汗孔角化症の発症メカニズムを解明 〜日本人の400人に1人が発症素因を持つことが明らかに〜 久保亮治(皮膚科)
研究の背景
汗孔角化症(かんこうかくかしょう)は、1893年にVittorio Mibelliによって初めて記載された皮膚病で、様々な異なるタイプがあることが知られています(文献1)。直径数mm~数cmの大きさで、褐色〜茶色の、円形または環状の形をした、平たく少しだけ盛り上がったできもの(皮疹)が、全身の皮膚に多発するタイプ(多発性汗孔角化症、または播種状表在性光線性汗孔角化症)が最も多くみられます(図1)。新しくできた皮疹は赤くて強い痒みを伴うことが多く、ステロイド外用薬があまり効かない頑固な痒みが特徴です。皮疹は治ることがないので、徐々に数が増えてきます。一方、めずらしいタイプの汗孔角化症として、子どもの頃から身体の一部分の皮膚に集中して皮疹があらわれる「線状汗孔角化症」があります。 出現してから長い時間(およそ数十年)が経過した皮疹からは、皮膚がんができやすいことが知られています。
図1. 多発する汗孔角化症の皮疹
円形または環状の皮疹が多発する。茶色い色が目立つだけの場合や(左)、炎症による赤みや強い痒みを伴う場合(中央、右)がある。
汗孔角化症は、皮膚科の日常の診療において、しばしば診察する機会のある病気です。親子や兄弟がともに発症することがあることから、生まれつきの遺伝的な要因があることが予想されていました。2015年に中国の研究グループから、汗孔角化症になる人の多くは、メバロン酸経路(注1)の酵素をコードする複数の遺伝子(MVD(注2)やMVK(注3)を含む複数の遺伝子)のいずれかに生まれつきの変化(遺伝子変異)を持つことが報告されました(文献2、3)。しかし、この変化を持つ人がなぜ汗孔角化症になるのか、その仕組みはこれまで全く分かっておらず、効果的な治療法もありません。そこで本研究では、汗孔角化症の皮疹の1つ1つで何が起こっているのかを調べました。
日本人のおよそ400人に1人が、汗孔角化症を発症する素因となる遺伝子の変化を持つ
我々は「線状汗孔角化症」2名、「播種状表在性光線性汗孔角化症」7名、合計9名の患者さんにご協力いただき、採血検査と皮膚の生検検査を行い、遺伝子の変化を調べました。その結果、9名のうち7名が、MVD遺伝子に、746番目のC(シトシン)がT(チミン)へと塩基が置き換えられる変化(c.746T>C)を生まれつき持っていたことが分かりました。残りの2名のうち1名はMVD遺伝子に、もう1名はMVK遺伝子に、比較的まれな変化を生まれつき持っていました。ヒトの細胞はMVD遺伝子とMVK遺伝子をそれぞれ2つずつ有していますが、2つある遺伝子の片方だけに変化があることが分かりました。今回、9名中7名の患者さんが持っていた、MVD遺伝子のc.746T>Cという変化は、中国の研究からも報告されており、病気の原因となる変化と考えられます。東北メディカル・メガバンクの日本人ゲノムデータベースを調べたところ、およそ日本人の400人に1人が、MVD遺伝子のc.746T>Cという変化を生まれつき持っており、汗孔角化症になる素因を持つことが分かりました。
汗孔角化症の皮疹では原因遺伝子が2つとも変化していた
ヒトの細胞は遺伝子を2つずつ有しているので、片方が変化して働かなくても、もう片方がスペアとして働き、通常は何も問題は起きません。なぜ、片方の原因遺伝子にしか変化を持たない人が汗孔角化症になるのか、その仕組みはこれまでまったく分かっていませんでした。
今回、9名の患者さんにおいて、血液の細胞、症状のない皮膚の細胞、症状のある皮膚の細胞を比較した結果、症状のある皮膚の細胞にのみ、スペアとして働くはずのもう片方の遺伝子が、後天的に変化してしまっていることが分かりました。つまり、後天的な変化(以下、セカンドヒット)により、MVDまたはMVKのいずれかの遺伝子が2つとも働かなくなった細胞が、汗孔角化症の皮疹を作っていたことが分かりました。
2つ目の変化(セカンドヒット)を引き起こすメカニズムは2種類あった
セカンドヒットは主に2つの仕組みによって生じていました(図2)。最も多かったのは、染色体の途中からテロメア末端までが片親由来となる染色体の変化でした。この変化により、生まれつき片方の遺伝子にあった変化が、もう片方の遺伝子にもコピーされてしまい、遺伝子が2つとも働かなくなっていました(図2)。このような染色体の変化は、体細胞における染色体相同組換え(注4)により生じると考えられていますが、その誘因はまだよく分かっていません。次に多かったのは、遺伝子の暗号がCからTへと書き換えられてしまう遺伝子の変化でした。これは主に紫外線によって引き起こされることが分かっています。
