心停止患者から提供された臓器を水素ガスによって移植可能な臓器へと蘇生させる新たな技術の開発に成功 佐野元昭、小林英司(水素ガス治療開発センター)
慶應義塾大学水素ガス治療開発センターでは、水素ガス療法が、心筋梗塞、心肺停止、出血性ショックなどの救命救急医療の現場の様々な局面において治療効果を発揮する可能性を臨床試験で示し、水素医療の先導的・戦略的研究拠点としての役割を果たして参りました。
今回、新たに臓器保存液(患者さんから提供された臓器を移植するまで浸して低温保存しておくための液体)の中に速やかに水素ガスを安全に圧入する方法を開発しました。本手法をもとにヒトへの投与試験の前段階として、 血流が止まった状態のまま30分が経過した2歳を超える高齢ミニブタの障害を受けた臓器を移植可能な臓器へと蘇生させることを証明しました。
世界的にみても臓器提供数は圧倒的に不足しているのが現状であり、脳死患者に限らず、心停止患者からの臓器提供が期待されるようになっております。心停止患者からの臓器提供は、移植後の成績が悪く、これまで移植利用には高いリスクのあるマージナルドナー(標準的ドナー条件を満たさないドナー)と考えられてきました。一方、水素ガス治療が移植後の臓器機能の回復を向上させることが動物実験で示されてきましたが、臨床現場での扱いの煩雑さから利用されていません。臨床現場では、摘出した臓器の保護は安全にしかも迅速に行われなければならないため、ドナー(臓器移植)病院において短時間で水素含有保存液を作製することができる簡便な技術の樹立が求められていました。
研究グループは 、安全に水素ガスの搬送ができる水素吸蔵合金キャニスター (図1) を臓器保存液の容器内に高濃度の水素ガスを瞬時に圧入する、組み立て式で持ち運びにも便利な新しい機器を開発しました。この技術を活用して、循環停止状態で傷害を強く受ける高齢のミニブタの腎臓を、臓器保存液内で水素ガスと接触させることで、別の高齢ミニブタに移植後にも尿排泄機能を維持できるレベルまで蘇生させることを証明しました(図2)。
図1. 水素吸着合金キャニスターの仕組み(参考文献のFig1より一部改変)
冷却や加圧により水素を吸蔵し、加熱や減圧により水素を放出する
吸蔵:平衝圧力よりも高い水素圧にするか、雰囲気温度を低くすることにより吸蔵される。
放出:平衝圧力よりも低い水素圧にするか、雰囲気温度を高くすることにより放出される。
図2. 水素ガス溶存方法(参考文献のFig1より一部改変)
水素吸蔵合金キャニスターを利用して、水素含有臓器保存液を生成する工程を示す
(A) 臓器保存液が収容されたプラスチックソフトバック(可撓性容器)に水素吸蔵合金キャニスターを接続する。
(B) 瓶針を使用しゴム栓から水素ガスを注入。容器内圧が0.06Mpaになった時点でプラスチックソフトバックを圧力制御装置と水素吸蔵合金タンクから切り離す。
(C) プラスチックソフトバックを手にもって激しく振る(30秒以上)
(D) プラスチックソフトバックを大気に開放する
今回、新たに開発した技術を応用して心停止患者からの臓器を含むマージナルドナーを有効に利用することができれば飛躍的なドナープールの拡大が可能となり、移植医療の大幅な発展につながるものと期待されます。
参考文献
Organ preservation solution containing dissolved hydrogen gas from a hydrogen-absorbing alloy canister improves function of transplanted ischemic kidneys in miniature pigs.
Kobayashi E, Sano M.
PLoS One. 2019 Oct 1;14(10):e0222863. doi: 10.1371/journal.pone.0222863. eCollection 2019.
関連リンク
左より、佐野元昭(水素ガス治療開発センター長、循環器内科准教授)、小林英司(医学部臓器再生医学寄附講座特任教授)
最終更新日:2019年12月2日
記事作成日:2019年12月2日
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