心血管病のバイオマーカーと血漿アルブミンが究極の長寿と関連 ~スーパーセンチナリアンの生物学的特徴~ 新井康通、岡野栄之(百寿総合研究センター)
研究の背景と概要
近年、世界的な長寿化を背景として100歳以上の高齢者の人口が急速に増加しており、2020年には日本全国で8万人を突破しました。しかし、110歳を超える超長寿者=スーパーセンチナリアンの数は長寿国・日本においてもいまだに希少であり(図1)、 "生物学的な障壁"を超えた特別な人だけがこの年齢に到達することができると考えられます。スーパーセンチナリアンを実際に調査した研究は世界でも限られていますが、これまでの数少ない調査結果から、スーパーセンチナリアンは100歳時点でも日常生活が自立しており、認知機能も高いことが報告されており、特別に健康寿命が長い集団であることが示されています。しかしながら、どのような生物学的メカニズムによって究極の健康長寿が達成されているのかはまだほとんどわかっていません。
図1. 百寿者、超百寿者、スーパーセンチナリアンの総人口に対する割合
*平成27(2015)年の国勢調査結果に基づき執筆者が作図
私たちは、世界の高齢者の死因の第一位を占める心血管病に対する防御機構を備えていることがスーパーセンチナリアンの長寿の秘訣であると考え、スーパーセンチナリアン(110歳以上)、スーパーセンチナリアン予備群(105-109歳)、百寿者(100-104歳)、および85-99歳の超高齢者からなる多年代高齢者コホート研究において、心血管病に関連する血液バイオマーカーと生命予後(調査時点からの生存期間)の関連を検証しました。
本研究では、慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターが運用する東京百寿者研究、全国超百寿者研究、TOOTH研究の3つの超高齢者コホート研究の対象者1,427名の統合データを解析しました。対象者は、登録時の年齢から36名のスーパーセンチナリアン、572名のスーパーセンチナリアン予備軍(105-109歳)、288名の百寿者(100-104歳)、531名の超高齢者(85-99歳)に分類されました。スーパーセンチナリアンは脂質異常症や糖尿病などの生活習慣病にかかっている方が少なく、また心電図上の左室肥大の割合も低く、56.3%が心血管病治療薬の投薬を受けていませんでした。一方、慢性腎臓病の有病率は増加していました。
観察期間中に全体で1,000名(70.1%)の対象者が死亡しました。心血管病、炎症、臓器予備能に関連する9つの血液バイオマーカーのうち、NT-proBNP(神経内分泌因子)、インターロイキン-6(炎症メディエーター)、シスタチンC(腎機能)、コリンエステラーゼ(肝予備能)の4つが、心血管病リスクと独立して対象者全体および年代別の総死亡率と有意に関連しました。4つの分子のうちNT-proBNPは、特に105歳以降の余命と強く関連し、この物質の血中濃度が低いほど110歳以上まで到達する可能性が高いことを発見しました。また、栄養状態を反映し、高齢者の予後予測因子としても重要な血漿アルブミン濃度の低下は全年代の総死亡率の増加と関連しました。
研究の成果と意義・今後の展開
NT-proBNPの血中濃度は虚血性心疾患や心臓弁膜症、心房細動など様々な心臓病で上昇し、心不全の診断や重症度の指標として日常臨床にも応用されています。また、NT-proBNPは腎機能の低下や加齢によっても上昇することが知られています。心臓病や重大な心電図異常がない百寿者でも加齢とともにNT-proBNP濃度が高くなることから、私たちは究極的には心臓と腎臓の老化に伴って循環動態が不安定になること(図2)が限界寿命付近に到達する確率を規定するのではないかと考えました。今回の研究結果から、スーパーセンチナリアンは百寿者に比べても心腎循環システムの老化が遅く、そのため加齢に伴う血中のNT-proBNPの上昇が遅いことが究極の長寿者の重要な生物学的特徴であると考えられました。将来的には、網羅的遺伝子解析や発現解析、タンパク解析など最新の解析技術の導入により、スーパーセンチナリアンの"slow cardiovascular aging(心臓血管系の老化が遅いこと)"の分子メカニズムを解明することにより、高齢者の心血管病の予防法や新しい治療法の開発の糸口につながることが期待されます。
図2. 心腎循環システムの老化
私たちの体の中で、心臓と腎臓は密接に協調して血圧や体液量を調節し、全身に十分な血液を送るために重要な働きをしています。心筋梗塞などの病気によって心臓の働きが悪くなると、腎臓の働きも弱くなります。逆に、糖尿病や高血圧が適切に治療されずに腎臓が弱ると心臓の働きも悪くなるという悪循環が存在し、これを心腎連関症候群(図3)といいます。本研究から、スーパーセンチナリアンは糖尿病などの生活習慣病や心臓病の既往が少なく、心臓と腎臓の老化が遅いことが大きな特徴であることがわかりました。このことから、生活習慣病を予防し、心臓と腎臓を大切にすることが健康長寿への第一歩といえそうです。
図3. 心腎連関症候群
参考文献
Associations of cardiovascular biomarkers and plasma albumin with exceptional survival to the highest ages.
Hirata T, Arai Y, Yuasa S, Abe Y, Takayama M, Sasaki T, Kunitomi A, Inagaki H, Endo M, Morinaga J, Yoshimura K, Adachi T, Oike Y, Takebayashi T, Okano H, Hirose N.
Nat Commun. 2020 Jul 30;11(1):3820. doi: 10.1038/s41467-020-17636-0.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-17636-0
研究チーム。左上:平田匠(現北海道大学大学院医学研究院・医学院社会医学分野公衆衛生学教室)、右上:新井康通(百寿総合研究センター)、左下:岡野栄之(生理学教室/百寿総合研究センター)、右下:広瀬信義(百寿総合研究センター、研究当時)
最終更新日:2020年11月2日
記事作成日:2020年11月2日
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