図2. 汗孔角化症の発症に関わるセカンドヒットのメカニズム
子どもの頃に発症した「線状汗孔角化症」では、別々の皮疹が全て同一のセカンドヒットによる変化を持っていました。つまり、胎児期に1つの細胞でセカンドヒットが生じ、身体が作られていく過程で、その細胞が増殖して拡がった結果、身体の一部に線状に分布する汗孔角化症の皮疹ができたと考えられました(図3)。
図3.2種類の汗孔角化症が起こる仕組み
セカンドヒットが、いつどこで起こるかによって、汗孔角化症を発症する時期と症状の分布パターンが決まる。
一方、大人になってから発症した「播種状表在性光線性汗孔角化症」では、身体中に散らばる1つ1つの皮疹は、それぞれ別々のセカンドヒットによる変化を持っていました。つまり、大人になってから、皮膚のあちこちで別々にセカンドヒットが起こり、セカンドヒットが起こったそれぞれの細胞が増殖して皮疹を作ったと考えられました(図3)。セカンドヒットを引き起こす要因の一部が紫外線による遺伝子の変化であることが今回明らかになり、「播種状表在性光線性汗孔角化症」という病名に含まれる「光線性」(日光によって引き起こされる)という言葉が、部分的ではありますが、正しかったことが分かりました。
播種状表在性光線性汗孔角化症の1つ1つの皮疹は、それぞれが1つの幹細胞に由来する
汗孔角化症の1つ1つの皮疹は円形、あるいは輪っかの形になります。なぜでしょうか?この皮疹の形の謎を解くために、我々は輪っかの形の皮疹を選んで外側のラインに沿って皮膚から皮疹を切り取り、その後で、輪っかの内側の皮膚をくりぬいて、くりぬいた中央部の皮膚と、その外側の輪っかの部分の皮膚を比べました。その結果、中央部の皮膚の表面は、セカンドヒットを持つ細胞でほぼ埋め尽くされていたのに対し、輪っかの部分の皮膚の表面は、セカンドヒットを持つ細胞と持たない細胞がほぼ半分半分でした。1つの皮疹から見つかるセカンドヒットは1種類だけでした。すなわち、汗孔角化症の1つ1つの皮疹は、その中心部においてセカンドヒットを起こした1つの幹細胞に由来しており、その細胞が増殖して遠心性に陣地を拡げていった結果、円形や輪っかの形をした汗孔角化症の皮疹が生じると考えられました。この結果は、1970年にReedらによって提唱された、「変異を起こした細胞が増殖して拡がることで汗孔角化症の皮疹が生じている」という仮説(文献4)を、49年後に初めて証明したことになります。
今後の展開
今回の研究から、日本人の400人に1人という、これまで考えられていたよりもずっと多くの人が、汗孔角化症になる生まれつきの素因を持つことが分かりました。さらに、汗孔角化症の発症に関わるセカンドヒットの仕組みが明らかになり、セカンドヒットが胎児期に生じるか、大人になってから生じるかによって、異なる2種類の汗孔角化症になることが分かりました。本成果は、汗孔角化症の予防法や治療法の開発につながると考えられます。汗孔角化症の患者さんの悩みは、次々と新しくできて消えることのない皮疹と、その皮疹が引き起こす痒みです。なぜセカンドヒットを持つ細胞が生じると、周りの細胞を押しのけて拡がり皮疹を作ることができるのか?なぜセカンドヒットを持つ細胞が拡がっていく時に痒みが生じるのか?これらの仕組みが分かれば、汗孔角化症の痒みを抑える薬の開発や、皮疹の拡大を逆転させる(周りの正常な細胞が、セカンドヒットを持つ細胞を皮膚から追い出してしまう)ような根本的な治療法の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
(注1)メバロン酸経路
コレステロールやステロイド、タンパク質の翻訳後修飾に用いられる脂質などを合成するための材料をアセチルCoAから作り出す経路。
(注2)MVD
メバロン酸経路の酵素の1つであるジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(mevalonate pyrophosphate decarboxylase)をコードする遺伝子。
(注3)MVK
メバロン酸経路の酵素の1つであるメバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase)をコードする遺伝子。
(注4)体細胞における染色体相同組換え
父親由来の染色体と母親由来の染色体の間で組換えが起こることで、染色体全体の長さは変わらないまま、途中までは父親由来、途中からは母親由来という、ハイブリッドになった染色体が生まれる現象。
