骨は"ストレス"によって成熟する? 堀内 圭輔(整形外科・総合医科学研究センター)
生物個体は細胞と細胞の外に分泌されたタンパク質で構成される
生物個体は細胞だけでなく、細胞が産生し細胞外に放出される大量のタンパク質(分泌タンパク質)で構成されています。こうした分泌タンパク質は、コラーゲンやヒアルロン酸などの細胞外基質タンパク質だけでなく、血液中に放出されるホルモンやアルブミンなども含まれます。体には、このように細胞外に局在する多くのタンパク質が存在し、個体の形成およびその機能維持に必要不可欠です。興味深いことに、生体には分泌タンパク質を産生するのに特化した細胞が多種存在することが知られています。たとえば、骨は骨芽細胞によって産生されるコラーゲン性タンパク質および非コラーゲン性タンパク質でその大部分が構成されています。また抗体を産生する形質細胞や、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞なども大量のタンパク質を合成する細胞として良く知られています。
大量の分泌タンパク質を造る細胞では"小胞体ストレス応答"が誘導される
細胞の中にはタンパク質の"工場"ともいえる小器官 ― 小胞体 ― があり、この小胞体の中でアミノ酸からタンパク質が造られます。このタンパク質を造るというのは極めてデリケートな作業であり、新しく造られた分泌タンパク質の何割かが本来の機能を果たせない不良品になってしまうことが知られています。不良タンパク質が細胞内に蓄積すると細胞に"ストレス"がかかり、細胞の機能維持にとって致命的な状態になります。このため、細胞にはこうした状況に対応するメカニズムが備わっています。これは"小胞体ストレス応答"と呼ばれ、不良タンパク質の蓄積を認識した細胞は、不良タンパク質を除去し、同時に小胞体のタンパク質産生能力を適応させる能力を有しています。また、あまりに大量の不良タンパク質が細胞内に蓄積した場合は、この小胞体ストレス応答が機能し、細胞死を誘導することが知られています。このことから小胞体ストレス応答は分泌タンパク質を産生する細胞の機能維持、さらには運命を決定するうえで欠かせない機能を持っていると言えます。また、小胞体ストレス応答の異常は、骨の形成不全や、糖尿病、免疫異常などを引き起こすと考えられています。
骨芽細胞では"小胞体ストレス応答"が分化を誘導する
上で述べたように、骨はミネラルとともに大量のタンパク質で構成されます。このことから、骨芽細胞の小胞体はフル稼働の状態であり、タンパク質の産生量に応じて不良タンパク質が蓄積します。このため,骨芽細胞では小胞体ストレス応答が強く惹起されていると考えられます。しかしながら、小胞体ストレス応答が骨芽細胞の機能維持・分化制御にどのように関与しているのか十分に理解されていません。そこでわれわれは小胞体ストレス応答のセンサーとして機能するIRE1αおよびXBP1という分子に着目し研究を進めました。IRE1αは小胞体に局在する分子で、不良タンパク質の蓄積を認識し、その下流に位置するXBP1を活性化します。活性化されたXBP1は核に移行し様々な遺伝子の発現を誘導することが知られています。われわれの研究から、骨芽細胞分化過程においてこのIRE1α-XBP1経路が活性化されること、さらにはIRE1α-XBP1経路自体が、骨芽細胞分化に必須であることを見出しました。換言すると、骨芽細胞の分化の過程において大量の分泌タンパク質を産生するため、小胞体ストレス応答が誘導されます。そして、この小胞体ストレス応答に機能するIRE1α-XBP1経路がないと骨芽細胞の分化が進まないことを明らかにしました。この原因は何でしょうか? 小胞体ストレス応答が機能しないと、小胞体のタンパク質産生能力が亢進しないので骨を造るのに十分なタンパク質が産生できないことも一因かと考えられます。しかしながら、われわれは、小胞体ストレス応答にて活性化されたIRE1α-XBP1経路がOsterixと呼ばれる骨芽細胞分化に必須の転写因子の制御に関わっていることを見出しました。つまり骨芽細胞分化過程で産生される大量の分泌タンパク質は、小胞体ストレス応答を引き起こし、IRE1α-XBP1経路を活性化します。そしてこの活性化されたIRE1α-XBP1経路が小胞体の機能のメンテナンスともに、骨細胞分化を最終段階へ導くという二つの機能を有することが示されました。"ストレス"というと悪い印象がありますが、骨芽細胞分化においてはこのストレスがポジティブに機能していることが明らかになりました。
小胞体ストレス応答は骨関連疾患の治療標的になるか?
社会的にも重要となっている老年性骨粗鬆症では骨芽細胞の機能が低下し、骨代謝回転が低下していることが知られています。また逆に、骨の癌である骨肉腫では異常に大量の細胞外基質タンパク質が産生されている症例にしばしば遭遇します。このような病的な状態では何らかの形で小胞体ストレス応答に異常をきたし、これら疾患の病態に関わっていることが推測されます。実際、糖尿病患者の一部ではインスリンを産生するβ細胞における小胞体ストレス応答に異常が生じていることが報告されています。今後はこうした疾患における骨芽細胞の小胞体ストレス応答のメカニズムを明らかにし、病態解明と新規治療法の確立に役立てたいと考えています。
参考文献
The IRE1α-XBP1 pathway is essential for osteoblast differentiation through promoting transcription of Osterix.
Tohmonda, T., Miyauchi, Y., Ghosh, R., Yoda, M., Uchikawa, S., Takito, J., Morioka, H., Nakamura, M., Iwawaki, T., Chiba, K., Toyama, Y., Urano, F., and Horiuchi, K.
EMBO reports 2011; 12, 451-458.
http://www.nature.com/embor/journal/v12/n5/abs/embor201134a.html
左:東門田 誠一(特任助教)、右:堀内 圭輔(特任講師)
最終更新日:2012年12月3日
記事作成日:2012年12月3日
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