免疫の暴走を開始時に防ぐ仕組みを解明 竹馬俊介、吉村昭彦(微生物学免疫学教室)
T細胞とは?
私たちの体に備わる免疫系は、Tリンパ球(T細胞)によって指揮され、ウイルス、細菌、真菌などに対する抵抗力として必須のシステムです。体内には、数億種類にわたる「異物」に反応することができるT細胞のレパートリーが存在し、1種類の異物に対しては、それに反応できる唯一のT細胞が活性化することで、「鍵と鍵穴」のように、異物特異的な反応を起こします。
免疫反応は、「異物」をとらえた樹状細胞(注1)が、この「異物の一部」を認識できるT細胞に提示する「抗原提示」によって開始されます。抗原提示を受けたT細胞は、分裂して自らのコピーを増やすとともに、免疫反応の指揮官(ヘルパーT細胞)として抗体産生細胞を指揮したり、兵隊(キラーT細胞)へと分化して敵を攻撃したりします。また、敵に勝利した後も記憶(メモリー)細胞として体内に残り、生涯にわたって体を守ります。
T細胞は強力な免疫応答を起こしますが、本来害のない相手や、自己組織を敵とみなして活性化し、炎症やアレルギー、自己免疫疾患(乾癬、リウマチ性関節炎、一型糖尿病、多発性硬化症など)といった、体に有害な反応を起こすことがわかっています。
研究の背景
老化に伴って免疫反応が不正確になり、本来の敵である病原体に対する免疫反応が弱まる一方、不必要な炎症が起こり、体に不具合をもたらすことが知られています。COVID-19においても、お年寄りの多くには過剰な炎症反応が起こり、命を脅かすことが明らかとなりました。
T細胞反応の開始点である「抗原提示」に異常が生じると、T細胞の活性化が弱すぎたり、強すぎたりして、それぞれ免疫不全や炎症性疾患を起こす可能性があります。しかし、これまで免疫老化を抗原提示の異常という視点から解析した研究は稀有でした。
研究の方法と結果
我々研究グループは、老化マウスの樹状細胞に起こる変化を解析する過程で、TRIM28という分子の発現が、老化によって弱まっていることに気づきました。
TRIM28は、細胞に刻まれた遺伝情報(ゲノム)上での遺伝子発現を、抑制(サイレンシング)する分子として知られていました。つまり、TRIM28が免疫細胞で機能しなくなると、本来免疫反応に不必要な遺伝子や、炎症を促進するような有害遺伝子が発現する可能性があります。これが、老化における免疫系の不具合を説明しうるのではないかと考え、TRIM28を樹状細胞のみで欠損させた遺伝子改変マウス(DCKOマウス)を作成しました。これによって、DCKOマウスより単離した樹状細胞は、T細胞を通常の免疫反応より強く増殖させ、炎症性細胞へと分化させること、DCKOマウスは、行き過ぎた免疫活性化により強い自己免疫反応を起こすことがわかりました。
図1.
樹状細胞は感染部位より、T細胞が豊富に存在するリンパ節に病原体の一部(抗原)を輸送する(左)。樹状細胞は、リンパ節で、T細胞に抗原提示を行う。抗原に反応したT細胞は、自ら増殖、分化し、免疫反応を行う(右上)。老化によって細胞の核に存在する、TRIM28タンパクの発現低下が老化によって引き起こされると、樹状細胞による抗原提示に異常が生じ、過剰なT細胞活性化が引き起こされる。
細胞内で発現する遺伝子の網羅的解析を行ったところ、TRIM28を欠損した樹状細胞では、多くの炎症性遺伝子が発現することがわかりました。この原因を、細胞に含まれる全ての遺伝子(ゲノム配列)について詳しく追究したところ、ゲノム上に散在する「内在性レトロウイルス」と呼ばれる配列(ERV:注2)の一部が本来の抑制を受けずに細胞内に発現誘導されることや、これらのERVは、T細胞を活性化する「異物抗原」として発現したり、近傍の炎症遺伝子を巻き込んで、同時に発現誘導したりすることにより、体内の免疫系を炎症状態へ導くことがわかりました。
図2.
TRIM28の機能低下により、ゲノム上のERV抑制不全が起こり、炎症を促進する。
本研究の成果と意義・今後の展開
今回の研究で、ゲノム上のERVが抗原提示能を狂わせ、T細胞性の炎症を起こす可能性があるため、TRIM28が常に抑制を行っている、ということが明らかになりました。老化したマウスにおいては、免疫系細胞においてTRIM28の機能低下とERV発現が見られ、当研究より、多くの老化個体に起こる炎症形質の一端が明らかになりました。
今後はヒトの研究にも発展させ、老化に伴って起こる炎症や、自己免疫疾患におけるERVの機能を明らかにしていきます。また、低分子化合物などによって人為的にTRIM28の機能を増強するとERVや炎症関連遺伝子を抑制することができると考え、自己免疫疾患、炎症性疾患を治療するための新規シーズとして、今後の研究を行っていく予定です。
参考文献
TRIM28 Expression on Dendritic Cells Prevents Excessive T Cell Priming by Silencing Endogenous Retrovirus.
Chikuma S, Yamanaka S, Nakagawa S, Ueda MT, Hayabuchi H, Tokifuji Y, Kanayama M, Okamura T, Arase H, Yoshimura A.
J Immunol. 2021 Apr 1;206(7):1528-1539. doi: 10.4049/jimmunol.2001003. Epub 2021 Feb 22.
【用語解説】
(注1)樹状細胞
免疫反応の初期に、外来抗原を補足し、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)分子に乗せてT細胞への抗原提示を行う細胞。ノーベル賞受賞者の、Ralph Steinman博士によって発見された。
(注2)内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus: ERV)
進化の過程で感染したレトロウイルスが、ゲノム上にDNAとして残存した配列。ERVを含むLTRレトロトランスポゾンは、ヒト、マウスにおいてゲノム配列の10%ほどを占め、遺伝子サイレンシングを受けている。
左より:竹馬俊介(微生物学免疫学教室准教授)、吉村昭彦(同教授)
最終更新日:2021年6月1日
記事作成日:2021年6月1日
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