口腔には腸管に定着すると免疫を活性化する細菌がいる 本田賢也、新幸二(微生物学・免疫学)
研究の背景
消化管や口腔などには様々な常在細菌が存在し、私たちの免疫系や生理機能に強い影響を与えることで、健康維持に大きな役割を果たしています。そのため、腸内に存在する細菌種の数や割合の変動による異常な状態が続くと炎症性腸疾患をはじめとする様々な病気の発症に関わることが強く示唆されています。しかし、このような腸内細菌叢の乱れから疾患発症につながるまでのメカニズムについては、不明な点が多く残されていました。そこで私たちは、口腔に常在している細菌が炎症性腸疾患や大腸がんなどの患者さんの便に多く検出されることに注目し、口腔細菌が腸管内に定着することによる腸管免疫系への影響と病気との関わりについて研究を行いました。
研究内容
本研究では、常在細菌がいない無菌マウス(注1)に炎症性腸疾患のひとつであるクローン病の患者さんの唾液を胃内に投与し、そのマウスの腸管に存在する免疫細胞をフローサイトメトリー(注2)により解析しました。この解析により、炎症性腸疾患の患者さんの口腔に存在していた細菌が腸内に定着すると、腸管免疫系にどのような影響を与えるかを調べることができます。その結果、ある患者さんの唾液を投与したマウスの大腸において、炎症性サイトカインのひとつであるインターフェロンガンマ(IFN-γ)を産生するCD4陽性のヘルパーT細胞(TH1細胞)が顕著に増加していることを発見しました。そこで、患者さんの唾液中のどのような細菌がマウス腸内に定着していたかを把握するため、このマウスの糞便から細菌DNAを抽出し、細菌の特徴的な配列である16S rRNA遺伝子を解読することにより網羅的に調べました。その結果、ナイセリア属、レンサ球菌属、ゲメラ属、ベイロネラ属、フソバクテリウム属、ビフィドバクテリウム属、アナエロコッカス属、エシェリキア属(大腸菌属)、クレブシエラ属細菌など約30種類の細菌が検出されました。これらの細菌の中でどの細菌種がTH1細胞の誘導に関与しているかを調べるため、マウスの盲腸からこれらの細菌を培養・単離し、それぞれの細菌を別々に無菌マウスへ定着させたところ、クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)(注4)という細菌がTH1細胞の誘導に関与していることを見出しました。さらに、この菌は腸内細菌が存在している通常のマウスの胃内に投与しても腸内に定着し増殖することはありませんでしたが、アンピシリン等の抗生物質入りの水を飲ませたマウスではこの細菌が腸管内に定着し、TH1細胞を強く誘導することが分かりました。このことから、通常時には元々いる腸内細菌叢が口腔から入ってきたクレブシエラ・ニューモニエの腸管内への定着を阻止しているが、抗生物質の使用などにより腸内細菌叢が乱れるとこの定着阻害効果が弱まり、この細菌の腸管内への定着が引き起こされると考えられます。
次に、クレブシエラ・ニューモニエの腸管内への定着がクローン病の発症・増悪に関与しているのかを調べました。無菌環境下で飼育している腸炎発症モデルマウス(IL-10欠損マウス)(注5)にクレブシエラ・ニューモニエを定着させたところ、腸管に強い炎症が起こっていました。一方で比較対象として大腸菌を定着させたIL-10欠損マウスでは腸管にほとんど炎症が起こっておらず、また野生型マウスにクレブシエラ・ニューモニエを定着させても、腸管でのTH1細胞の増加は見られるものの炎症は起こりませんでした。このことから、クレブシエラ・ニューモニエの腸管内への定着がTH1細胞の過剰な増殖や活性化を引き起こし、宿主の遺伝型によっては炎症の惹起・増悪・遷延化につながっていることが示唆されました(図1)。
図1.本研究成果の模式図
通常時は腸内細菌がクレブシエラ菌の定着を阻止しているが、抗生物質の服用などによって腸内細菌が乱れるとその抑止効果がなくなり、クレブシエラ菌が腸内で定着・増殖する。その結果、腸管でTH1細胞が増加し、宿主の遺伝型によっては炎症を引き起こす可能性がある。
