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毎日1時間の水素吸入が自律神経のバランスを整え、降圧効果を発揮 多村知剛(救急科)、佐野元昭(循環器内科)、小林英司(ブリヂストン臓器再生医学寄附講座)

研究の背景

脳卒中・循環器病は、我が国では年間約33万人が死亡する驚異的な疾患です。この疾患は、生活習慣の改善等で予防が可能です。なかでも高血圧は循環器病の最大の危険因子であり、高血圧を制することが、循環器病を制する第一歩といえます。日本の高血圧患者さんは約4,300万人と推定されており、日本人のおよそ3人に1人が高血圧という状況です。しかし、そのうちの約半数しか治療をしておらず、血圧を140/90 mmHg未満にコントロールしている人は全高血圧患者数の3割にも達していません。そのため、高血圧対策は喫緊の社会的課題といえます。

これまで、ストレスに伴う心身の過剰な反応や誤作動を水素が緩和することを示す基礎・臨床研究の結果が報告されてきました。水素には抗酸化、抗炎症作用があることが知られています。一方、高血圧の改善には体内への水素導入が有効であると報告されてきました。水電気分解によって製造した水素溶解水を用いた新たな透析システムを用いることで、従来の標準的透析治療と比べて、透析後の高血圧が改善され、死亡数および心脳血管病の発症リスクが有意に抑制されることが報告されています。

高血圧の原因の一つは、脳からの交感神経出力の過度の増加にあると考えられています。腎臓にストレスが加わると、その情報が神経回路を介して脳へ伝わって、脳からの交感神経出力が増強し、全身の交感神経の過度な活性化が生じることが動物実験で証明されています。また交感神経出力を規定している脳局所の酸化ストレスや炎症も、脳からの交感神経出力を増強させ、全身の交感神経の過度な活性化を生じさせることが示されています。この交感神経の過度な活性化が、高血圧の発症と進展・維持、そして標的臓器障害、最終的には心血管病の発症まで重要な役割を果たしていることが示されてきました。このような結果から高血圧の発症、進展にかかわる臓器間ネットワークのどこかに水素が働きかけて降圧効果を発揮している可能性が想定されました。我々は水素ガスの単回吸入後の体内動態の結果(Sano M, PLoS ONE, 2020)から、吸入という手段を使うことによって、水素を効率よく脳に届けて、脳からの交感神経出力を抑えることにより血圧を下げることができるのではないかと考えました。

 

研究の概要

まず、ラットを収容するケージ内のガス濃度を均一に保つシステムを構築しました(図1)。このケージで「5/6 腎摘慢性腎不全モデルラット」(注1)を飼育し、毎日1時間、水素を吸入させたところ、交感神経活動の過度な亢進(こうしん)が抑えられ、血圧が降下しました。

図1. 水素吸入装置開発の概略

図1. 水素吸入装置開発の概略
a) ガス検知器で箱の9箇所のガス濃度を測定した。箱の両側に合計10個の穴を開け、箱内の各エリ アのガス濃度の均一性を向上させた。
b) 水素濃度は全ての領域で一様に上昇し、2分後に箱内の空気は注入された水素含有混合ガスで完全に置換される装置を開発した。

「5/6 腎摘慢性腎不全モデルラット」を、水素含有混合ガス(水素1.3% + 酸素21% + 窒素77.7%)、もしくは、水素非含有混合ガス(酸素21% + 窒素79%)で満たされているケージ内に毎日1時間収容したところ、4週間後には、水素含有混合ガスを吸わせたラットでは、水素非含有混合ガスを吸わせたラットと比較して、高血圧が有意に改善しました。

