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血管とリンパ管の独立性が維持される仕組みを解明 久保田義顕(解剖学教室)

研究の背景

血管とリンパ管は、別々のネットワークを全身に張り巡らせ、それぞれ独自の機能を発揮します。両者は、最終合流地点である首のあたりにある静脈角(注1)という場所まで一切接続することなく、各々が独立したネットワークを形成します。血管の機能には、肺から取り入れた酸素を全身に運搬するパイプラインとしての働きがあります。一方、リンパ管は、血管が回収しきれなかった血液の成分を取り込むとともに、免疫細胞のリンパ節への通り道、つまり免疫システムの一部として働きます。しかしながら、血管とリンパ管の姿かたちを比べると、ほぼ見分けがつかないほど酷似しており、両者がお互いをどのように見分け、独立性を担保しているのかは、古くからの疑問として残されてきました。もしもこのメカニズムが解明されれば、任意の場所で血管とリンパ管を人為的につなげることができ、社会的に大きな問題となっているがん手術後リンパ浮腫の治療法に直接結びつきます。つまり、詰まったリンパの流れを直接静脈に還流させることで、迂回路(静脈-リンパ管シャント)ができ、浮腫(むくみ)を改善させることができます。このため、その血管、リンパ管独立性担保のメカニズムを解き明かそうとする基礎研究が、世界各国で盛んに行われています。しかしながら、そのメカニズムは全く解明されていなかったのが現状でした。

方法と結果

本研究では、まず肺嚢胞、腎臓がん、皮膚腫瘍などを典型的症状とするBirt-Hogg-Dubé(BHD)症候群の原因遺伝子として知られるフォリクリン(Flcn)(注2)に関し、血管だけで欠損させる遺伝子改変マウスを作成したところ、つながることのない血管とリンパ管が異常に吻合(ふんごう)してしまう、という現象を見出しました(図1)。そのメカニズムとしては、Flcnがリンパ管発生のマスター調節因子であるProx1という遺伝子の発現量を負に抑えており、血管においてこの抑えがきかないと、「リンパ管もどき血管細胞」が生じ、血管がリンパ管を接続すべき相手であると誤認識してしまうことを見出しました。実際、血管細胞内で何が起こっているかというと、Flcnによって細胞の中での居場所が制御されるTfe3というタンパクがProx1発現を調節するゲノム配列に結合し、その発現を直接コントロールしていることを見出しました。

図1. 血管内皮特異的Flcn欠損マウスにおける血管―リンパ管異常吻合

図1. 血管内皮特異的Flcn欠損マウスにおける血管―リンパ管異常吻合
野生型(a, c, e)および血管内皮特異的Flcn欠損マウス(b, d, f)における腸間膜画像。
血管内皮特異的Flcn欠損マウスでは血管とリンパ管が異常吻合し、リンパ管内に赤血球が流れている。

今後の展開

本研究成果は血管・リンパ管という体内の2つの酷似する循環系が、なぜ一切交通することなく、独立したネットワークを形成するのかという、長年世界的に未解明とされている生物学的な疑問を解き明かしたという学術的重要性を持ちます(図2)。また、臨床的側面からは、がんの外科治療などの後遺症として起こるリンパ浮腫(注3)に対する治療への発展の可能性を秘めます。がん手術後のリンパ浮腫においては、リンパ節切除の結果、リンパの機能が低下し手や足に深刻なむくみが生じます。現在のところ、治療法として運動療法や弾性ストッキングなどの理学療法、形成外科的治療(顕微鏡下でリンパ管と静脈をつなげる手術)が挙げられますが、治療効果が十分とは言い難いのが現状です。このFlcnのシグナル経路に介入することで、血管とリンパ管を任意の場所でつなげるような薬剤を開発できれば、リンパ浮腫の画期的治療になると考えます。

図2. 血管とリンパ管の分離が維持される仕組み

図2. 血管とリンパ管の分離が維持される仕組み
通常、Flcnが転写因子TFE3を細胞質にとどめ、静脈におけるProx1の発現を抑えている。このためFlcnが欠失すると、TFE3が核内移行し、静脈でProx1が発現するようになり「リンパ管もどき静脈内皮細胞」が出現する。この細胞が原因となり、血管がリンパ管を接続すべき同士であると認識してしまう。つまり、Flcnは血管とリンパ管の可塑性を抑制する門番として働き、血管とリンパ管の分離を維持している。

*図1,2は参考文献のFigure 1q-x, Figure 7oより転載(一部改変)

【用語解説】

(注1)静脈角
リンパ管を通して回収された組織液が最終的に血管へと還流する合流地点、つまり人体において唯一血液とリンパが混じりあう部位。通常、頚部の鎖骨下静脈と内頚静脈との合流地点において、リンパ管が開口している。

(注2)フォリクリン(Flcn)
肺の嚢胞(のうほう)、腎がん、皮膚の隆起(線維毛包種)などを典型的症状とするBirt-Hogg-Dubé(BHD)症候群の原因遺伝子として知られる。Flcn タンパクは主に細胞質に存在し、結合因子である FNIP(Folliculin-interacting protein)-1,2 とともに Rag GTP アーゼなどの酵素の働きを調節し、主に細胞の栄養不足の状態を感知するセンサーに関連する遺伝子の発現を調節している。

(注3)リンパ浮腫
リンパの流れが遮断されることで、腕や足にむくみが生じる疾患。リンパ浮腫は大きく2つに分類される。1つは原因不明の「特発性リンパ浮腫」であり、もう1つは、がんの手術などの後遺症として起こる「続発性リンパ浮腫」である。社会的に特に問題になっているのは後者であり、リンパ節郭清の結果、リンパの還流機能が低下し上肢・下肢に深刻な浮腫(むくみ)が生じる。現在のところ、治療法として運動療法や弾性ストッキングなどの理学療法、鏡視下リンパ管-静脈吻合術が挙げられる。

参考文献

Blood and lymphatic systems are segregated by the FLCN tumor suppressor.
Tai-Nagara I, Hasumi Y, Kusumoto D, Hasumi H, Okabe K, Ando T, Matsuzaki F, Itoh F, Saya H, Liu C, Li W, Mukouyama YS, Marston Linehan W, Liu X, Hirashima M, Suzuki Y, Funasaki S, Satou Y, Furuya M, Baba M, Kubota Y.
Nat Commun. 2020 Dec 9;11(1):6314. doi: 10.1038/s41467-020-20156-6.

後列一番左:筆頭著者の田井育江(解剖学教室専任講師(学部内))
後列左から3番目:最終著者の久保田義顕(同教授)

後列一番左:筆頭著者の田井育江(解剖学教室専任講師(学部内))
後列左から3番目:最終著者の久保田義顕(同教授)

最終更新日:2021年3月1日
記事作成日:2021年3月1日

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