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腹外側線条体の神経細胞が意欲の維持に関わる 滝上紘之(生理学、精神・神経科)

研究の目的と背景

目的への意欲(動機付け、モチベーション)は、目的を達成するための行動を駆動する力を指します。その一方で、認知症や脳卒中、頭部外傷など、脳に何らかの変化、損傷を伴う障害においては、この意欲が低下することがあります。現代の画像検査(CT、MRI等)で明らかな異常を認めないうつ病における意欲低下と異なり、脳損傷における意欲低下には未だ有効な治療法がなく、例えば脳卒中のために動かなくなった手足の機能回復(リハビリテーション)を行う意欲も低下してしまいます。これにより一旦下がった患者さん本人の生活の質(QOL:Quality of Life)が回復しづらくなり、その後の生活に大きな影響が及ぶことになります。

脳損傷を伴う多くの疾患においてこのような意欲低下が認められることから、そもそも意欲低下の原因は一つではないかもしれません。このような背景があり、意欲低下がどのようなメカニズムで生じるのかということが判然とせず、また治療法の開発にも難渋する状態が続いています。

このような背景の下で、何らかの原因で脳の特定部位である線条体(注1)の損傷が生じた場合に意欲の低下が生じるという臨床研究の結果に注目し、線条体を構成する細胞集団の一つであるドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロン(以下、D2-MSN)(注2)を実験操作の対象として、このD2-MSNが意欲に関して果たす役割について検討しました。

D2-MSNを部分的に除去できる遺伝子改変マウスの作出

我々のグループは、遺伝子改変技術を用いて、任意のタイミングでD2-MSNを除去することができるマウス(以下、D2-DTAマウス)を作出しました。このマウスが大人になってからD2-MSNの除去を開始させると、ジフテリア毒素という神経毒によって、線条体の腹外側(注3)から細胞死による除去が始まり、徐々にその腹内側・背内側へと進んでいくことがわかりました。

腹外側線条体D2-MSNを除去すると意欲が低下する

マウスの意欲の評価には、比率累進課題(注4)と呼ばれる、美味しい餌を用いた行動実験を用いました。あらかじめD2-DTAマウスに課題を学習させた上で、マウスの意欲レベルを調べます。連日課題をこなしていく中で、神経毒によるD2-MSNの除去を開始しました。もしもD2-MSNが意欲に基づく行動をコントロールするならば、これによってマウスの意欲レベルに変化が生じることとなります。

神経毒によるD2-MSNの除去を開始してから3日目に、正常なマウスと比べて、意欲のレベルが下がり始めました。その後も意欲レベル低下は続き、D2-MSN除去が腹外側線条体に留まる7日目に除去を終了させた後も意欲は下がったままであることがわかりました(図1)。

図3.野生型EGFR増幅による第三世代EGFR‐TKIへの耐性化

図1.
D2-MSNに神経毒が発現すると、意欲レベルが持続的に低下した
(参考文献のFigure 5.bより一部改変)

我々のグループは、神経毒以外の方法、すなわちオプトジェネティクス(注5)によるD2-MSNの機能抑制及びD2-MSNの破壊という方法によっても、腹外側線条体のD2-MSNが意欲の維持を担っていることを確認しました。

今後の展望

実験動物を用いたこれまでの意欲研究においては、D2-MSNは意欲(とりわけ、依存性を持つ薬物への意欲)を抑制する方向に働くとする結果が多く得られていました。本研究の結果と併せ、腹内側線条体のD2-MSNが依存性薬物への意欲の抑制を担い、腹外側線条体のD2-MSNが美味しい餌などの生理的な意欲の維持を担うと考えることができます。つまりD2-MSNは意欲を一律に抑制するというよりも、意欲を健常な状態に保つ役割があると言えるのかもしれません。

また本研究により、生理的な意欲が低下した動物モデルを用いて、その低下に対する治療法について検討できるようになりました。一方で、マウスの腹内側線条体と腹外側線条体が、ヒトの線条体の中で、それぞれどこにあたるのかということは、未だに明確な結論が出ていません。今後の、ヒトの線条体に関する研究の進展を通じて、本研究の成果から将来得られるであろう意欲低下への治療法の候補を、ヒトに応用できる可能性が期待されます。

【用語解説】

(注1)線条体
運動の制御や報酬を計算する脳の部位。大脳基底核の一部をなし、大脳皮質に囲まれた脳の深部にある。

(注2)ドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロン(D2-MSN)
2種類存在する、線条体から情報を外に送る神経細胞(ニューロン)の一つ。

(注3)線条体の腹外側(腹外側線条体)
線条体の下部(腹側)かつ外側の領域のこと。

(注4)比率累進課題
1個の美味しい餌(報酬)を得るのに必要なレバー押しの回数が増えていく課題。はじめは1回レバーを押せば1個の餌をもらえるが、2個目の餌を得るのには2回レバーを、3個目の餌を得るには4回、4個目の餌を得るには6回という具合にレバーを押す回数が増えていく。

(注5)オプトジェネティクス
光を用いて特定の細胞集団の活動を操作する技術。本研究においては、D2-MSNの活動を光で抑制した。

参考文献

Dysfunction of ventrolateral striatal dopamine receptor type 2-expressing medium spiny neurons impairs instrumental motivation.
Tsutsui-Kimura I, Takiue H, Yoshida K, Xu M, Yano R, Ohta H, Nishida H, Bouchekioua Y, Okano H, Uchigashima M, Watanabe M, Takata N, Drew MR, Sano H, Mimura M, Tanaka KF.
Nature Communications. 2017;8:14304 doi:10.1038/ncomms14304

左より筆者、田中謙二(精神・神経科学教室准教授)、木村生(同教室ポスドク)、三村將(同教室教授)、吉田慶多朗(同教室博士課程大学院生)

左より筆者、田中謙二(精神・神経科学教室准教授)、木村生(同教室ポスドク)、三村將(同教室教授)、吉田慶多朗(同教室博士課程大学院生)

最終更新日:2017年9月1日
記事作成日:2017年9月1日

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