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血管により硬い歯がつくられる仕組みを解明 久保田義顕(解剖学教室)

研究の背景

歯は骨よりさらに硬く、人体で最も硬い構造物です。歯は食事や会話において重要な役割を果たしますが、特に食事においてはその硬さが不可欠です。歯の中央部には歯髄(注1)というやわらかい組織があり、ここに血管や神経が通っており、歯の栄養補給、免疫、痛覚を担っています。特に深くまで進んだ虫歯(う蝕)の治療において、いわゆる「根の治療」を行いますが、これは歯髄の血管や神経を徹底的に取り除いてきれいにし、その部分に充填剤を流し込んで埋めるというものです。この歯髄の血管が歯の発生、特にもともとやわらかい幼弱な歯が硬くなる過程で、なんらかの役割を果たしていることは示唆されてきました。しかし、他のやわらかい組織とは違い、組織を細かく観察するために歯の「切片を切る」という作業が、その硬さゆえにほぼ不可能であったため、血管がどのように歯に入っていくか、そして血管がどのように歯の硬さに貢献しているかは不明でした。

方法と結果

本研究では、歯の血管を可視化すべく、従来骨で行われてきた脱灰や免疫染色の実験操作を改変したうえで、その溶液の組成や時間にさまざまな試行錯誤を繰り返し、マウスの歯の「切片を切る」ことに成功しました。そして、歯の血管の立体構造を単一細胞レベルで可視化する技術を確立しました。この技術を用いて歯の血管の走行を詳細に観察した結果、歯の硬化を担う象牙芽細胞(注2)の周辺にまとわりつき、血管の成長に必須であるVEGF(注3)の受容体を強く発現し、かつ周りに旺盛に突起を伸ばし、周囲の細胞と積極的にコンタクトしようとするユニークな血管細胞(図1)を見出しました。本研究グループは、これを傍象牙芽細胞先端様血管内皮細胞(periodontal tip-like endothelial cell : POTC)と名付けました。

図1.新規イメージング技術により可視化された歯の血管の立体構造

図1.新規イメージング技術により可視化された歯の血管の立体構造
(A)歯の血管の全体像、(B)歯髄辺縁分の拡大図。血管が象牙芽細胞の間に割って入り(矢印)、突起を伸ばして積極的にコンタクトしている像が明瞭に観察される。

次に、シングルセルRNAシーケンシング(注4)によりPOTCの遺伝子発現プロファイルを解析したところ、他の血管内皮細胞とは異なる特徴的な遺伝子発現パターンが見られました。特に上記の旺盛に突起を伸ばす性質や、高いVEGF受容体の発現が裏付けられるとともに、象牙芽細胞を成熟させる因子や歯のミネラルの主成分であるカルシウムやリンのトランスポーターを強く発現していることを見出しました。これらの知見より、以降このPOTCにフォーカスし、さまざまな遺伝子改変マウスを用いて、POTCの機能を解析することにしました。またVEGF受容体の遺伝子改変マウスの解析結果から、POTCは、他の血管に比べて可塑性(外界の変化に対応し、成長したり伸縮したりする能力)が高いこと、そして歯を硬化させる象牙芽細胞の能力を高めるような物質を放出していること、そしてリンなどの歯の硬化に必要な成分を象牙芽細胞に提供していることを見出しました。
一方、象牙芽細胞からはVEGFが供給され、POTCの受容体に結合することで成長を促している、つまりPOTCと象牙芽細胞は相互依存関係にあり、その相互作用が歯の硬化には必須であることを見出しました(図2)。

図2.血管が歯を硬化させる仕組み

図2.血管が歯を硬化させる仕組み
血管は、象牙芽細胞の成熟を促すような物質を放出し、歯の硬化に必須のミネラルであるリンを象牙芽細胞に提供している。一方、象牙芽細胞からはVEGFが供給され、血管の成長を促している。この血管と象牙芽細胞との互恵関係が歯の硬化には必須である。

*図1,2は参考文献のFigure 1J-K, Figure 9Gより転載(一部改変)

今後の展開

本研究では、世界で初めて、歯の組織の高精度イメージングを可能にしただけではなく、その技術を用いて、歯の硬化に重要な特定の血管細胞集団を同定し、血管による歯の硬化の詳細なメカニズムを解明しました。将来的には、本研究で見出された細胞メカニズム、網羅的に同定された血管由来の象牙芽細胞成熟因子などの解析をさらに進めることによって、虫歯・歯周病により失われた歯の再生への応用が期待されます。

【用語解説】

(注1)歯髄
歯の中心に位置し、歯の硬い組織で囲まれた空洞(歯髄腔)にあるやわらかい組織。この中に神経や血管が多量に含まれ、痛みの発生や血流を通じて、歯の健康を保つための構造。

(注2)象牙芽細胞
歯髄の最外層にある細胞。エナメル質と並んで、歯の硬い成分の一つである象牙質をつくり、これが石灰化することが、歯の硬化の過程の一つである。

(注3)VEGF:血管内皮細胞成長因子(Vascular endothelial growth factor)
1989年、Napoleon Ferraraらによって発見されたタンパク質。強力な血管に対する増殖作用を有し、生体内における血管の発生、伸展に必須の分泌性タンパク質である。遺伝学的VEGFを欠損させたマウスでは体内に血管が全くつくられず、胎生初期に致死となる。

(注4)シングルセルRNAシーケンシング
次世代シーケンサーを用いた最新の分子生物的手法。組織内の一個一個の細胞の遺伝子発現を網羅的に解析することで、個々の細胞の異なる生態や類似性を把握し、細胞亜集団の動態を包括的に理解することができる。

参考文献

Coupling of angiogenesis and odontogenesis orchestrates tooth mineralization in mice.
Matsubara T, Iga T, Sugiura Y, Kusumoto D, Sanosaka T, Tai-Nagara I, Takeda N, Fong GH, Ito K, Ema M, Okano H, Kohyama J, Suematsu M, *Kubota Y.
J Exp Med. 2022 Apr 4;219(4):e20211789. doi: 10.1084/jem.20211789.

左より:筆頭著者の松原智子(解剖学教室 大学院博士課程)、最終著者の久保田義顕(同教授)

最終更新日:2022年7月1日
記事作成日:2022年7月1日

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