参考文献
Clonal Expansion of Second-Hit Cells with Somatic Recombinations or C>T Transitions Form Porokeratosis in MVD or MVK Mutant Heterozygotes.
Kubo A, Sasaki T, Suzuki H, Shiohama A, Aoki S, Sato S, Fujita H, Ono N, Umegaki-Arao N, Kawai T, Nakabayashi K, Hata K, Yamada D, Matsubara Y, Kosaki K, Amagai M.
J Invest Dermatol. 2019 Dec;139(12):2458-66.e9. doi:10.1016/j.jid.2019.05.020.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022202X19317622?via%3Dihub
(本研究に先行する文献)
- Contribute allo studio della ipercheratosi dei canali sudoriperi (porocharatosis).
Mibelli V.
G Ital Mal Ven. 1893 28:313-55. - Exome sequencing identifies MVK mutations in disseminated superficial actinic porokeratosis.
Zhang SQ, Jiang T, Li M, Zhang X, Ren YQ, Wei SC, Sun LD, Cheng H, Li Y, Yin XY, Hu ZM, Wang ZY, Liu Y, Guo BR, Tang HY, Tang XF, Ding YT, Wang JB, Li P, Wu BY, Wang W, Yuan XF, Hou JS, Ha WW, Wang WJ, Zhai YJ, Wang J, Qian FF, Zhou FS, Chen G, Zuo XB, Zheng XD, Sheng YJ, Gao JP, Liang B, Li P, Zhu J, Xiao FL, Wang PG, Cui Y, Li H, Liu SX, Gao M, Fan X, Shen SK, Zeng M, Sun GQ, Xu Y, Hu JC, He TT, Li YR, Yang HM, Wang J, Yu ZY, Zhang HF, Hu X, Yang K, Wang J, Zhao SX, Zhou YW, Liu JJ, Du WD, Zhang L, Xia K, Yang S, Wang J, Zhang XJ.
Nat Genet. 2012 Oct;44(10):1156-60. doi:10.1038/ng.2409. - Genomic variations of the mevalonate pathway in porokeratosis.
Zhang Z, Li C, Wu F, Ma R, Luan J, Yang F, Liu W, Wang L, Zhang S, Liu Y, Gu J, Hua W, Fan M, Peng H, Meng X, Song N, Bi X, Gu C, Zhang Z, Huang Q, Chen L, Xiang L, Xu J, Zheng Z, Jiang Z.
Elife. 2015 Jul 23;4:e06322. doi:10.7554/eLife.06322.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4511816/ - Porokeratosis--a mutant clonal keratosis of the epidermis.
Reed RJ, Leone P. I. Histogenesis.
Arch Dermatol. 1970 101:340-7. doi:10.1001/archderm..04000030084014
研究チーム。左から、塩濱愛子(皮膚科)、佐々木貴史(百寿総合研究センター)、
筆者(皮膚科)、青木里美(皮膚科)
最終更新日:2020年1月6日
記事作成日:2020年1月6日
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