次に、24 時間、無麻酔・無拘束下で血圧・心拍数の変動を記録するために、事前に「テレメトリー」(注2)を装着しておき、装着のため手術ストレスが取れた段階で、毎日1時間の水素吸入によって、夜行性のラットが安静に過ごす昼間だけでなく、活動が活発で血圧が上昇しやすい夜間の高血圧も改善していることが明らかになりました。さらにテレメトリーを装着したラットに「5/6 腎摘慢性腎不全」を加え、自律神経活動を評価したところ、血圧と心拍数の減少と一致して、自律神経機能障害(交感神経の過度の活性化と、副交感神経の活動性の低下)が、水素吸入によって改善されることが証明されました(図2)。

図2. 水素の降圧効果と自律神経機能障害の改善との関連

図2. 水素の降圧効果と自律神経機能障害の改善との関連
「5/6腎摘慢性腎不全モデルラット」水素群(赤)および対象群(黒)の夜間1:30~2:30(自発的に活動している暗期)の各個体の経時的データを混合効果モデルにより解析(*P < 0.05)。
a) 平均血圧。吸入期間中、水素群では、対象群と比較し有意に血圧が下がった。
b) 平均心拍数。吸入期間中、水素群では、対象群と比較し有意に心拍数が減少した。
c) 交換神経活動の評価指標。水素群では、交感神経活動の有意な低下が観測された。
d) 副交換神経活動の評価指標。水素群では、副交感神経活動の有意な亢進が見られた。
Preは腎摘出前の記録。水素群(N=3)、対照群(N=3)。

*図1~2は、参考文献より転載(一部改変)

高血圧の治療の目標は、様々な臓器の障害を抑制して、脳卒中・循環器疾患を予防することにあります。交感神経系の活性化は、高血圧の成因となるばかりではなく、直接的に臓器障害の進行を加速させます。本成果から水素吸入の降圧効果は、効率的に脳に運ばれた水素が交感神経系の過度な活性化を抑えるという機序に基づくことが示唆されました(図3)。水素吸入が、脳卒中・循環器病の予防や治療の一助になる可能性が期待されます。

図3. 水素が降圧効果を発揮することに関して想定される機序

図3. 水素が降圧効果を発揮することに関して想定される機序

【用語解説】

(注1)5/6 腎摘慢性腎不全モデルラット
マイクロサージェリー(顕微鏡下手術)技術を使って左側の腎臓の2/3の領域が梗塞になるように左腎動脈の分枝を選択的に結紮(けっさつ)し、さらに右側の腎臓を全摘しました。以上の工程を一期的(平均手術時間10分)に行うことにより手術侵襲を減らしてモデル間での誤差を最小限に抑えることができました。

(注2)テレメトリー
小動物の血管内に心拍、血圧等を観血的に測定するカテーテルを入れ、その信号を遠隔でモニターする装置。小動脈にカテーテルを挿入するためマイクロサージャリー手技が必要ですが、独自に開発したカテーテルガイドで実験初心者でも簡便に入れる方法を開発しています(Sugai K, Acta Cir Bras 2020)。

参考文献

Daily inhalation of hydrogen gas has a blood pressure-lowering effect in a rat model of hypertension.
Sugai K, Tamura T, Sano M, Uemura S, Fujisawa M, Katsumata Y, Endo J, Yoshizawa J, Homma K, Suzuki M, Kobayashi E, Sasaki J, Hakamata Y.
Sci Rep. 2020 Nov 26;10(1):20173. doi: 10.1038/s41598-020-77349-8.

関連リンク

上段左:佐野元昭(循環器内科准教授、水素ガス治療開発センター長)、上段右:多村知剛(救急科非常勤講師、Research fellow, Brigham and Women's Hospital, Pulmonary and Critical Care Medicine)、下段:小林英司(医学部臓器再生医学寄附講座特任教授)

上段左:佐野元昭(循環器内科准教授、水素ガス治療開発センター長)、上段右:多村知剛(救急科非常勤講師、Research fellow, Brigham and Women's Hospital, Pulmonary and Critical Care Medicine)、下段:小林英司(医学部臓器再生医学寄附講座特任教授)

最終更新日:2021年4月1日
記事作成日:2021年4月1日

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