紫光(バイオレットライト)の成人強度近視に対する近視進行抑制の可能性 鳥居秀成、根岸一乃(眼科)
研究の概要
強度近視は、日本において失明(視覚障害1級)原因の第4番目に挙げられ(厚労省平成17年度研究報告書)、失明のリスクが非常に高いことで知られています。しかし、成人の強度近視患者さんに対し、現在、有効な近視進行(眼軸長伸長)(注1)の抑制方法はありません。
私たちはすでに、バイオレットライト(注2)が若年者(13~18歳時)の眼軸長伸長抑制に有効である可能性を報告しました(文献1)。今回、さらなる研究により、バイオレットライトは成人の強度近視患者さんに対しても眼軸長伸長を抑制する可能性があることを見出しました。
私たちは、成人の強度近視患者さんに対し屈折矯正手術である有水晶体眼内レンズ挿入術を施行し、手術後5年間の近視の進行を2種類のレンズ群間で比較しました。その結果、2種類のレンズ群間で術後5年間の眼軸長伸長量に有意差を認めました。その違いを高次収差や残余乱視、有水晶体眼内レンズの分光透過率、モデル眼を用いた軸外収差シミュレーションなど多方面から比較検討した結果、有水晶体眼内レンズの分光透過率以外は有意な差を認めず、バイオレットライトの透過率の違いがこの眼軸長伸長量の差を生み出している可能性があり、報告いたしました(文献2)。本研究成果により、バイオレットライトは若年者だけでなく、成人の強度近視患者さんの眼軸長伸長も抑制し、失明予防の一端を担うことが期待されます。
はじめに
世界の近視人口は増加傾向にあり、2050年には約50億人となると予測され、そのうち強度近視は約10億人に達すると報告されています。強度近視は網膜剥離、緑内障、視神経障害、近視性黄斑症を合併しやすいことが分かっています(図1)。このように失明の可能性がある成人の強度近視患者さんに対し、これまで近視進行抑制に効果があるとされる有効な眼軸長伸長抑制の方法はありませんでした。
図1. 強度近視に合併しやすい眼疾患
強度近視は眼軸長が正常眼よりも長く、網膜剥離、緑内障、視神経障害、近視性黄斑症などを合併しやすいことが分かっている。
屈折矯正手術後の近視のもどり
私たちは、強度近視に対して行う屈折矯正手術の1つである有水晶体眼内レンズ術後の長期間にわたる近視の進行を検討し、2つのレンズの種類による違いがあるかどうかを調査しました。1種類はARTISAN® (Ophtec BV, Groningen, Netherlands)、もう1種類はARTIFLEX®(Ophtec BV)というレンズで、2つとも虹彩支持型の有水晶体眼内レンズです(図2)。私たちは、2017年2月号の「EBioMedicine」誌に、波長360~400 nmの可視光であるバイオレットライトが若年者の眼軸長伸長抑制に有効である可能性を報告しています(文献1)。
今回の研究では、レンズの透過率を調べた結果、バイオレットライトをほとんど透過しないARTISAN®を挿入した群(Artisan群)11例11眼と、バイオレットライトを透過するARTIFLEX®を挿入した群(Artiflex群)15例15眼を研究対象としました(図2)。なお、術前の対象の背景は、2群間で年齢・屈折値(調節麻痺下)・眼軸長・裸眼視力・矯正視力に有意差を認めず、ほぼ同じ背景の患者さんでした。
図2. 2つの有水晶体眼内レンズの比較
ARTISAN® (Ophtec BV)・ARTIFLEX® (Ophtec BV)のレンズの分光透過曲線の違いから、ARTISAN®はバイオレットライトをほとんど透過せず、ARTIFLEX® は透過することが分かる。
術後5年間の屈折値の平均変化量は、Artisan群では-1.09 D、Artiflex群では-0.49 Dで、Artiflex群の方がArtisan群よりも近視の進行が抑えられる傾向が示されました(図3A)。術後5年間の眼軸長の平均変化量は、Artisan群では0.38 mm、Artiflex群では0.09 mmで、眼軸長伸長量はArtiflex群の方がArtisan群よりも有意(P = 0.030)に少ないことが判明しました(図3B)。
図3. 術後5年間の近視進行の2群比較
Aは 術後5年間の屈折値の変化量、Bは 術後5年間の眼軸長の変化量を示す。
眼軸長伸長量はArtiflex群の方がArtisan群よりも有意に少ないことが分かる。
この2群間の違いが出た原因を、高次収差や残余乱視、有水晶体眼内レンズの分光透過率、モデル眼を用いた軸外収差シミュレーションなど多方面から検討しましたが、有水晶体眼内レンズの分光透過率以外は有意な差を認めませんでした(図4)。つまり、バイオレットライトの透過率の違いが成人の強度近視眼の眼軸長伸長抑制にも効果がある可能性を示しています。
図4. モデル眼を用いた軸外収差シミュレーション結果
AはARTISAN®の結果で、Bは ARTIFLEX®の結果を示す。
軸外収差はこれまでの研究で近視進行と関連するという報告があるため今回調査したが、2つのレンズ間で軸外収差にほとんど差がないことが示された。(文献2より)
異常な眼軸長伸長を止める治療法の開発に向けて
本研究成果は成人強度近視眼の眼軸長伸長抑制に一筋の光となり得る可能性があり、バイオレットライトが若年者だけでなく、成人の強度近視患者さんの眼軸長伸長も抑制する可能性があるものと期待されます。今後は、バイオレットライトによる近視進行抑制効果をさらに追究し、産学連携で製品開発も同時に行っていくとともに、将来的には異常な眼軸長伸長を止められるような治療法の開発へと結びつけていきたいと考えています。
稿を終えるにあたり、本研究に対し長年のご指導をいただきました慶應義塾大学医学部眼科学教室 坪田一男教授、栗原俊英特任准教授、千葉大学フロンティア医工学センター 大沼一彦准教授に深謝いたします。
【用語解説】
注1) 近視進行(眼軸長伸長)
眼の奥行きを眼軸長といい、主に眼軸長が伸びることで近視が進行すると考えられる。
注2) バイオレットライト
波長360~400 nmの光で、紫色に見える可視光線を言う。
参考文献
- Violet Light Exposure Can Be a Preventive Strategy Against Myopia Progression.
Torii H, Kurihara T, Seko Y, Negishi K, Ohnuma K, Inaba T, Kawashima M, Jiang X, Kondo S, Miyauchi M, Miwa Y, Katada Y, Mori K, Kato K, Tsubota K, Goto H, Oda M, Hatori M, Tsubota K.
EBioMedicine. 2017 Feb;15:210-219. doi: 10.1016/j.ebiom.2016.12.007. Epub 2016 Dec 16.
- Violet Light Transmission is Related to Myopia Progression in Adult High Myopia.
Torii H, Ohnuma K, Kurihara T, Tsubota K, Negishi K.
Sci Rep. 2017 Nov 6;7(1):14523. doi: 10.1038/s41598-017-09388-7.
左:根岸一乃(眼科学教室教授)、右:鳥居秀成(同教室助教)
最終更新日:2018年6月1日
記事作成日:2018年6月1日
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