研究グループが明らかにした頸動脈小体腫瘍の原因遺伝子とその特徴は、頸動脈小体腫瘍の正確な診断や、患者さんやそのご家族に対する遺伝カウンセリングに活用できます。さらに2022年に立ち上げた「日本頭頸部傍神経節腫研究会」は、頸動脈小体腫瘍をはじめ、頭頸部に発生するすべての傍神経節腫(迷走神経傍神経節腫、中耳グロムス腫瘍など)に対象を拡大し、日本全国の患者さんにも参加をお願いすることで、本研究内容をさらに発展させ、腫瘍の発症や進展に関わるメカニズムの解明を目指しています。これらの成果が将来には新規の治療法開発につながることを期待しています。

【用語解説】

(注1)SDHBタンパク質(図4)
頸動脈小体腫瘍の発症原因の一部は、コハク酸脱水素酵素(Succinate dehydrogenase:SDH)という成分の機能に関わる遺伝子の変異と考えられている。SDHはミトコンドリア内膜上に存在し、SDHA、SDHB、SDHC、SDHDの4つのタンパク質が組み合わされている。これら4つのタンパク質それぞれの設計図となるDNA配列情報をもっているのが、SDHASDHBSDHCSDHDという同じ名前の遺伝子である。これらの遺伝子の変異がSDHの機能を障害することが、腫瘍を発生させるという仮説が報告されている。 欧米での論文では、SDHB遺伝子のほかにSDHDSDHA遺伝子の変異をもつ患者さんの腫瘍でもSDHBタンパク質のシグナルは陰性になると報告されており、今回の研究でもこの特徴のとおりであることが分かった。これはSDHの1つのタンパク質が構造の異常をきたすことにより、ほかのタンパク質もミトコンドリア内膜上に安定して存在できなくなることによると考えられている。

図4.SDHBタンパク質の位置と機能の模式図

図4.SDHBタンパク質の位置と機能の模式図
ミトコンドリア内膜上に、SDHA、SDHB、SDHC、SDHDの4つのタンパク質が組み合わさり存在している。これらのタンパク質は細胞内で腫瘍の発生原因となる様々な成分を抑えている。

参考文献

Molecular basis of carotid body tumor and associated clinical features in Japan identified by genomic, immunohistochemical, and clinical analyses.
Yoshihama K, Mutai H, Sekimizu M, Ito F, Saito S, Nakamura S, Mikoshiba T, Nagai R, Takebayashi A, Miya F, Kosaki K, Ozawa H, Matsunaga T.
Clin Genet. 2023 Apr;103(4):466-471. doi: 10.1111/cge.14294. Epub 2023 Jan 14.

最終更新日:2023年9月1日
記事作成日:2023年9月1日

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