抗菌薬の隠された作用のメカニズムの解明~薬剤耐性対策につながる成果~ 南宮湖、石井誠(呼吸器内科)
研究の背景
マクロライド系抗菌薬(抗生物質)は、以前よりその抗菌作用に加え、患者さんの免疫を調整する作用や炎症を抑制する作用を有することが知られていました。この免疫調整作用・抗炎症作用に期待して、すでに臨床の現場では、びまん性汎細気管支炎(注1)に対するマクロライド療法が確立され、生存率が飛躍的に向上しています。また気管支拡張症(注2)などの慢性的な感染症に対してもマクロライド療法は用いられ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)(注3)の増悪に対する予防効果も報告されています。
このように多くの病気でその抗菌作用以外の免疫調整作用・抗炎症作用を期待したマクロライド療法が汎用されているにもかかわらず、今までマクロライドの免疫調整作用・抗炎症作用の詳細なメカニズムはほとんど知られていませんでした。また、近年、抗生剤の不適切な使用や乱用から、薬剤耐性菌の蔓延が問題になっており、さらなる抗菌薬の適切な使用が求められており、そのためにもマクロライド系抗菌薬の抗菌作用以外の作用のメカニズムの解明が求められていました。
マクロライド系抗菌薬は免疫抑制性のCD11b陽性Gr-1陽性細胞を誘導する
本研究では、マクロライド系抗菌薬であるクラリスロマイシンをマウスの腹腔内に投与、あるいは経口で投与したところ、肺及び脾臓で、CD11b陽性Gr-1陽性(以下、CD11b+Gr-1+)の骨髄球系細胞集団が、投与前の約2.5から3.3倍に著明に増加していることを発見しました(図1)。
図1.クラリスロマイシン投与によるCD11b+Gr-1+細胞の増加
(参考文献のFig1のC,DとFig1のF,Gを改変)
このCD11b+Gr-1+細胞の機能を解析したところ、クラリスロマイシンを投与したマウス群では、投与されていない対照群に比べて、一酸化窒素の上昇、アルギナーゼ活性の上昇、T細胞の増殖抑制傾向を認め、骨髄由来の免疫抑制性の細胞集団(MDSC)(注4)と同様の性質を有するMDSC様細胞であることが判明しました(図2)。さらに、このCD11b+Gr-1+細胞は、Bv8/STAT3というシグナル経路を介して誘導されることがわかりました。
図2. クラリスロマイシン投与によるCD11b+Gr-1+細胞の遺伝子発現の変動
(参考文献のFig2のAを一部改変)
マクロライドはCD11b陽性Gr-1陽性細胞によりマウスショックモデルを改善させる
マウスに細菌の内毒素であるリポ多糖(Lipopolysaccharide: 以下、LPS)を腹腔内投与して作成したLPSショックモデルマウスにクラリスロマイシンを投与した場合、LPSが菌ではないためクラリスロマイシンの抗菌作用の影響は見込めず、投与が生存率に寄与しないことも予想されました。しかし、実際の実験結果では、生存率が有意に上昇しました。
さらに、ドナーマウスにクラリスロマイシンを投与し誘導されたCD11b+Gr-1+細胞を、別のLPSショックマウスに投与したところ生存率が有意に上昇したのに対し、抗炎症性サイトカインであるIL-10遺伝子欠損マウスから得られたCD11b+Gr-1+細胞の投与ではその効果は認められなかったことから、クラリスロマイシンのLPSショックに対する保護的効果には、クラリスロマイシンにより誘導されたCD11b+Gr-1+細胞により産生されるIL-10が重要な役割を果たすことがわかりました。
マクロライドはCD11b陽性Gr-1陽性細胞によりマウス肺炎モデルを改善させる
また、インフルエンザ感染後にクラリスロマイシン耐性の肺炎球菌を2次感染させたマウスに、クラリスロマイシンを投与すると、サイトカインIFN-γが低下し、生存率が上昇しました。さらに、ドナーマウスにクラリスロマイシンを投与し、誘導されたCD11b+Gr-1+細胞を、別のインフルエンザ感染後の2次性肺炎球菌感染マウスに投与したところ生存率が有意に上昇したことから、この2次性細菌感染モデルマウスにおいても、LPSショックモデルマウスと同様に、クラリスロマイシンにより誘導されたCD11b+Gr-1+細胞が生存率の上昇に重要な役割を果たすことがわかりました(図3)。
図3.クラリスロマイシンのCD11b陽性Gr-1陽性細胞を介した保護的効果
ヒトへの応用、今後の展望
