根気を生み出す脳内メカニズムの発見 ~粘り強さは海馬とセロトニンが制御する~ 吉田慶多朗、田中謙二(精神・神経科)
研究の背景
私たちはよりよい生活を営もうと目標を持ちます。そしてその目標達成に向けて行動します。この目標を達成するための行動を意欲行動と呼びます。意欲行動を成功に導くためには、やる気と根気が必要です。受験勉強を例に考えてみましょう(図1)。X大学に合格したいという目標を持って、実際に行動を開始するにはやる気が必要です。やる気は持続してこそ意味があり、持続しないやる気は三日坊主に終わってしまいます。やる気の持続には根気が必要で、目標達成までねばり強く行動を続けなければなりません。特に目標が高いほど、ねばり強く取り組む必要性が増します。これまでに、行動の開始、はじめの一歩を踏み出すやる気の脳内メカニズムについては、運動制御や報酬を計算する大脳基底核(線条体やドパミン神経)が重要であることが明らかにされてきました。しかし、行動を持続させる根気についての研究がなく、その脳内メカニズムは全く分かっていませんでした。
図1.「やる気」と「根気」
研究の概要
研究グループは、まず「根気」を定量する実験系をマウスで確立しました。マウスには、レバーを複数回押せばエサがもらえることを事前に学習させます。このマウスに食事制限を課し、エサが食べたいという目標を持たせます。
実験では「必要なレバー操作の回数」を設け、制限時間内に実験者が設定した回数のレバーをマウスが押すことができればエサを獲得できます。これを成功とします。設定した回数に至るまでレバーを押し続ける「根気」が続かず制限時間を迎えた場合、そのトライアルは失敗となります。この実験を繰り返し、エサを獲得できた成功確率により「根気」を評価しました。5回のレバー押しでエサがもらえる課題での成功確率は95%、10回のレバー押しでは73%、20回のレバー押しでは50%と、課題の難易度が増すと成功確率が下がりました。
意欲的に取り組んでいるにもかかわらず、わずかでも不安が昂じると行動に集中できず、手を止めてしまうことは私たちの経験からも理解できます。そこで研究グループは、不安に関連する脳領域の1つである腹側海馬に注目し、「根気」と腹側海馬活動の関係を調べました。海馬神経細胞特異的にカルシウム蛍光プローブを発現する遺伝子改変マウスを用い、課題中に腹側海馬神経細胞の活動を計測しました(注1、ファイバーフォトメトリー法)。その結果、施行開始から徐々に腹側海馬神経活動が下がり始め、レバー押し開始(1回目のレバー押し)からレバーを押し終わるまで腹側海馬の活動抑制が持続しました(図2A)。一方、途中でレバーを押さなくなった失敗トライアルでは、腹側海馬の活動抑制が解除され、ベースラインに戻りました(図2B)。
図2. 意欲行動に伴う腹側海馬の活動変化
次に、人為的に神経細胞の活動を操作する実験(注2、オプトジェネティクス)を行い、腹側海馬の神経活動を変化させた影響により、起こる行動の変化を調べました。5回のレバー押しでエサがもらえる課題において、レバー押し行動中に腹側海馬神経細胞を人為的に興奮させ、活動抑制を解除したところ、成功確率が95%から80%へ下がりました(図3A)。
反対に、20回のレバー押しでエサがもらえる課題において、レバー押し行動中に腹側海馬の活動を人為的に抑制し、本来備わる抑制作用をさらに亢進させたところ、成功確率が50%から83%へとそれぞれ上昇しました(図3B)。このことから、腹側海馬神経細胞の活動抑制が意欲行動の持続に必須であることを発見しました。
図3. 光操作による、「根気」と腹側海馬活動の因果関係の解明
最後に私たちは、腹側海馬神経細胞の抑制メカニズムを探索しました。海馬活動を抑制する神経伝達物質の1つとして、セロトニン(以下、5-HT)が知られています。そこで私たちは、意欲行動の持続中に生じる腹側海馬の活動抑制に5-HT神経が関与するかを調べました。その結果、レバー押し中に正中縫線核5-HT神経が活性化することを明らかにしました。加えて海馬で放出されるセロトニンが、海馬に発現するセロトニン受容体3Aを介して海馬神経細胞抑制を引き起こすことを発見しました。このことから、1)正中縫線核5-HT神経が活性化することと、2)海馬で放出されるセロトニンが海馬に発現するセロトニン受容体3Aを介して海馬神経細胞抑制を抑制することで、「根気」を持続させているが明らかになりました(図4)。
図4. 根気よく行動を続けるにはセロトニンによる腹側海馬の活動低下が必要である
今後の展開
意欲の低下は、うつ病をはじめとする様々な精神・神経疾患で高頻度に生じる治療困難な症状です。意欲の低下は治療やリハビリの妨げになり、患者や支援者に悪影響をもたらします。しかし、意欲低下の神経基盤はよく分かっておらず、いまだに有効な治療法は存在しません。例えば、うつ病の治療に認知行動療法がありますが、これには定期的にクリニックに通い続ける「意欲行動の持続」が求められます。広くうつ病モデルとして前臨床研究で使われている病態モデル動物を用いて、病態時の意欲低下と脳内メカニズムの関係性を調べることで、意欲的に行動が続けられなくて認知行動療法を受けることができないケースにどのような介入ができるか、という新しい研究の切り口を提案できます。
【用語解説】
(注1) ファイバーフォトメトリー法
神経活動をモニターできるカルシウム蛍光プローブを事前に神経細胞に発現させておく。
脳内に留置した光ファイバーを通じてプローブを励起し、神経活動によって変化する蛍光を同じ光ファイバーで回収する脳深部神経活動計測方法。蛍光の値は神経活動量と相関する。行動中の脳内活動を計測できる優れた技術。本研究では、海馬神経細胞だけの活動、セロトニン神経だけの活動を分離して検出することに成功した。
(注2) オプトジェネティクス
光で神経活動を興奮もしくは抑制できるオプシン蛋白を神経細胞に発現させておく。光ファイバーを通じて神経細胞に光を照射することにより、秒単位で神経細胞を興奮、抑制させることができる技術。本研究では海馬神経細胞の活動を光で人為的に興奮、抑制している。
参考文献
Serotonin-mediated inhibition of ventral hippocampus is required for sustained goal-directed behavior.
Yoshida K, Drew MR, Mimura M, Tanaka KF.
Nat Neurosci. 2019 May;22(5):770-777. doi: 10.1038/s41593-019-0376-5. Epub 2019 Apr 15.
左より:三村將(精神・神経科学教室教授) 、吉田慶多朗(同教室博士課程 大学院生)、田中謙二(同准教授)
最終更新日:2019年7月1日
記事作成日:2019年7月1日
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