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毛の新たなる存在意義 -毛嚢は免疫スイッチ- 永尾 圭介(皮膚科)

哺乳動物の「毛」の存在意義

毛は哺乳類を定義する特徴の一つで、全ての哺乳動物は全身を毛で覆われています。毛が司るバリアは紫外線から皮膚を守り、体温を保持し、打撲などの外的刺激を緩和することにより生体へのダメージを抑えるなど、生命維持に必須の物理的バリアとして働いています。野生哺乳動物が毛を失うと、上記の機能が損なわれ、たちまち生存できなくなるでしょう。

一方、動物の毛にはバリア以外の機能も備わっています。例えば猫などのヒゲは触覚として重要な働きを担います。私たちは他にも毛の存在意義があるのではないかと考ました。毛は毛嚢で産生されます。そして、本来自分を外敵から守ってくれるはずの白血球に毛嚢が攻撃されて毛が抜けてしまう円形脱毛症や膠原病が知られています。また、ニキビも毛嚢で過剰な炎症が起きてしまう皮膚疾患です。このように、炎症と毛嚢は疾患レベルで結びついていましたが、今まで毛嚢に能動的な免疫機能があるとは考えられてきませんでした。

皮膚免疫の最前線:ランゲルハンス細胞

さて、2011年のノーベル生理学・医学賞は樹状細胞を発見したラルフ・スタインマン博士に授与されました。白血球の一種である樹状細胞は、免疫応答の中心的な役割を果たす重要な司令塔です。

動物の体表は外界からの刺激に反応するために様々な工夫が施されています。その一つが免疫バリアで、皮膚の表皮にはランゲルハンス細胞という樹状細胞の仲間が全身の表皮を包む密なネットワークを作っています。ランゲルハンス細胞は樹状突起といわれる"腕"で皮膚表面の異物や微生物を監視し、外来物質を獲得します。そしてランゲルハンス細胞は免疫を発動するために表皮からリンパ節に移動してしまいますが、その抜けた穴をどのような機序で新しい細胞が埋めているかは不明でした。

毛嚢が新しいランゲルハンス細胞を呼ぶ

私たちは今回の研究でランゲルハンス細胞の前駆細胞を同定し、この前駆細胞が表皮に入る際には毛嚢を経由することを見いだしました(図1:毛の縦断面を見たもの)。生体内を観察できる特殊な顕微鏡を用いて、皮膚に刺激を加えたマウスの耳を観察すると、白血球が迅速に、かつドラマチックに毛嚢に集積することが分かりました(図2:刺激負荷後8時間、皮膚表面から観察したもの)(動画:刺激後0.5~4.5時間)。

図1 毛の断面図。図2 生体内顕微鏡での白血球の動態を観察。

図1(左) 毛の断面図。点線が毛嚢を縁取る。赤い細胞がランゲルハンス細胞前駆細胞。
図2(右) 生体内顕微鏡での白血球の動態を観察。毛の周りに縁の白血球が劇的に集積する。

動画

外的刺激(微生物や外傷など)を受けた組織からはケモカインという遊走物質が放たれて白血球が呼び寄せられ、炎症が始まります。このことから、毛嚢にはケモカインを産生し、樹状細胞を呼び寄せる機構が存在するのではないかと考えました。実に、表皮と毛嚢を構成する細胞を5種類に分離し、どの細胞がケモカインを産生しているか解析したところ、毛嚢の上部2カ所(漏斗部、峡部)でランゲルハンス細胞前駆細胞を強く動員する2種類のケモカインがそれぞれ産生されていることが分かりました(図3)。一方、表皮の幹細胞注1を育む毛隆起部ではランゲルハンス細胞の流入を妨げるケモカインが産生されており、過剰な炎症から幹細胞エリアを守っていることが考えられました。

無毛の皮膚と有毛の皮膚を作成し、それぞれ炎症を起こしてランゲルハンス細胞前駆細胞を誘導したところ、有毛皮膚にはランゲルハンス細胞前駆細胞が表皮内に入ったのに対し、無毛皮膚には入ることができませんでした。ランゲルハンス細胞前駆細胞が表皮に入っていく際には毛嚢がゲートウェイとしての働きを担っていることが明らかになりました。

図3 毛嚢免疫システムのシェーマ

図3 毛嚢免疫システムのシェーマ。外的刺激(1)に反応して毛はケモカインを産生して樹状細胞などを呼び寄せるが(2)、毛嚢の幹細胞が存在する場所では樹状細胞を寄せ付けないようにするケモカインを産生している(3)。

ヒトの毛嚢にも免疫能

ヒトの疾患においても検討を加えました。毛嚢が残っている状態の円形脱毛症では表皮内のランゲルハンス細胞が正常に認められましたが、毛嚢が破壊されている瘢痕性脱毛では、表皮内のランゲルハンス細胞がほぼ消失しており、ヒトのランゲルハンス細胞も毛嚢と密接に関係していることが示唆されました。ランゲルハンス細胞を呼び寄せるケモカインはもちろん、円形脱毛症で関与が疑われるケモカインもそれぞれ特定の部位で産生されていることが分かり、ヒトでも毛嚢が免疫機能を有していることが明らかになりました。

まとめ

今回私たちの研究によって初めて毛嚢の免疫機能が明らかになりました。毛・毛嚢は外的刺激に反応して免疫系を起動する「免疫スイッチ」として働いており、毛に新たな存在意義が加わったと言えるでしょう。炎症の初期に毛嚢が働いているという事実は、この機構がアトピー性皮膚炎や乾癬など、皮膚で起きる過剰な炎症を制御する新たな治療戦略の標的となりうることが考えられます。今回私たちは毛嚢免疫の一部を発見したに過ぎません。今後この新しい研究分野の発展と臨床応用も視野に入れた基盤形成が期待されます。

注1 幹細胞:複数系統の細胞に分化する能力を持つ細胞で、分裂を経てもその性質を保つ。毛嚢の毛隆起部に表皮細胞を供給し続けることのできる幹細胞が存在する。

参考文献

Stress-induced production of chemokines by hair follicles regulates the trafficking of dendritic cells in skin.
Nagao K, Kobayashi T, Moro K, Ohyama M, Adachi T, Kitashima DY, Ueha S, Horiuchi K, Tanizaki H, Kabashima K, Kubo A, Cho YH, Clausen BE, Matsushima K, Suematsu M, Furtado GC, Lira SA, Farber JM, Udey MC, Amagai M.
Nat Immunol. 2012 Jun 24;13(8):744-52. doi: 10.1038/ni.2353.
http://www.nature.com/ni/journal/v13/n8/abs/ni.2353.html外部リンク

左から永尾 圭介(専任講師)、天谷 雅行(教授)

左から永尾 圭介(専任講師)、天谷 雅行(教授)

最終更新日:2012年11月1日
記事作成日:2012年11月1日

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