呼吸器疾患に罹患していない人が7日間クラリスロマイシンを内服した後に、血液中のMDSC様細胞と思われる細胞を分離し解析したところ、MDSCで認めるアルギナーゼ1の有意な上昇が認められたことから、ヒトにおいてもクラリスロマイシンによりMDSC様細胞が誘導されている可能性が示唆されました。
本研究により、マクロライド系抗菌薬の免疫調整作用・抗炎症作用の新たなメカニズムが解明されました。この成果は、マクロライドの持つ作用の、免疫調整作用・抗炎症作用に限定して効果を有する新規薬剤の開発につながることが期待されます。マクロライドに代わる新薬の創出は世界的な課題である薬剤耐性(AMR)対策(注5)にも貢献するものであり、重要な発見と考えられます。
【用語解説】
(注1)びまん性汎細気管支炎
呼吸細気管支と呼ばれる細い気管支を中心に慢性炎症が起こり、せきやたんが生じ、息苦しくなる病気で、しばしば蓄膿症(副鼻腔炎)も合併する。マクロライド療法が導入される前は、初診時からの5年生存率が42%だったが、マクロライド療法導入後の1985年以降は、5年生存率が91%と上昇した。
(注2)気管支拡張症
鼻や口と肺をつなぐ管を気管支と呼ぶ。気管支は気管から木の枝のように分岐して、肺の中に空気を運ぶ通路の役割を果たすが、何らかの原因で、広がってしまった状態が気管支拡張です。気管支の壊れた部分に、細菌やカビが増殖して炎症を起こし、気管支拡張がさらに進行することで、増殖した細菌やカビはその他の肺の中にも広がり、次第に肺の機能が低下していく。
(注3)慢性閉塞性肺疾患(COPD)
慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれてきた病気の総称で、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じる肺の炎症性の病気である。日本では40歳以上の人口の8.6%、約530万人存在すると推定されているが、大多数が未診断、未治療の状態であると考えられている。日本の男性の死亡原因の8位(平成29年統計)、世界の全死因では3位(平成28年WHO統計)となっており、COPD増悪に対してマクロライドの予防効果が報告されている。
(注4)骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC)
骨髄から誘導される免疫を抑制する性質を有する細胞であり、マウスでの実験結果ではCD11b陽性Gr-1陽性細胞のうち、T細胞の増殖を抑制する作用やアルギナーゼ1の上昇などの特徴的な免疫を抑制する性質を有する。
(注5)薬剤耐性(Antimicrobial Resistance: AMR)対策
近年抗菌薬の不適切な使用を背景として薬剤耐性菌が世界的に増加しているため、2015 年5月の世界保健総会では、薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プランが採択された。日本でも、2016年4月に薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが策定されている。アクションプランでは、抗菌薬使用量の削減が成果指標として提唱され、例えばマクロライドについては2013年実績に比べて2020年までに50%削減することを指標として掲げ、国を挙げた対策が立てられている。
参考文献
Clarithromycin expands CD11b+Gr-1+ cells via the STAT3/Bv8 axis to ameliorate lethal endotoxic shock and post-influenza bacterial pneumonia.
Namkoong H, Ishii M, Fujii H, Yagi K, Asami T, Asakura T, Suzuki S, Hegab AE, Kamata H, Tasaka S, Atarashi K, Nakamoto N, Iwata S, Honda K, Kanai T, Hasegawa N, Koyasu S, Betsuyaku T.
PLoS Pathog. 2018 Apr 5;14(4):e1006955. doi: 10.1371/journal.ppat.1006955. eCollection 2018 Apr.
左より、南宮湖(呼吸器内科共同研究員)、石井誠(同専任講師)
最終更新日:2018年12月1日
記事作成日:2018年12月1日
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