心筋梗塞の傷跡をよくする白血球・悪くする白血球・調節する白血球 安西 淳(循環器内科)
急性心筋梗塞とは
急性心筋梗塞は、心臓を栄養する血管(冠動脈)が動脈硬化などで詰まってしまう病気です。そうすると、心臓の細胞(心筋細胞)が死んでしまうわけですが、カテーテルという細い管を用いて、狭くなった部分にステントという金属のコイルを植え込む治療が普及し、早期の死亡率は劇的に少なくなりました(図1)。ただカテーテル治療で全てが解決するというわけではありません。特に、死んでしまった心臓の筋肉の動きが悪くなり、内圧に負けて心臓がどんどん大きくなってしまう現象(左室リモデリング)が生じるため、心不全で入退院を繰り返す患者さんが増えていることが現在問題になっています(図2)。
図1 心筋梗塞に対するステント治療
図2 心筋梗塞後左室リモデリング
急性心筋梗塞のあとに起こること
心筋梗塞が起こった後、心臓では何が起きているのでしょうか?転んで怪我をすると、傷口にはかさぶたが出来て自然に傷を治そうとしますよね。実は心筋梗塞の後にも同じような現象が起こります。残念ながら現在の医療で死んでしまった心筋細胞を取り戻すことはできないのですが、できた傷を少しでも治そうと心筋梗塞を起こした部位に様々な白血球が集まってきます。正常の心臓には白血球はほとんどいないのに、出来た傷を治すために心臓に集まってくるという現象はまさに生命の神秘です。これまでの数多くの研究の中で、心筋梗塞を治す過程で一番重要と考えられてきた白血球はマクロファージ(大食細胞)という細胞でした。マクロファージには大きく分けて炎症を呼び起こすもの(炎症性)と炎症を鎮めるもの(抗炎症性)の相反する2つのタイプが存在し、心筋梗塞後にもこの2種類のマクロファージが重要な役割を果たします。炎症性マクロファージは心筋梗塞が起きた後、すぐに梗塞部に集まり、死んだ心筋細胞を食べ、いらない細胞を取り除く役割を持っています。ただ何らかの原因でその働きが過剰になると、ひどい炎症を引き起こし、心臓へのダメージを拡げてしまいます。抗炎症性マクロファージは遅れてやってきて、主に血管新生、線維芽細胞による線維化を誘導することで、死んだ細胞が除去されて弱くなった箇所を補強する働きを担います。心筋梗塞後にこれら2種類のマクロファージが協調して働くことで、適切な治癒過程を築くことが知られていますが、一度そのバランスが崩れると心臓の拡大、心機能の低下を引き起こし、左室リモデリングを増悪させ、心不全を引き起こしてしまいます。
心筋梗塞部位でマクロファージを調節する白血球(樹状細胞)
ではこの2種類のマクロファージのバランスは何が決めているのでしょうか。私が着目したのは樹状細胞という細胞です。樹状細胞は1970年代にSteinman教授と Cohn教授らにより新たに発見された樹状の突起をもつ、非常に特徴的な形をした細胞で、1800年代に発見されたマクロファージに比べればまだまだ未解明な部分の多い新しい細胞です。ここ約40年の間に、樹状細胞が様々な細胞をコントロールする、いわゆる司令塔的な役割を担っていることが感染症などの病態でわかってきましたが、心筋梗塞後に炎症を起こした組織での働きについてはこれまでほとんど報告がありませんでした。
私はマウスの心臓に心筋梗塞を作製し、心筋梗塞後の組織に樹状細胞が骨髄から浸潤してくることを世界で初めて確認しました。そして、その働きを確かめるため、骨髄由来の樹状細胞を取り除くマウスを作製し、心筋梗塞後の樹状細胞の役割を調べました。その結果、通常のマウスの心筋梗塞と比較すると、樹状細胞を取り除いたマウスでは、炎症性マクロファージの浸潤が多くなるとともに、逆に抗炎症性マクロファージの浸潤が抑制されてしまいました。そのため、樹状細胞を取り除いたマウスでは心筋梗塞後の組織のダメージが広範囲に拡がるとともに、上手く補強もされないため、心筋梗塞後の左室リモデリングが悪くなり、心不全がより一層酷くなることが明らかとなりました。以上を総合すると、樹状細胞は心筋梗塞後に、前に述べた2種類のマクロファージを調節する司令塔としての役割を担っている、非常に重要な細胞であることがわかりました(図3)。
図3 樹状細胞によるマクロファージの調節
今後の新たな治療開発に向けて
今後は、実際の臨床に役立つように、樹状細胞がどのようにして2種類のマクロファージの調整しているのか、また心筋梗塞後に生体内で樹状細胞のみを増やす方法があるのか、などを明らかにしたいと考えています。患者さんのお役に少しでもたてるように、今後も研究を続けていこうと思います。
参考文献
Regulatory role of dendritic cells in postinfarction healing and left ventricular remodeling.
Anzai A, Anzai T, Nagai S, Maekawa Y, Naito K, Kaneko H, Sugano Y, Takahashi T, Abe H, Mochizuki S, Sano M, Yoshikawa T, Okada Y, Koyasu S, Ogawa S, Fukuda K.
Circulation. 2012 Mar 13;125(10):1234-45. Epub 2012 Feb 3.
http://circ.ahajournals.org/content/125/10/1234.long
安西 淳(循環器内科助教)
最終更新日:2012年10月1日
記事作成日:2012年10月1日
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