子宮の幹細胞と再生医学 丸山哲夫(産科)
子宮とは
子宮(uterus)は、図1に示すように、大きく分けて子宮平滑筋と子宮内膜という二つの組織から出来ています。子宮平滑筋は子宮の大部分を構成する伸縮自在の「箱」です。子宮に受け入れられた受精卵は、やがて胎児と胎盤になります。これらを直接支えて包み込む変幻自在の「ベッド」が子宮内膜です。「箱」の内側全体が「ベッド」で覆われていると考えて下さい。
妊娠していない時のヒトの子宮はニワトリの卵くらいの大きさですが、正期産での分娩の直前には、身長50 cm体重3000 gの胎児、500 gの胎盤、500 mLの羊水が入る大きさになります。そして分娩が終わり4週間も経つと、またニワトリの卵くらいまで縮みます。まさに子宮平滑筋は伸縮自在と言えます。子宮内膜も妊娠に伴ってその体積は変化しますが、むしろ特筆すべきは、「ベッド」である子宮内膜は、約28日間の月経周期の間に再生・増殖・分化・破壊(これが月経という形で現れます)という劇的な変化が起こり、妊娠しなければその周期性変化を閉経するまで毎月延々と繰り返す、ということです。子宮内膜には、変幻自在という言葉がぴったりです。
図1に子宮の特性をまとめました。このように、子宮はとてもダイナミックな臓器です。こんなに劇的にその構造、様相、そして大きさが変化する臓器は子宮以外にありません。
図1.子宮の構造とそのダイナミズム
子宮内膜は月経毎に周期性変化を、子宮平滑筋は妊娠毎に劇的な増大と縮小を繰り返します。
子宮における幹細胞
多くの組織や臓器に、様々な細胞を作ることが出来る「幹細胞(stem cell)」という特殊な能力を持つ細胞が少数存在する、と言われています。臓器・組織が損傷した時などに「幹細胞」が活動を始めて、損傷によって失ってしまった細胞集団を新たに生み出して修復します。さて、子宮にも幹細胞があるのでしょうか?繰り返しになりますが、子宮内膜では、月経周期の間に再生と破壊という劇的な変化が起こり、妊娠しなければその周期性変化を閉経するまで毎月延々と繰り返します。子宮平滑筋では、妊娠・分娩毎に劇的な増大と縮小が起こり、それを何回も繰り返すことが出来ます。このような子宮のユニークな特徴からも、子宮に幹細胞があることは容易に想像がつきます。学術的にもその存在については、以前から何度も論じられてきました。しかし、子宮における幹細胞の存在とその実体は、比較的最近になってようやく分かってきたのです。
私達は、世界に先駆けてヒトの子宮内膜と子宮平滑筋の幹細胞を見つけました。そして、マウスの体内への移植実験により、それらの幹細胞がそれぞれ子宮内膜や子宮平滑筋の組織を作る能力があることを報告しました(図2)。これらの結果は、次に述べる子宮を作るに際してとても重要なステップですが、そればかりでなく、子宮の幹細胞が正常に働かなくなることで、様々な子宮の病気が起きることも分かってきました。実際、子宮内膜症や子宮筋腫といった良性疾患だけでなく、子宮内膜がんなどの婦人科悪性腫瘍の発症や増悪に幹細胞が関係することを、われわれも含め国内外の研究グループが報告しています。
図2.子宮の幹細胞からの子宮組織の再構成・再構築
(A)ヒト子宮内膜の幹細胞をマウスの腎臓の表面に移植してヒト子宮内膜組織を作成しました(Masuda H, et al.. PLoS One. 2010 28;5(4):e10387. Figure2より一部引用)。(B)ヒト子宮平滑筋幹細胞をマウスの子宮に移植してヒト子宮平滑筋組織を作成しました(Ono M, et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 20;104(47):18700-5. Supporting Information, Figure 8より一部引用)。いずれも赤破線枠内が作成されたヒト子宮組織を示します。
なぜ子宮を作るのか?
最近、再生医療や再生医学の話題をよく耳にすると思います。再生医療とは、薬剤や細胞、特に幹細胞などを用いて、新たに組織や臓器の一部あるいは全体を作り、その機能を回復させる医療技術です。さて、子宮は再生医療の対象になるのでしょうか?女性なら皆子宮を持っているのに、なぜわざわざ作る必要があるのか?と皆さんは思われるかもしれません。実は5,000人に1人の割合で生まれつき子宮の無い女性がいます。ただし卵巣はあり卵子を作ることは出来るので、後は受精卵を受け入れて育てる子宮さえ有れば、自分と遺伝的に繋がりのある子供を持つことが出来ます。
そこで、自分の体から取り出した卵子と夫の精子を体外で受精させて受精卵を作り、それを他人の子宮に入れて育てて産んでもらう、いわゆる「代理母出産」や「代理懐胎」と呼ばれる方法が主に海外では行われていました。しかし、この方法には様々な問題が有り、代理懐胎を法的に禁止する国も有ります。日本では、法制化までには至ってはいませんが、原則行わないことになっています。このような状況のなかで、子宮を持っていない女性に第3者の子宮を移植して子供を産む、という方法が考えられ、国内外で実現化に向けて研究が行われていました。2014年、とうとうスウェーデンのグループが、移植子宮で妊娠を成立させて無事帝王切開で赤ちゃんを分娩させることに成功しました(Brännström M, et al., Lancet, 2015)。これは世界中で大変な話題になりました。しかし、この子宮移植にも様々な問題が有り、簡単に出来ることではありません。この二つの方法に頼らないとすると、子宮の無い女性が遺伝的に繋がりの有る自分の子供を持つためには「子宮を作る」しかありません。
どのようにして子宮を作るのか?
