
PICUが担う安全な小児医療 ―周産期・小児医療センター、小児科―
PICUとは何か
PICU(Pediatric Intensive Care Unit:小児集中治療室)とは、子どもを対象にしたICU(Intensive Care Unit:集中治療室)のことです。子どものICUといえば、多くの方が最初にNICU(Neonatal Intensive Care Unit:新生児集中治療室)を思い浮かべるかもしれませんが、PICUはNICUと多くの点において違いがあります。NICUは、母親から生まれた新生児が、様々な問題(例えば早産や低出生体重など)によって環境に適応できない場合に治療を行うICUです。一方、PICUは、重い病気や怪我をした子どもや、リスクの高い手術を行った直後の子どもに対して治療を行うICUで、新生児からおおむね中学生くらいまでの幅広い年齢の患者さんを対象にしています。さらに、成人ICUとの役割分担は年齢によってなされます。ICU管理が必要な重症患者さんが子どもであればPICU、大人であれば成人ICUで治療すると考えると分かりやすいでしょう。
PICUに求められる要件とは
医療の進歩は日進月歩といわれますが、医療が高度で複雑なものになるにつれて、リスクが増大するのもまた事実です。ICUの役割は「複雑でリスクの高い医療を安全に行うこと」であるともいえます。そのためには、人と物・設備が常に重症患者さんの治療に最適化されている必要があります。物や設備に関しては、ICU管理に必要な医療資機材として、重症患者さんに特化した医療用モニターや、人工呼吸器、ECMO(Extra-corporeal Membrane Oxygenation:体外式膜型人工肺)などがイメージしやすいでしょう。
では、人に関してはどうでしょうか。まず、ICUには一般病棟よりも多くの医師・看護師が配置されます。医師は終日(24時間365日)のICU内滞在が義務付けられており、ICU内のあらゆる問題に対して即座に対応できる体制となっています。また、看護師は患者さん2人に対して1人以上が割り当てられ(2対1看護)、より手厚い看護体制となっています。それ以外の職種を含めた「チーム医療」も、ICUにとっては重要です。チーム医療とは、多くの専門領域に細分化された現代の医療において、多種多様な専門職が1人の患者さんに関わるシステムです。これにより、患者さんは多くの専門職からそれぞれの専門領域を背景とした高度な医療的介入を受けることができ、医療の質の向上が期待できます。特にICUにおいては関わる職種が多く、集中治療専門の医師や看護師に加え、他部門の医師、薬剤師、医用工学技士、放射線技師、臨床検査技師、理学療法士、栄養士、事務職、ソーシャルワーカーなどが必要に応じてチームに加わります。
しかし、良いチーム医療は単に専門職が集まるだけでは成し遂げられません。背景とする専門領域が違えば、判断や優先順位が異なることは珍しくないため、多くの専門職の意見を集約したうえで、実際に行う医療行為の内容を適切に判断し実行するシステムがなければ、意見の対立や無秩序な指示により診療に支障を来しかえって安全性が損なわれます。これは、ガバナンス(健全な組織運営を行うための統治体制)の重要性と言い換えることもできます。多くのICUにおいては、集中治療医がすべての医療行為に承認を与え、最終的な実施責任を負うことでガバナンスを明確にし、意見の不一致やコミュニケーションエラー、責任の不明確さから生じるリスクを最小化しています。同時に、常日頃から多職種がそれぞれの立場を理解・尊重し、円滑な人間関係の構築に努めることも重要です。
子どもを対象にしたICUであるPICUの場合、以上に加えて、子どもの特性にも配慮しなければなりません。医学的な評価や治療に際しては、子どもの解剖学的特徴や生理学的特徴、疾病構造や有病率(特に大人との違い)を理解し、子どもの医療に熟練する必要があります。また、子どもの発達段階や心理的・精神的特性の理解、親や家族との関係性も重要です。したがって、PICUの医師には集中治療領域に加え小児科をはじめとする小児に関連した様々な領域の知識や経験も求められます。同様に看護師においても、重症の子どもに対する看護を行いますので、専門的な知識や経験が必要です。診療チームには、保育士やチャイルドライフスペシャリストが加わる場合があり、子どもの患者さんの心理的なサポートを担います。
慶應義塾大学病院 小児ICUについて
慶應義塾大学病院のPICU(「小児ICU」と称します)は、全国で39施設、東京都内で5施設(大学病院に限っては3施設)のPICUのうちの1つで、2019年に開設されました。院内に設置された周産期・小児医療センターの枠組みを中心として多くの診療科や専門職が密接に関わり、小児ICU専従医師を中心に関係部門と良好なコミュニケーションを保ちながら、診療を行っています。
小児ICU入室患者数は開設初年度(2019年度)の195人から年々増加し、2023年度は314人となっています(図1)。診療科を問わず患者さんを受け入れており、2023年度の診療科別内訳では、患者数順に小児科、整形外科、小児外科、心臓血管外科、形成外科、脳神経外科、呼吸器外科となっています(図2)。また、術後患者さんの割合が多いこと(2023年度では全体の67%)、当院にかかりつけの基礎疾患をもつ患者さんの割合が多いことも当施設の特徴です。

図1.小児ICU入室患者数

図2.小児ICU診療科別入室患者数
小児ICUの病床数は、2025年2月に4床から6床に増床されました。この増床に伴い、ICU管理に特化した電子カルテ重症部門システム(フィリップス社 ACSYS)を新たに導入し、従来の電子カルテより安全かつ効率的に重症患者さんの管理を行えるようになりました。また、病床数に応じた看護師の増員により、常に3人以上の看護師が小児ICUに常駐するようになり、より安全なICU環境が実現しました。さらに、ICU病床の流動性が高まることで、例えば小児病棟などで予定外に重症の患者さんが発生した場合においても、小児ICUにおいて余裕をもった受け入れが可能になり、小児部門全体の安全性が向上します。近隣医療機関や大学関連病院で発生した重症小児患者さんの受け皿としての機能も強化されますので、地域の小児医療全体の底上げにも貢献できると考えています。
診療以外では、学生や研修医に対する教育や、臨床研究にも力を入れており、教育機関や研究機関としての機能も備えています。
増床により機能が強化された小児ICUは、引き続き当院における小児診療の要としての役割を果たし、子どもの患者さんとそのご家族の安全と安心のために尽くして参ります。

小児ICUにおけるカンファレンス
文責:小児科
執筆:冨田 健太朗
最終更新日:2025年3月3日
記事作成日:2025年3月3日

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