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尿酸降下薬による腎保護メカニズムの解明 ~質量分析イメージングによる腎代謝解析~   藤井健太郎、宮下和季(腎臓・内分泌・代謝内科)

血流不足によるATP低下と腎不全

腎臓は、細胞のエネルギー源となるATP(アデノシン三リン酸:adenosine triphosphate)を用いて体に必要な電解質や水分を尿から再吸収し、体内環境を一定に保つ役割を果たします。糖尿病や腎炎により腎機能が低下すると、最終的には生涯にわたる人工透析や腎移植を必要とする、重篤な状態に至ります。近年、世界中で透析患者の増加が続くことから、腎不全の進行を抑える新しい治療法の開発が、内科学における喫緊の課題とされています。しかしながら、腎機能低下の詳細なメカニズムはいまだに不明な点が多く、腎不全の原因に則した治療法の開発は進んでいません。

腎臓は血液から尿を濾過した後に濃縮する巧みな臓器であり、代謝構造も部位によって大きく異なる複雑な臓器です。そこで今回の研究では、血流不足に伴う腎代謝産物の変化が腎不全の進行に関与するかを検討する目的で、腎動脈クリッピング(注1)で腎血流を遮断したマウスの腎臓を、腎臓の代謝産物を可視化する新しい解析手法である「質量分析イメージング」を用いて観察しました。その結果、腎臓を縦軸方向に切ると、皮質から髄質に向かって数層の機能層が存在し、病態時にはそれらが特異的な反応をしてエネルギー代謝が維持されるように出来ていることが分かりました。さらには、エネルギー代謝が非常に活発な部位である腎皮質のATPが、10分間の血流遮断で80%減少して腎機能が低下すること、さらに血流を再開して24時間経過した後もATPは20%減少したままで、元のレベルには回復しないことを見出しました。

ATPなどのアデニル酸(注2)は肝臓や腎臓で分解され、尿酸に変換されて尿中に排泄されます。我々は、ATPから尿酸への分解を抑える作用を有し(図1)、血中の尿酸を低下させる薬剤(尿酸降下薬)として用いられるフェブキソスタットをマウスに投与し、腎血流遮断後のATP回復と腎障害に与える効果を検討しました。10分間の血流遮断の後、腎血流を再開したマウスにフェブキソスタットを持続投与したところ、この薬剤がATPの回復を促進し、腎保護効果を発揮することが分かりました。

 図1. アデニル酸分解経路とフェブキソスタットの作用点

図1. アデニル酸分解経路とフェブキソスタットの作用点


質量分析イメージングによる腎ATP代謝の解析

今回の研究手法である質量分析イメージングは、従来の手法では可視化できない分子量1,000以下の低分子代謝産物を可視化するイメージング手法で、その基盤技術は日本で開発され、ノーベル化学賞受賞の対象となりました(Tanaka et al., Rapid Commun.Mass Spectrom.,1988)。

我々は、腎動脈クリッピングで一過性に腎血流を遮断したマウスの急性虚血腎において、ATPなどアデニル酸代謝産物の臓器内分布を時間軸に沿って解析しました。腎皮質のATPは10分間の短い血流遮断で80%減少して腎機能が低下し(図2)、さらに血流再開24時間後もATP減少が持続して、元のレベルには回復しませんでした。

図2. 質量分析イメージングを用いた短時間の腎血流遮断に伴う腎ATP代謝産物変容の解析

図2. 質量分析イメージングを用いた短時間の腎血流遮断に伴う腎ATP代謝産物変容の解析


ATPなどのアデニル酸は肝臓や腎臓で分解され、尿酸に変換されて尿中に排泄されます。痛風発作は、このようなアデニル酸などの核酸の分解によって生じる、血中の尿酸値の上昇が誘因となるため、血清尿酸値8mg/dl以上では、尿酸降下薬の服用が推奨されています。フェブキソスタットは、ヒポキサンチンから尿酸に分解する経路の酵素であるキサンチンオキシダーゼを阻害する作用を有する薬剤で、尿酸産生を抑える尿酸降下薬として、日本では2011年より市販されています。キサンチンオキシダーゼ阻害薬はヒポキサンチン分解を抑えることで、尿酸産生を低下させるだけでなく、プリンサルベージ経路によりATPなどのアデニル酸の再合成を促進させる可能性が指摘されています。そこで今回我々は、血流遮断によるATP低下がフェブキソスタットで緩和される可能性を着想し、腎動脈クリッピングで腎臓の血流を10分間遮断したマウスにフェブキソスタットを投与して、腎機能に与える効果を検討しました。

尿酸降下薬フェブキソスタットによるアデニル酸再合成を介した腎保護メカニズムの解明

腎血流を10分間遮断した後に、腎臓の血流を再開したマウスにフェブキソスタットを持続投与すると、腎機能が改善するだけでなく、質量分析イメージングを用いた解析で、血流再開24時間後における、腎皮質のATPレベルと総アデニル酸が上昇することを見出しました(図3)。ATPから尿酸への分解過程に存在するヒポキサンチンが増加しており、ATPレベルの上昇は、ヒポキサンチンからのアデニル酸(ATP、ADP、AMP)再合成の促進による可能性が考えられました。さらに、腎尿細管細胞を用いた検討において、アデニル酸を再合成する酵素であるヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1(HRPT1)を阻害すると、フェブキソスタットによるATP回復の促進が消失しました。これらの結果から、フェブキソスタットは、血流不足に伴うATPレベルの低下を、アデニル酸再合成の促進によって緩和し、腎保護効果を発揮することが明らかになりました。

図3. フェブキソスタットによるATP回復の促進

図3. フェブキソスタットによるATP回復の促進


これらの結果は、腎尿細管細胞におけるATPレベルの低下が腎不全進展のメカニズムとなり、有効な治療法に乏しく最終的には透析療法を必要とする腎不全において、フェブキソスタットによるATPなどのアデニル酸代謝の制御とエネルギー産生障害の改善が新たな治療戦略となる可能性を示唆します(図4)。マウスで示された、フェブキソスタットのアデニル酸再合成促進による腎保護効果が、ヒトにおいても有効である可能性を検証する、今後の研究が期待されます。

図2. 汗孔角化症の発症に関わるセカンドヒットのメカニズム

図4. フェブキソスタットによる腎保護効果


【用語解説】

(注1)腎動脈クリッピング
腎臓に血液を送る腎動脈をクリップで挟みこみ、腎血流を遮断する研究手法のこと。一定時間後にクリップを解除することにより血流を再開できる。

(注2)アデニル酸
アデノシンにリン酸を付与した分子で、一般にはアデノシン三リン酸(ATP)、 アデノシン二リン酸(ADP)、 アデノシン一リン酸(AMP)を総称して、アデニル酸と呼ぶ。

参考文献

Xanthine oxidase inhibitor ameliorates postischemic renal injury in mice by promoting resynthesis of adenine nucleotides.
Fujii K, Kubo A, Miyashita K, Sato M, Hagiwara A, Inoue H, Ryuzaki M, Tamaki M, Hishiki T, Hayakawa N, Kabe Y, Itoh H, Suematsu M.
JCI Insight. 2019 Nov 14;4(22). pii: 124816. doi: 10.1172/jci.insight.124816.


左より、久保亜紀子(医化学教室助教)、藤井健太郎(腎臓・内分泌・代謝内科共同研究員)、宮下和季(同特任准教授)

最終更新日:2020年3月2日
記事作成日:2020年3月2日

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