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新生児線状IgA水疱性皮膚症 ~発生メカニズムの解明~
江上将平、山上淳、天谷雅行(皮膚科)

研究の背景と概要

免疫は身体にとって有害な異物を排除して、健康を維持するための重要な機能です。自己免疫疾患では自分を守るはずの免疫が体内の細胞組織を攻撃する機能異常が起きます。“自己免疫性水疱症”と呼ばれる皮膚の自己免疫疾患では、皮膚を攻撃する抗体(自己抗体)を介して病気が発症します。免疫グロブリン(immunoglobulin:Ig)とも呼ばれ、体内に侵入してきた微生物等に対する防御に重要な役割を担っている抗体にはIgM, IgD, IgG, IgA, IgEと5種類のアイソタイプが存在します。その中のIgG抗体は胎盤を通過し、母体から胎児に移行することで抗体産生が未熟な胎児を守っています。その際、母体の血中にIgG型の自己抗体が存在すると、胎盤を通じて胎児に移行して皮膚に症状を出すことが知られていました。抗SS-A IgG抗体などによって生じる新生児ループスはよく知られており、抗デスモグレイン IgG抗体を持つ天疱瘡の母親から生まれて水疱を生じる新生児天疱瘡も報告されています。

一方で、IgGではなくIgAによって引き起こされる自己免疫疾患もあります。線状IgA水疱性皮膚症は自己免疫性水疱症の一つで、皮膚の表皮真皮境界部に対する自己反応性のIgA抗体(注1)によって、びらん・水疱が引き起されます。小児または40歳以上の成人によく起こる病気ですが、新生児でもこれまでに世界で11例の報告があり、皮膚の水疱だけでなく粘膜のびらん、気道閉塞など致死的な病態を引き起こします。IgA抗体はIgG抗体と異なり胎盤を通過せず、また過去に報告された患児の母親は全て無症状で自己抗体も血中から見つからなかったことから新生児IgA水疱性皮膚症では病原性IgA抗体(自己抗体)の由来が不明でした。

研究の成果と意義・今後の展望

線状IgA水疱性皮膚症では臨床所見と病理所見に加えて、病変皮膚にIgA抗体が結合していることを証明することで診断が確定します。組織に抗体が結合しているか確認するには、蛍光抗体法という手法があります。目的の抗体に対して反応する蛍光標識した抗体を用いて組織を染色します。蛍光抗体法には病変の皮膚を染色する直接蛍光抗体法と、正常の皮膚に患者さんの血液や体液をかけて、二次的に染色する間接蛍光抗体法があり、前者では組織に抗体が結合していることが証明でき、後者では血中や体液内に自己抗体が存在することを証明できます。

患児皮膚では直接蛍光抗体法で皮膚の表皮真皮境界部にIgA抗体の沈着が認められ、1M食塩水で剥離したヒト皮膚切片を用いた患児血清の間接蛍光抗体法では、病原性IgA抗体が真皮側の抗原に結合していることが分かりました。しかし、患児母の血清を用いた間接蛍光抗体法では皮膚に結合するIgA抗体は認められませんでした。この結果から本研究グループは、患児皮膚に存在するIgA抗体が、患児母の血液からの移行でなく母乳を介した移行による可能性を考えました。そこで、母乳内のIgA抗体を精製し、ヒト皮膚検体を用いて間接蛍光抗体法を行うことで、患児血清同様に真皮側の抗原に結合するIgA抗体が患児母の母乳中に存在することを明らかにしました。また、J鎖(注2)に対する免疫染色を行うことで、患児の皮膚に結合しているIgA抗体が成人線状IgA水疱性皮膚症でみられる血清型IgA抗体ではなく、母乳などの体液内に存在する分泌型IgA抗体であることを証明し、母乳由来のIgA抗体が患児皮膚に結合し病気を引き起こしていることを証明しました。これらの病原性IgA抗体の標的抗原分子を今回の研究では突き止めることができませんでしたが、過去の新生児線状IgA水疱性皮膚症の報告ではいずれも患児血清中にみられた病原性IgA抗体は皮膚の真皮側抗原に反応しており、標的抗原が患者ごとに異なるわけではなく共通している可能性が示唆されます。

図1.蛍光抗体法

図1.蛍光抗体法
患児の皮膚には病原性IgA抗体が結合して病気を引き起こしていた。患児の血中と患児
母の母乳中には皮膚に結合する病原性IgA抗体が 存在していた。


本研究では病原性IgA抗体が母乳由来であることが分かったことで、新生児線状IgA水疱性皮膚症では速やかに母乳栄養を中止することで患児の重症化を防げることが期待されます。また、新生児自己免疫疾患の発症メカニズムとして母乳による受動免疫(注3)があることが新たに明らかにされました。新生児の感染防御には、前述した胎盤を通じて移行するIgGとともに、母乳を介して移行するIgAも重要であることが知られています。特に分娩直後に分泌される初乳には高濃度のIgAが含まれることが知られており、私たちが経験した症例を含めて、これまでに報告された新生児線状IgA水疱性皮膚症で重篤な粘膜症状が見られることと関連があると考えられます。

図2.受動免疫を介した新生児自己免疫性疾患の発症機序

図2.受動免疫を介した新生児自己免疫性疾患の発症機序
IgA抗体を介する自己免疫性疾患である線状IgA水疱性皮膚症は母乳を介して新生児に病気を引き起こした。


【用語解説】

(注1)Ig A抗体
抗体の1種で体内ではIg Gに次いで2番目に多い抗体。血液中に存在する血清型と唾液や母乳などの分泌液内に存在する分泌型が存在する。

(注2)J鎖
粘膜に分泌されるのに必要な抗体の構成蛋白質。Ig A抗体では分泌型に結合している。

(注3)受動免疫
自分以外の個体から生成された抗体によって得られる免疫

参考文献

Neonatal Linear IgA Bullous Dermatosis Mediated by Breast Milk–Borne Maternal IgA.
Egami S, Suzuki C, Kurihara Y, Yamagami J, Kubo A, Funakoshi T, Nishie W, Matsumura K, Matsushima T, Kawaida M, Sakamoto M, Amagai M.
JAMA Dermatol. Published online July 14, 2021. doi:10.1001/jamadermatol.2021.2392


左より:責任著者の天谷雅行(皮膚科学教室教授)、筆頭著者の江上将平(同共同研究員)、指導医の山上淳(現所属・東京女子医科大学皮膚科)

最終更新日:2021年10月1日
記事作成日:2021年10月1日

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