加齢に伴う神経新生の低下機構を解明 ~老化による脳萎縮を部分的に防ぐことに成功~ 加瀬義高、岡野栄之(生理学)
研究の背景
1990年代から2000 年代初頭にかけて、哺乳類成体脳内において組織幹細胞である神経幹細胞・神経前駆細胞(注1、2)が主に側脳室下帯(注3)と海馬歯状回に存在すること、また、加齢脳内でも神経細胞(ニューロン)が新たに産生されること(神経新生) (注4)が可能であることが報告されてきました。しかし、神経幹細胞・神経前駆細胞は加齢とともにその数を減らすことから、その結果、新たに生まれる神経細胞が減少し、組織修復能も低下することが知られていました。近年の広範な研究にもかかわらず、加齢による神経幹細胞数の低下やそれに付随する神経新生低下を調節する分子メカニズムは完全には明らかにされていませんでした。
また、これまで報告されてきた神経幹細胞の活性化による神経再生研究では、神経栄養因子を投与すること、または移植した間葉系幹細胞からの神経栄養因子分泌により神経再生を試みていました。この場合、神経幹細胞の活性化および神経幹細胞の細胞分裂の末に、神経幹細胞の枯渇を招く恐れがあり、治療後長期にわたってどのような弊害が出てくるのかが不明でした。また、長期間、神経新生が促されるかどうか分かっていないという懸念がありました。
研究の概要・今後の展開
本研究では、加齢に伴い神経前駆細胞でp38(注5)の発現が減少していることを発見し、p38の加齢に伴う発現低下が神経前駆細胞の自己増殖能低下の原因であることが分かりました。
さらに、老化した脳内の側脳室下帯においてp38を強制発現させることで、神経前駆細胞を活性化させ、神経前駆細胞の自己増殖、及び神経新生を引き起こすことに成功しました。これまで、脳内栄養因子や細胞分裂周期に関わる遺伝子の操作により、神経幹細胞の活性化を行うことにより神経再生を誘導する手法が用いられてきましたが、神経幹細胞が細胞分裂を繰り返すことによって、神経幹細胞の枯渇を招くことが示唆されてきました。一方、p38の発現を維持させることによる神経新生を促す、この新規手法では、神経幹細胞に作用させることなく、神経前駆細胞のみに自己増殖を促進する効果があるとの結果が得られ、本手法により神経幹細胞の枯渇を招くことはないことが分かりました。
図1. p38の神経新生における役割
加齢による神経前駆細胞の自己増殖能低下の原因遺伝子としてp38を同定。老化個体の側脳室脳室下帯においてp38を強制発現させることで、神経幹細胞に作用させることなく神経前駆細胞のみを活性化させ、前駆細胞の自己増殖、及び神経新生を引き起こす。
実際に、p38を6ヶ月齢のマウス側脳室脳室下帯において強制発現し、1年後に解析してみても神経幹細胞の枯渇は認められませんでした。老化した脳実質の萎縮により引き起こされる側脳室(注6、7)の拡大を防ぐことに成功しており、本手法が長期にわたり神経新生を促進可能であることが分かりました。神経幹細胞の活性化に着目した既存の治療研究では、長期にわたる神経新生促進を確認したものはなく、本研究のように神経前駆細胞に着眼し、神経幹細胞の枯渇なしに再生に成功している報告はありませんでした。
そのため、本研究で得られた神経前駆細胞の自己増殖能活性化に関する基礎的知見は、将来にわたる安全で有効な神経再生医療を実現させる上で重要な知見であると考えられます。さらには本研究は、脳挫傷、脳血管障害に加え、認知症などの神経減少が原因となっている様々な疾患での神経再生へ応用が期待され、当院脳神経外科とも共同研究を開始しています。
図2. 新規手法による脳実質萎縮の阻害
高齢マウス脳においてp38の発現を維持させることで脳萎縮による起こる側脳室の拡大を防げていることを示している。
左:無治療の脳、右:p38の発現を維持した脳
※黒い部分が側脳室を示す
図3.
脳内(特に側脳室下帯)では加齢とともに、神経前駆細胞におけるp38の発現が低下し、その自己増殖能が低下する。結果として神経新生が減少する。そこで神経前駆細胞にp38α(注8)を補う目的で過剰発現させると、その自己増殖能が回復し、神経新生も増加させることができた。
【用語解説】
(注1)神経幹細胞
自己複製能と神経系の非自己への細胞分裂能を持つ細胞であり、神経前駆細胞へ分化する。加齢とともにその細胞数を減らす。
(注2)神経前駆細胞
未分化ではあるが神経幹細胞から一段階分化した細胞。同一の細胞へ分裂する自己増殖を行い、最終的には神経へ分化する細胞のこと。加齢とともにその細胞数を減らす。
(注3)側脳室下帯
側脳室周囲の神経幹細胞、前駆細胞が存在する部位のこと。
(注4)神経新生
神経細胞(ニューロン)が新たに生まれる現象のこと。
(注5)p38
一般的には p38 MAP キナーゼ(MAPK)と呼ばれているタンパク質リン酸化酵素の一種であり、様々な細胞ストレスに対する細胞応答を制御するシグナル伝達に関与していることが知られており、炎症や細胞ダメージ、加齢に伴いその発現は上昇する。しかし、神経前駆細胞では加齢に伴いその発現は減少し、神経前駆細胞の自己増殖に関わることが今回解明された。
(注6)側脳室(脳室)
脳脊髄液で満たされている空間のこと。
(注7)脳萎縮(脳室の拡大)
老化により脳実質の神経細胞が減少し続けると、脳が萎縮するため相対的に脳室が拡大する(図 2 参照)
(注8)p38α
p38MAPキナーゼにはいくつかのサブタイプがあるが、そのなかでも主たるサブタ
イプであるp38αを今回の過剰発現の実験で用いた。
参考文献
Involvement of p38 in Age-Related Decline in Adult Neurogenesis via Modulation of Wnt Signaling.
Kase Y, Otsu K, Shimazaki T, Okano H.
Stem Cell Reports. 2019 Jun 11;12(6):1313-1328. doi: 10.1016/j.stemcr.2019.04.010. Epub 2019 May 9.
左より:岡野栄之(生理学教室教授)、加瀬義高(同助教)
最終更新日:2019年8月1日
記事作成日:2019年8月1日
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