また、別の炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎の患者さんの唾液でも同様の実験を行ったところ、一部の患者さんにおいてクローン病患者さんの唾液投与マウスと同様に腸管でのクレブシエラ属菌の定着とTH1細胞の増加が観察されました。さらには、一部の健常者の方の唾液でも、腸管でのクレブシエラ・ニューモニエの定着とTH1細胞の増加が観察されました。このことから、TH1細胞を誘導するクレブシエラ属菌は炎症性腸疾患の患者さんだけでなく健常者の方の口腔にも存在していることが示唆されました。そのため、例えば長期的に過剰量の抗生物質を服用した場合には健常者の方でも腸管へのクレブシエラ属菌の定着が起こる可能性があり、過度な抗生物質の服用には気を付けるべきだと考えられます。
今後の展開
本研究では、クローン病や潰瘍性大腸炎などの慢性炎症性腸疾患の発症にクレブシエラ属細菌が関与している可能性があることを示しました。したがって、クレブシエラ属細菌が慢性炎症性腸疾患に対する新たな創薬標的となり得ます。今後は、クレブシエラ属細菌を選択的に排除・殺菌する抗生物質などの開発やこの細菌を腸管内に定着させないような薬剤の開発を通して、これら疾患の予防法や治療薬の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
(注1)無菌マウス
無菌状態で飼育できる特殊な環境(アイソレーター)内で飼育したマウスで、腸内細菌や皮膚などの常在細菌を含め、検出可能な微生物をまったく持たないマウス。常在細菌を持たないため、生理学的、免疫学的にいくつかの異常がみられるが、健康な状態を維持している。
(注2)フローサイトメトリー
1つの細胞の複数の分子(主にタンパク質)を同時かつ高速に測定し、複数種類の細胞の分布を解析する装置。細胞表面または内部の分子を蛍光物質で標識した後、細胞1つずつに一定波長のレーザー光を当てた時に生じる蛍光波長を検出することにより、その細胞が何の分子を持っているかを分析する。ある部位に存在する細胞集団の増減や機能分子の発現量の増減を解析するために利用されている。
(注3)TH1細胞
CD4陽性のヘルパーT細胞の一種で、主にインターフェロンガンマ(IFN-γ)を産出する。IFN-γはマクロファージを活性化し、その殺菌作用を強化する。主に細胞内寄生細菌の感染防御に重要な役割を担っているが、過剰な活性化は自己免疫疾患の発症につながるため適切な制御が必要である。
(注4)クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)
グラム陰性の桿菌で、肺炎桿菌とも呼ばれる。ヒトの口腔や腸内に常在しているが、通常は病気を引き起こすことはない。しかし、免疫系が弱っている人や高齢者、糖尿病患者などでは、肺炎や気管支炎、膀胱炎など日和見感染症を引き起こすことがある。
(注5)IL-10欠損マウス
免疫系を抑制する機能を持つインターロイキン(IL)-10を遺伝的に働けなくしたマウス。
このマウスでは免疫系の抑制が不十分なため、SPF環境(特定の病原体がいない環境)で飼育すると自然に腸炎を発症する。しかし、無菌環境で飼育すると腸炎の発症は見られない。そのため、IL-10欠損マウスの腸炎の発症には腸内細菌の存在が必要であることが分かっているが、どのような細菌種が炎症惹起に関与しているかはこれまであまりよく分かっていなかった。
参考文献
Ectopic colonization of oral bacteria in the intestine drives TH1 cell induction and inflammation.
Atarashi K, Suda W, Luo C, Kawaguchi T, Motoo I, Narushima S, Kiguchi Y, Yasuma K, Watanabe E, Tanoue T, Thaiss CA, Sato M, Toyooka K, Said HS, Yamagami H, Rice SA, Gevers D, Johnson RC, Segre JA, Chen K, Kolls JK, Elinav E, Morita H, Xavier RJ, Hattori M, Honda K.
Science. 2017 Oct 20;358(6361):359-365. doi: 10.1126/science.aan4526.
左から、本田賢也(微生物・免疫学教室教授)、新幸二(同教室准教授)、河口貴昭(同教室・消化器内科学教室大学院生)
最終更新日:2018年5月1日
記事作成日:2018年5月1日
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