先に述べた通り、ヒトの子宮の幹細胞を使ってマウスの体内で子宮内膜や子宮平滑筋の組織を作ることはできました。しかし、現時点では移植に使える程十分な組織量を得ることは出来ません。一般に組織は、細胞が単に集まって出来ているだけでなく、細胞を支える組織の足場(組織骨格)を土台にして適材適所にいろいろな細胞が集まり、最終的に細胞と足場の集合体である組織・臓器が出来ています。従って、臓器や組織を作る際に、その組織骨格を土台にしてその間隙を細胞で埋める、という戦略が考えられます(図3)。組織から細胞を取り除くことを「脱細胞化」,裸になった組織骨格に細胞を入れることを「再細胞化」と言います。
図3.組織工学による子宮の再生・再建の戦略
私達は、この戦略を用いてラットで子宮を作ってみました。ラットを使った理由は、マウスより大きく子宮などの小さな臓器を扱いやすいからです。まず、ラットの子宮から界面活性剤などを使って、細胞成分を除去し、子宮を組織骨格だけにします(図4)。この組織骨格に、子宮の細胞や骨髄から採取した幹細胞を混ぜて注入し、バイオリアクター(幹細胞を培養し効率よく増殖させるための装置)で育てると、完全ではありませんが、注入した細胞が組織骨格に生着し子宮を構成する様々な細胞集団、ひいては子宮組織を構築します(図5)。
図4.灌流装置を用いたラット子宮の脱細胞化
ラットの子宮は2つの子宮からできています(双角子宮)(文献1:Miyazaki K & Maruyama T, Biomaterials, 2014よりElsevierの許諾を得て改変引用)。
図5.バイオリアクターを用いた試験管内での再細胞化によるラット子宮の再生
最下段の蛍光顕微鏡写真において、青色蛍光と緑色蛍光は、それぞれ細胞の核と細胞成分が存在することを示しています(文献1:Miyazaki K & Maruyama T, Biomaterials, 2014よりElsevierの許諾を得て改変引用)。
さらに、ラット子宮の一部を切除して欠損させた場所に、脱細胞化技術で作成した組織骨格を貼り付けたところ、周りから細胞が集まって来て子宮組織が再生されました(図6)。この再生された子宮はちゃんと受精卵を受け入れて胎児や胎盤をしっかり育てることができる能力(妊孕能:にんようのう)を持っていることも分かりました。このように、「脱細胞化」によって作成された子宮の組織骨格は、試験管内でも生体内でも「再細胞化」することにより、子宮組織を作ることが出来ることを私達は証明しました。
図6.ラット生体内での子宮の再生
破線部分が貼り付けた脱細胞組織骨格から再生した子宮 (文献1:Miyazaki K & Maruyama T, Biomaterials, 2014よりElsevierの許諾を得て改変引用)
現時点でこの方法を用いて子宮全体を再生・再建するまでには至っていません。それではあまり役に立たないのではないか、と思われるかもしれません。ただし、子宮が部分的に無いだけでも様々な問題を起こします。子宮頸がんによって子宮頸部の一部を摘出した場合、その後の妊娠での破水そして早産のリスクが極めて高くなります。子宮内部の手術を受けると、子宮内膜が薄くなったり子宮内に癒着が起きて不妊症や不育症(流産を繰り返す等して子供が得られない状態)になることがあります。子宮全体あるいは一部分の構造や機能の喪失に対する医療を開発するうえで、私達の子宮の再生・再建技術は重要な基盤技術になると考えています。
おわりに
私達は、幹細胞という観点から子宮の病気のメカニズムを明らかにし、それに基づいて新しい薬や治療法の開発を目指しています。子宮の再生・再建という未来型医療は、生殖医療も含めた産婦人科全体の医療を革命的に変えるかもしれません。子宮を作ることが出来たら、男性でも・・・? 医学・科学の進歩は、常に私達に大きな課題や問題を突きつけます。
参考文献
- Partial regeneration and reconstruction of the rat uterus through recellularization of a decellularized uterine matrix.
Miyazaki K, Maruyama T.
Biomaterials. 2014Oct;35(31):8791-800.
doi: 10.1016/j.biomaterials.2014.06.052. Epub 2014 Jul 17.
http://www.sciencedirect.com/science/journal/01429612/35/31 - Stem Cells in the Uterus: Past, Present and Future.
Maruyama T.
Semin Reprod Med. 2015 Sep;33(5):315-6. doi: 10.1055/s-0035-1563408. Epub 2015 Aug 18.
https://www.thieme-connect.com/products/ejournals/abstract/10.1055/s-0035-1563408
- Tissue Stem Cells and Uterine Physiology and Pathology.
Bulun SE.
Semin Reprod Med. 2015 Sep;33(5):313-4. doi: 10.1055/s-0035-1563672. Epub 2015 Aug 21.
https://www.thieme-connect.com/products/ejournals/abstract/10.1055/s-0035-1563672
*筆者に関する紹介記事
左:宮崎薫(助教:文献1の第一著者)、右:筆者
最終更新日:2015年11月19日
記事作成日:2015年11月19日
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